拾い食いはするもんじゃない【3】


「なぁんだ、デコ帰って来てたんだ?」

山崎が伊東を見かけて声をかけた。子供に水遊びをさせようと、物置の奥から引っ張り出したビニールプールを中庭に広げ、足踏みポンプで空気を入れようとしていたところだったのだ。

「どうせなら、どっかで轢かれて死んできてくれりゃ良かったのに……ちょうどいいや。代わりにやってよ」

「なんで僕が?」

「なんで、じゃないでしょ、男でしょ。カヨワイ乙女に肉体労働させてんじゃないよ!」

「カヨワ……なんだって? 済まない、僕はまだ、日本語をきちんと思い出せていないようだ」

「んだと、ちきしょおおおおおお!」

伊東はあくまでも、なぜ唐突にそのようなことを頼まれたのか、その単語がどういう意味だったのかを本当に思い出せなかっただけなので、目の前のノッポの女がヒステリックになっている理由が理解できずに、キョトンとするばかり。その態度が、ますます山崎を逆上させた。

「その、お女中。どうしたらいいんだ?」

「見て分からないのかよ、これを踏めばいいんだよ、これを」

「なるほど」

伊東は深く頷くと、真ッ黄色のプラスティック製の足踏みポンプを、ガスッと力一杯踏みつけた……が、一発踏みつけたきりなので、空気は入っていかない。それどころかポンプの弁が開きっぱなしになって、空気が逆に抜けていく。

「ちょ、何してんのぉ!」

「何って、お女中が踏めと言ったんじゃないか」

「そんなんで空気が入るか! こんのバカひよこっ! つーか、お女中って誰? 俺? てんめぇ、どさくさに紛れてっ!」

山崎が伊東の胸倉を掴み、その拍子に紙袋が地面に落ちた。

「あ」

伊東は、その紙袋と山崎と足踏みポンプを、他人事のように交互に眺めている。

「ちょ、これ、どうしたの? なんかえらく高級そうなお菓子」

「貰った」

「誰から?」

「忘れた」

「は?」

山崎が口をあんぐりあけ、その間抜けな表情を眺めているうちに「ああ、山崎君か」と、伊東が呟いた。

「ああ、山崎君か、じゃないよ。忘れてたの? じゃあ、ついでにこれ、どうしたのか思い出せよ」

「無理」

誰かから貰った、それは間違いない。若い女性だったと思う……が、名前が出てこないうえに、顔の記憶も徐々に色褪せていく。

「知らない人から貰ったっていうんですか? そんなの危ないからダメって、子供でも知ってることでしょう。じゃ、捨てますね?」

「捨てたら、もったいないじゃないか。それに、悪い人じゃなかったよ」

「知らないのに、悪い人じゃないって、なんで分かるの」

「だって、優しくしてくれたし」

「優しくしてくれたって、具体的には?」

「えーと……忘れた」

「なにこの無限ループ!!」

堂々巡りの会話に神経を逆撫でされた山崎が全力で喚いていると、セパレートの水着姿の陽向が「ママぁ、プールまだぁ?」と、ひょっこり顔を出した。

「あー…うん、まだ。ごめんね。このバカヒヨコが……って、いつまでポンプ踏んでるんだ、ボケが! 完全に空気抜けちゃったじゃねーか!」

「君、僕の娘……だよね? これ、仲良く食べろってさ」

伊東がそう言って、紙袋を差し出す。
陽向は、伊東のぎこちない態度に途惑ったようだが、その中身がお菓子と知って、嬉々として飛びついた。

「こらっ! 知らない人から貰ったお菓子だから、食べちゃダメだって!」

山崎が慌てて取り上げようとしたときには既に、ばりばりと包みを破って、個別包装されているクッキーを鷲掴みにしている。

「おかーしゃん、くれた」

「だから、そうじゃなくて!」

「おかーしゃん」

「あああああ……警察組織の幹部の娘が、こんな防犯意識でいいのだろうか→いや、よくない(反語)」

その騒ぎを聞きつけたのか「日夜、帰って来たのか」と、土方が中庭に現れた。縁側から駆け付けたせいか、靴下のまま共用のサンダルを突っかけている。ベストのポケットからは、しわくちゃになった煙草の箱がのぞいていた。
どこに行ってたとか、誰かと一緒だったのかとか、どこで一晩明かしたのかとか、本人に尋ねたいことはいくらでもあったが、山崎の手前、あえて無関心を装おう。

「土方さんもなんとか言ってくださいよ。デコのバカ、知らない人からお菓子もらったとかいって、それをひなに食わせようとするんですよ!」

「知らない人? 誰だ?」

「誰だか知ってたら、知らない人じゃないですっ! ともかく、そんなの食べるなって言い聞かせてくださいよ」

それよりも、今までどこで何をしていたか尋ねる方が先だとは思うのだが、山崎の剣幕に負けて「そうだな……毒とか入ってたら困るから、そういうのは食べちゃダメだぞ」と、嗜めてやる。だが、伊東はなぜか「仲良く食べなさいって言われたんだ」と頑なに繰り返した。

「それにほら、袋に何かを混入したような穴とか、貼りあわせた跡なんて無いだろ?」

あまりに熱心に主張するので、土方は根負けして携帯電話を取り出した。

「よし、ちぃと頼まれてほしいんだが、成分分析して欲しいもんが……ああ、簡易検査でかまわねぇ。拾い食いしようとしてるバカがいるもんだからよ、ちっと調べてやってくれ。ああ、正門側の庭だ」

「拾ってない。貰ったんだ」

ごねている伊東の頭を、心底持て余したように撫でてやっていると、吉村が木箱を提げて現れた。陽向がさっそく「にぃに、あしょんで」と懐いて抱きつく。

「成分分析って……そのお菓子ですか?」

「知らない人に貰ったんだとよ」

「知らない人にモノ貰ったらダメじゃないか、ひなちゃん。しまっちゃうマダオに連れ去られて、しまわれちゃうよって、いつも言ってるだろ?」

ただでさえ、攘夷志士や過激派に恨みをかっている真選組・鬼の副長の愛娘という立場であるうえに、そのような家庭の事情を知らずとも、ぱっちりとした瞳の愛くるしい姿とおしゃまで人懐っこい仕草は、ロリコンホイホイも同然だ。
吉村が「めっ」と指先で陽向を突くと、陽向は羽二重餅のような頬をぷぅっと膨らませて「おかーしゃんだもん」と言い張った。

「参謀? 参謀が買って来られたんですか、こんな高級菓子」

「貰った」

「知らない人から?」

「うん。でも、美味しそうだろ?」

「まぁ、美味しいだろうとは思いますが……で、これが安全だということを証明しろと、そういうことですね?」

吉村はその菓子を受け取ると、個別包装をその場でざっとあらためた。一見、袋に異常はなさそうに見える。

「じゃ、サンプルとしていくつか預かっていきますから、それまではいい子で『お預け』していてくださいね」

「チョコ溶けちゃう」

「なるべく急ぎますから、それまで日陰に置いててください」

吉村は苦笑混じりに、持参した木箱にお菓子を二、三個ほど放り込んだ。土方から予め何の検分かを聞いていなかったので、指紋収集用のアルミ粉の瓶や、ピンセット、サンプル用のビニール袋などが一通り詰めこまれている鑑識フルセットを持ってきたのだ。

「にぃに、くっきー」

「はいはい、待っててね」

いそいそと立ち去った吉村に続いて、土方も伊東を連れて部屋に戻ろうとするが、山崎はすかさずその袖をガッと掴んだ。

「ついでだから、プールの空気入れるの手伝ってください」

「は? なんで俺が」

「アンタ、カヨワイ乙女に力仕事させるんですか?」

「カヨワイ? 何寝言いってんだよ、最近、江戸ことばの大幅改訂でもあったのか?」

土方が仏頂面ですっとぼけ、伊東が隣でポンと手を打って「そうか、江戸ことばが改訂されたのか。なら仕方ないな」と頷いた。

「違うわ! アンタら、なんでそんなところで息ぴったりなんだよ! 発言かぶりまくりだろ! 打ち合わせでもしてんのかよ! 元々、不倶戴天の敵だったんじゃねーのかよ!」

「喚くな。女のヒステリーはみっともねぇ。脳の血管、切れっぞ」

ヤレヤレと溜め息を吐くと、土方はポンプを踏みつけていた伊東の足を退けさせる。片方の靴下を脱いでスラックスのポケットに突っ込み、素足をポンプに乗せた。リズミカルに押されたポンプは、みるみるビニールプールを膨らませていく。

「面白そう。土方君、やらせて」

「おう」

がすっ、ぷっ、ぷしゅーう。

「デッ、デコぉおおおおお! 学習しろ、バカひよこぉおおおお!」

「ふぅむ。結構、難しいんだな」

試行錯誤の後、伊東もようやくコツを掴んで、直径五尺もあろうかというプールが完成した。ホースで水を注ぎ始めた頃に、吉村が戻ってくる。

「おめでとうございます。何の害もございません」

「ほらね。だから大丈夫って言ったのに」

伊東は誇らしげに宣言すると、さっそく個装を破って菓子を口に放り込んだ。
陽向も、まだ水溜り状態のプールにぺったりと座って尻を濡らしながら「にぃに、あーん」とねだる。丸いプールの中で口を開けている姿は、まさに鳥の巣にいる雛鳥だ。

「ここは嘘でも『毒入りでした』とか言え、バカが。日夜が、また知らない人からなんか貰ってきたら、どうすんだ」

「おやおや。そういうことでしたら、そう一言仰ってくだされば、いくらでも報告書、偽造しましたのに……いでで。ひなちゃん、それ、俺の指」

それを見ていた伊東が、なにを思ったのか土方の指に吸いついた。

「でっ……! 親子して何してんだっ!」

「だって、仲良く食べろって言われたんだもの」

「誰に」

「忘れた」

けろりとそう言い切って、あーんと開いた伊東の口に、土方は呆れながらもクッキーを突っ込んでやった。思い出したように、ふと「そういえば、手、治ってるのか?」と尋ねる。

「手?」

「左」

「あ」

伊東が不思議そうに、己の片手と土方を見比べる。
吉村が横から「素女丹の薬効ですねぇ」と、口を挟んだ。日夜の手がおかしくなったのは、陽向かいを産んでからだ。素所丹による性転換で、後天的要素は継承されない。伊東もそれに思い当たったのか、表情がパァッと明るくなった。

「手が治ったから、これでちゃんとお嫁さんにしてくれる?」

いくら調べても原因が分からず、日常生活にも支障がでるような状態なのだからと、無理やりそれを口実にして『籍には入れない』と言い聞かせていたのだから「手が治れば、籍に入れる」という理屈にも一理ある。
あーそうだよなぁ……と、土方が気まずそうに頭を掻いたが、そこに山崎が「オマエ、男だろ! 男が嫁になれる訳ねぇだろ、つーか、俺が土方さんの嫁じゃ、ボケぇええええ!」と喚きながら割り込んだ。




伊東と山崎が揉めている隙を見計らい、土方は副長室にコソコソ逃げ帰った。ひと心地ついて靴下なんぞを履き直しながら「で、あの菓子の出所は分かりそうか?」と、吉村に尋ねた。
伊東本人がどうやって門の前まで帰ってきたのかすら覚えていないと主張している状態では、空白を埋める手がかりはその手土産しか無いのだ。だが、吉村はあっさり「分かりません」と答えた。

「あちこちの百貨店に置いてあるブランドの売れ筋商品ですが、包み紙は販売店のものではなく、紙袋も無地のものを使っています。昨日一日だけでも、この江戸で何百個売れたか分からないうえに、女が買ったらしいということしか分かっていないのですから、お手上げですね。もちろん、紙袋や箱そのものに、我々以外の指紋はいくつか付いていましたが、これを買ったという女の他に、販売店の店員、流通・製造過程、何人の手を経ているのやら……凶悪事件の手がかりというのならともかく、この程度の物証のために全市民の指紋を照合して歩く訳にもいかないでしょうし」

「ふん、いわゆる大量生産品というわけか」

「こういうの安物ばかりとは限らないんですねぇ。駕篭の運転手や車夫に情報提供を求めるという手もあるでしょうけど、これまた大掛かりになりますよ」

手袋をはめたままの吉村が、丁寧にその空箱や菓子の包みを折り畳む。
以前から、ちょくちょく行方をくらませるたびに、何かしら貰って帰って来るようだが、そのどれひとつとっても、その出所が分からないのだ。伊東自身がそのような隠蔽工作を施したとは思えないし、その必要も無いだろう。こういう時に彼を匿いそうな人物といえば兄の鷹久だが、彼が正体を隠すとは思えないし、第一、昨夜は連絡すらとれない状態だった筈だ。

「どこぞに間男でも居るんですかねぇ?」

「間男も何も、昨夜からアイツ、男の身体だろ」

「まぁ、それもそうですけど。なんでしたら、催眠術とか自白剤、試してみます?」

土方の表情が揺れた。確かにそれを使えば、真相は明らかになるかもしれない。だが、ただでさえ脳細胞が複数の薬物の影響を受けて壊れかかっている状況で、さらに記憶の引き出しを強引にこじ開けて掻き回すような真似をして、伊東の精神が耐えられるだろうか。

「いや、そこまでは、いい」

「でしたら、もうお手上げですね。まぁ、無事に戻って来たんですから、めでたしめでたしじゃないですか」

そういえば、陽向がさっき「あのね、おふねびゅーんって」と言っていたが、もしやUFOにでも連れ去られて人体実験されたとか? 確かに一時、そういう事件が江戸を騒がせていたこともあったが……まさか、ね。吉村は突拍子もない己のアイデアに肩をすくめると、唯一の物証である筈の空箱を拾い上げ「これ、焼却炉に捨ててきます。副長は、諦めて残りの書類片付けておいてくださいね」と告げて、副長室を出た。
入れ替わりに、当の伊東本人が「山崎君がいじめる」との毎度おなじみの文句をブータレながら、副長室に転がり込んできた。





副長も吉村君も『謎のお土産』にはもうすっかり慣れっこになってしまい、深く考えることを止めてしまっているようだが……今日、伊東参謀が持ち帰った菓子は『梅さま』が手土産として持たせたのだろうと、ニ木二郎には見当がついていた。まるで「ヒントを与えるから、自分を捕まえてみろ」と真選組を挑発しているかのような。いや、それともこれは、裏切り者の自分に対する脅迫なのか。
ニ木は震える指でマッチを擦ると、焼却炉に放り込んだ。丸められた菓子の包装紙が、炎に飲み込まれ、生き物のようにのたうって黒い消し炭になって崩れていく。
私は悪くない。だって、私は梅さまに繋がる通信手段を与えられていなかったのだから。私の役割は斎藤、藤堂の指示を受けて、真選組の内側を撹乱するというもので、つまり斎藤、藤堂というパイプを失ってしまえば、どうしようも無かったのだ。しかも、伊東参謀は普段はまるっきり梅さまのことをお忘れになっているご様子なので、委細は確認しようがない。だから、私は、悪く、ない。
鉄の取っ手を掴んで、焼却炉の扉を閉じる。
いや、引き返すだけの機会は、あった。斎藤、藤堂のクーデターの戦後処理で、他にも内通者がいないかと取調べがあった時、素直に自首して洗いざらい喋ってしまえば楽になっていた筈だ。もちろん、内通者としての罪には問われるだろうが、鬼兵隊の情報と引き換えに軽減されていた可能性が高い。だが、ニ木は結局、名乗り出ることがでなかった。
私だけじゃない、篠原君だってそうだ。
彼だって、梅さまのことをご存知だったし、伊東参謀に随行して、お会いしたこともあったじゃないか。クーデターについて何か知らないかと問われても、口を拭って知らん顔をしていたじゃないか。私だけじゃない。これは、私一人に対するメッセージじゃない。あれは、ただのお菓子の包装紙じゃないか。二木よ、貴様は何を怯えている? 被害妄想、被害妄想だ、そう、ただの自意識過剰にすぎない。
だが、いくらそう己に言い聞かせてみても、二木は顎が震えて奥歯がカタカタと鳴るのを、抑えることができなかった。

「二木隊長」

不意に呼びかけられて、ひゃぁっと奇声が漏れた。
振り返ると、細い腕にブラウスをひっかけた姿がまるで案山子のような男がそこに立っていた。わざとらしくにやけた笑みと不自然に大きな目も、落書きのような案山子のふざけた表情を彷彿とさせた。

「えっと……確か君は」

「へえ。一番隊でおま」

男は、なぜか上方の訛りで答えた。彼は上方の生まれだったのだろうかと訝ったが、それと同時に彼の正確な年齢も出自も知らないことに気付いた。

「ごみ当番やさかいに、火をつけに来たんどすが、なぜ九番隊隊長ともあろう者が、自ら焼却炉をお使いに?
 何か困るようなモノでも燃やしてはったん?」

「いや、その。ごみが溜まっていたようだから、もう燃やしておいてやろうと思って」

「ほんまに?」

だが、その言葉は疑問というよりは、念押しであったろう。それも、確信を持ったうえで、相手をなぶって愉しむような。

「君は、何が言いたいのかね」

「別に」

二木の虚勢を見抜いているのか、男がニヤッと笑って背を向けた。
彼はどちらの側から二木を見て「裏切り者」だと考えているのだろうか、と思うと肝が冷えた。鬼兵隊に内通したクーデターの一味として? それとも内通しておきながら、口を拭って真選組に出戻った二重の裏切り者として? どちらであったとしても、それが明らかになればニ木の身の破滅を意味していた。

「ニ木はん。早まりなさんな」

案山子男は不意にそう言うと、振り向きもせずに右手を挙げて、ひらひらと振ってみせた。
何のことを差しているのかと訝った仁木であったが、ふと、己の手が無意識に刀の柄にかかっていることに気付いた。つまり、男はそれを背中で察知したのだろう。それでいて、あえて右手を空けたのだ。そのまま斬りかかられても応じられるほどに、すさまじく剣技に自信があるのか、あるいはただの馬鹿なのか。一番隊所属なら、どちらの可能性もあった。

「沖田隊長には、内緒にしときますさかい」

その言葉にどういう結論を引き出したのか、ニ木はへなへな地べたにへたり込んでしまった。蝋人形のような生気のない目で、ひたすら案山子男の背中を見つめている。どこか遠くで、ヒグラシが嘲笑うように甲高く鳴いていた。






その夜。
ガキじゃあるまいし自室で寝ろ、と叩き出したいところであったが、母親が男の身体になっているうえに我が子のことをよく覚えていないという状態では、陽向も混乱するかもしれない。子守りは吉村に任せて、土方が伊東の面倒を見る形になった。もちろん、山崎は「土方さんは、デコばっかり甘やかして」と不満たらたらであったが「だったらオマエが世話をするか?」と切り返して、なんとか黙らせた。

「布団は、別でいいな?」

「えー。一緒がいい」

「えーじゃねぇよ、勘弁しろよ。野郎同士でひっついて寝たら、暑苦しいだろうが」

「土方君は男でもいいくせに」

伊東に真顔でボソッと言われて、土方は思わずガクッと脱力してしまった。まさか、面と向かってそんなツッコミが入るとは思わなかった。

「誰から聞いた、んなハナシ」

「土方君が、自分で言ってたじゃないか」

「あー…そういえばそうだったな。肝心なことスッポ抜けるくせに、余計なコトばかり覚えてやがる」

呆れて、もう一組布団を出そうと押し入れに向かう。その背中に、何かがぶつかった。

「だから、野郎同士でひっついたら暑苦しいって言ったろうが」

振り向いて、軽くにらみつける。
だが、女である『日夜』でも元の『鴨太郎』でもない、小柄な男の顔を間近にして、気が変わった。悪戯心が湧いたとも魔がさしたとも言う。

「それとも、その身体でヤらせてくれるとでも?」

「え? でも男同士だし」

「だったら、どういうつもりで抱きついてるんだよ、ボケ」

「なんとなく。放っておかれるのが嫌だから。でも男同士だよ?」

伊東は元々お硬いエリートだったから、衆道のことは殆ど知らないのだろう。

「同じだぜ? 教えてやるよ」

ニヤッと笑うと、体格差に任せて、敷いたばかりの布団に乱暴に突き倒した。




初出:11年11月14日
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