拾い食いはするもんじゃない【4】


征服欲を満たし、互いの体液でべっとり汚れた手指を舐めとる。
男を抱くのは久しぶりだ。ずっと女には不自由しなかったのだから、当然といえば当然なのかもしれない。だが、篭っていた熱を解放して冷静になると、やり過ぎたような気もしてきた。

「痛かったか?」

声をかけてやると、目に涙を溜めながらも「大丈夫」と答える。その姿が健気に思われて、抱きかかえて額といわず頬といわず、唇を押し付けてやった。耳朶をちろりと舐めてやると、くすぐったかったのか、首を振って軽く拒んだ。

「こっちの身体も、悪くないな」

「ばか。同じだよ」

伊東が拳を作って、ぽかぽかと土方の胸板を叩く。

「そうだな、こっちの穴使ってたんじゃ、同じことだわな。前、使ってみるか?」

「え? だって、無いじゃないか」

「穴は無いかもしれねぇが、よ」

片手を下腹部に這わせ、握り込む。ややずんぐりしたソレは、一度は達した直後とはいえ、まだ熱を帯びて硬度を保っていた。根元からしごき上げると、先端で余った皮がぬめりを帯びてクチュクチュと音を立てた。

「あ、それ、やだ……頭、おかしくなる」

伊東は腰を引いて逃げようとするが、さらに上から覆いかぶさって、腰を膝で挟むようにして押さえつける。

「こういう時は、思い切りおかしくなっていいんだって、いっつも言ってるだろがよ」

このシチュエーションに高ぶったか、土方は炎のように熱い息を吐きながら、犬があえぐように舌をだらりと出していた。

「やだ、こわい」

「すぐにヨくなるから、じっとしてろ」

赤い唇から唾液がこぼれて白い顎を伝い濡らしているのを、手の甲で拭う。その姿を見上げているうちに、伊東も腰の奥が熱く、狂おしい気分になってくる。だが、それをどう表していいのか分からず、せめて土方に触れようと、両手を差し伸べる。

「自分でできるか?」

不意に土方に尋ねられた。その意図が分からずにキョトンとしていると、土方は舌打ちをして枕元に手を伸ばした。小さなパッケージをくわえるや、片手で端をピッと裂く。
その仕草を見て、避妊具のことかと、今さらのように理解した。そういえば、さっきも使ってたっけか。よく分からない。男同士なのだから避妊する必要はないのにと思うが、衛生面や後始末のことを考えてのことなのだろう。だが、分かったからといって、自分でできるとは限らない。

「面倒だから、剥かなくてもいいな?」

「剥く……?」

意味を汲み取れず再び混乱した伊東であったが、土方は相手の返事など最初から期待していなかったようだ。問いかけを放り出したまま、パッケージから毒々しい色のラテックスのリングを引っ張り出した。薄暗い行灯の明かりにそれをチラッとかざしたのは、裏表を確かめたのだろう。すぐに伊東の先端にあてがったかと思うや、くるくると器用にかぶせてしまった。
手慣れてるねぇと、素直に感心しかかったが、この「達人技」のおかげで、どれだけ子種を搾り取り損ねたかを思い出した。




伊東が唖然としている間に、土方は仰向けになっている伊東の腰を跨ぎ、その中心へ腰を下ろした。さすがに長らくご無沙汰の部分は解れにくいのか、眉をしかめて苦しげな表情を浮かべていたが、強引に腰を揺すって心地よい場所を探しているうちに、呼気が熱を帯びて来た。
伊東の側から見れば、己の、それも肉体のごく一部が自慰のための道具のごとく扱われているような不満も多少はあったが、他人の身体に飲み込まれた部分の熱さや圧迫感が掘り起こす感覚は、あまりに圧倒的だった。

「あ、あ、あ」

本能的に腰が動きそうになるが、自分よりも大きな身体が馬乗りになっているせいで身動きがとれず、切なさに思わず声が漏れる。それをどう解釈したのか、土方は伊東の両手を捕まえた。指を絡めるように握り込む。

「伊東……」

いつもの『日夜』じゃないんだね、と混ぜっ返してやりたかったが、唇から漏れるのは掠れかかった切れ切れの喘ぎ声ばかりだ。
土方君は誰と番っているつもりなんだろう、日夜でも鴨太郎でもない僕は誰なんだろう。熱に浮かされるようにそんなことをぼんやりと考え、やがて押し流されていく。
不意に、土方の手指にギュッと力が籠った。

「イ……ッ」

それが「伊東」なのか、イク、なのかは分からなかったが、その直後に包み込んでいる肉襞がびくびくと痙攣しながら締め付けてきたため、こちらも悲鳴のように尾を引く声を上げながら、半ば強制的に搾り取られてしまった。




沸騰しそうだった脳細胞が、ようやく冷めてきた。
伸びきったラテックスが萎えたものにまつわりつく感触と、放ったモノの生暖かさが気持ち悪い。直接それに触れるのが汚らわしく感じ、伊東は手探りで桜紙を数枚取ると、ソレにかぶせて剥ぎ取った。行灯の灯りが薄暗すぎて、屑かごの位置が分からなかったため、諦めて枕元に放り捨てる。
そろそろ夜が明ける頃だろうと思われるのだが、なにせ壁掛け時計も読めない。暗がりに目をこらしてようやく、己の手の甲を走る赤い痣が見えた。土方が力任せに握った痕だ。最中は無我夢中で気付かなかったが、よくぞ骨ごとへし折られなかったものだ。

「そういえば……ねぇ、土方君。剥くって、何?」

「は? ムク? 何の話だ」

土方は、さっそく一服しようと紙煙草の箱のフィルム包装を破いたところだったらしい。喫煙を咎められたと思ったのか、気まずそうに箱を枕元に置く。
別に吸ってもいいのに、となぜか思っていた。むしろ、吸わない筈の自分も一口貰いたいような気分だ。だが、あえてそれは口に出しては言わず「面倒だからって、土方君が言ったんだよ?」と、畳みかけた。

「俺が? いつ? どういう文脈で」

「アレかぶせる時に、剥かなくていいな、って」

土方は訝しげな表情で、伊東の顔をしばらく見つめていたが、やがて「あー」と、間の抜けた声をあげた。

「剥いた方が敏感だからヨかったんだろうが、刺激が強すぎるだろ。それに、それで痛がってテコずるのも面倒だったしな」

「何を?」

「どうでもいいだろ、今さら。剥いてもう一発やり直し、とか勘弁してくれよ。せめて休ませろ」

一連の会話の流れで、なんとなく包皮のことを指していたらしい、と見当がついた。

「休んだら、今度は剥いてヤってくれるの? さっきのもすごかったけど、もっと気持ちいいの?」

「サルか、オマエは」

その回答が肯定なのか否定なのか、察しかねた伊東が見上げていると、土方はどちらとも答えず、膝でいざって行灯に近づくと、火を吹き消して伊東の隣にごろりと寝転がった。よほど消耗したのか、目を閉じたかと思うと、もう寝息を立てている。
一方の伊東は、眠れずに障子向こうが徐々に明るくなっているのを眺めていた。喉が渇いていたが、水差しの類いは見つけられない。代わりに、という訳ではないが、土方が放り出した煙草の箱を拾い上げる。一本抜いてくわえると、ようやく差し始めた障子越しの淡い朝陽を頼りに、ライターで火を点けた。

この感触を知っている気がする。僕は、煙草なんか吸わない筈なのに。いや、吸い口の感触が少し違う。こんな柔らかいフィルターではなく、硬い、金属性の……煙管?
深く吸い込み、煙を肺に溜める。やけに澄み切った脳の奥で、何かが像を結ぼうとしていた。

「僕は……? 伊東鴨太郎、だろ。それとも日夜か?」

ぽろり、と紙煙草が唇から落ちた。
床の上をころころと転がって、畳を焦がす。だが、伊東はそれを凝視したまま、拾い上げることができなかった。

「君は……」

唐突に全身が熱くなり、猛烈な嘔吐感に見舞われて脂汗が滴る。

はい、ここがアンタのおうち。

畳から、木と紙で作られた行灯に燃え広がるのは、一瞬だった。さらに炎が、行灯の油皿を舐める。その頃には火災報知器がけたたましく鳴り響いていたが、虚空に引き込まれるように意識を失いかけている伊東の耳に、その喧騒は届かなかった。




蝉の声は、暑苦しくて耳障りで嫌いだ……眠りから覚めきっていない頭は、ぼんやりとそんなことを考えていたが、蝉ではないと気付いた瞬間に、土方は跳ね起きていた。
本来の用途を超えて燃え上がっている行灯と、その傍らで倒れている伊東を目にして、何が起こったのか土方はとっさには理解できなかった。だが、優先すべきは原因究明ではなく行動だ。頭で考えるよりも先に、本能的に身体が動いた。
素手であることも忘れて行灯の脚を掴み、障子を蹴り開けるとそれを中庭の池目がけて放り投げた。続いて、敷き布団をまだくすぶっている畳に被せて、踏みつける。ぶすぶすと焦げ臭い匂いが立ち上ったが、空気を遮断されて鎮火したようだ。
天井の小型火災報知器の紐を引いて警報を止めると、続いて伊東を抱き起こす。火傷したての掌や手指が、ちりちりと痛んだ。根拠もなく伊東の顔が焼け爛れているのではと恐れたが、あれだけの炎を前にしていたというのに、こちらが拍子抜けるほどあどけない表情で眠り込んでいた。

「起きろ、馬鹿」

「んぅ。おはようのちゅーして?」

「なにがちゅーだ、ボケ」

「馬鹿とかボケとか、土方君、ひどい」

そのときになって、伊東の身体が元に……というか、女に戻って(いや『化けて』というべきか)いるのに気付いた。見たところ、外傷は無さそうだ。もしあったとしても、それが変化の前であれば、再構築に伴って消えてしまったのだろう。

「そうだ、手はどうした?」

「手?」

再構築したのなら、不自由になってしまった手もこのまま治っているのだろうか……とも考えたのだ。伊東はきょとんとしながらも、素直に両手を土方に差し出した。肉体労働を知らないせいか形よく整っており、白くきめ細かな肌と桜色の爪が美しい手指だが、左手の動きは、やはりぎこちない。
「そこまで、元に戻ってしまったのか」という軽い失望と「治らなくて良かった」という安堵がない交ぜになって脱力しかけた土方だったが、廊下を渡ってくる足音を耳にして、二人が全裸であることを思い出し、慌てて脱ぎ散らかしていた着物を引き寄せた。少なくとも、女の身体を剥き身で人目に晒す訳にはいかない。
伊東の肩に襦袢を引っ掛けてやったところで「トシィ、どうした?」「土方さんっ!」と喚きながら、近藤と山崎が駆け込んできた。

「なんでもねぇ。火は消した」

「何が燃えたんです? うわ、焦げくさい……行灯?」

その山崎の言葉に、伊東が今更のように小鼻をひくつかせて「あれ、土方君、火事か何か?」などと尋ねる。

「か何か、じゃねぇよ。火事だ、火事。あんだけ喧しかったのに聞こえなかったのかよ。行灯が燃えてて……池に放り投げて消したがな」

「池ぇ!? トシ、何してくれんだ、池には、お妙さんWとお妙さんGと、お妙さん∀とお妙さんOOとお妙さんSEEDとお妙さんAGEがぁあああああ!」

「その流れなら、UCも居るべきだな」

「いや、UCはハゲが認めてないから。あれは正史じゃなくて、二次創作みたいなものだから。こないだトッシーもそう主張してたじゃないか」

「知らん、トッシーは他人だ。つーか、また鯉にそんな名前つけてたのか。あのゴリラ女諦めて、どんだけ経つと思ってんだよ。総悟が知ったら怒り狂うぜ?」

すっとぼけながら、土方はもそもそと着流しを直す。

「ふーん。消えたんだったらいいや。山崎君、喉渇いた。オレンジジュースがいいな。無かったら、ポカリ」

「オマエなぁ。まさか土方さん、煙草の不始末ですか?」

山崎の言葉に、土方は首を傾げる。昨夜は伊東の手前、吸うのは諦めた筈だ。一方、行灯の火も確かに吹き消した覚えがある。だが、山崎が布団をめくると、焦げて原型を失ってはいたが、煙草の吸殻と思しきものが、畳にへばりついていた。

「あれ?」

「何があれ、ですか。だから寝煙草は駄目ですって、言ってるんです!」

「まぁまぁ、目くじらを立てるな、ザキ。ナニの後の一服は格別だもんなぁ。なぁ、トシ」

近藤がフォローしようとして、火に油を注いだようで「ナニの後って……余計にいかんわーっ!」と、山崎が喚き散らす。そんなことはしていないと否定しようにも、枕元に丸められた桜紙が転がっているのだから、さすがの土方も言い訳できない。伊東はその騒ぎを前にキョトンとしながら「ナニって、なぁに? さっきの手と関係があるの?」と、土方に尋ねた。

「その、あの、なんだ……さっきの、覚えてないのか?」

「覚えてるって、何を?」

「あー…だったら、いい」

「あ。もしかしたら、さっきまでえっちなことしてたの? 覚えてないから、もう一回やって」

平然と言い放った伊東の態度に、土方はがっくりと脱力したが、山崎はむしろ逆上して「てんめぇえええええ! いい加減にしろぉおおお!」と喚きながら伊東に掴みかかった。



それから数日もの間、二木はさんざん思い悩んだ挙句、篠原進之進に相談しようという結論に辿り着いた。もしあの男が何か……二木と鬼兵隊との関係……を嗅ぎ付けているのであれば、伊東の側近である篠原にも当然、接触を試みているに違いない。
だが、同じ真選組の隊士とはいえ、部署も違えば役職も違う、個人的な交流もない相手に、どうアプローチすれば自然に本音を引き出せるのであろうか。部屋や詰め所に押しかけたり、逆に呼び出したりするのはあまりにも唐突であるし、メールや手紙は「証拠」が残るので厄介だ。篠原が喫煙者であれば、屯所での喫煙が許される数少ないスポット、休憩室で待ち構えていて偶然の出会いを装うという方法もあろうが、残念ながら篠原は煙草を嗜んでいない。ついでに、彼は飲んべえでもないので酒席という案も却下だ。 ならば、食堂でたまたま、隣の席になった、というのはどうだろう? だが、食堂には多くの人が周囲にいるうえに、カレーライスなんぞを食べながら気安く相談できる話でもない。どうしたものかと、二木はカレー皿をスプーンでかき回しながら思い悩んでいた。

「もしもし、すみません、二木隊長」

声をかけられて目をあげると、監察方の尾形鈍太郎であった。

「なんだね?」

「篠原さんのことなんですけど、ちょっとよろしいですか?」

まさか鬼兵隊と通じていたことがバレたのだろうか、あるいは先日焼却炉に行ったことを不審がられたのだろうかと、二木は青ざめた。平静を装って「構わんよ」と答えたが、スプーンを持つ手が微かに震え、カレー皿に当たってカチカチと鳴った。

「その、率直に尋ねますけど、隊長、篠原さんに何かあるんですか?」

「何か、というと?」

「言いたいこととか、そういう」

「あー…そうだな。その、話したいことがないわけではないが」

どうやら篠原の方から何かを察してくれたらしいと気付いた二木は、この機を逃すものかと身を乗り出した。

「僕が、伝言をお聞きしましょうか?」

「伝言は困る。その、できれば直接話したいのだが」

「でしたら、ここに呼びましょうか?」

「ここに? 二人きりになれる場所がいいんだが」

「二人きりは、篠原さんが嫌がると思います」

「そうは言っても、これは非常に重大な、それも人目をはばかる話というか、いわば内密な性質の話なものでね。他人が立ち会ってどうこうできる話題じゃないんだ」

何しろ「敵と通じる者は即、切腹」という局中法度があるのだから……とは、口に出しては言えず、二木は顔を赤くしたり青くしたりしながら、ひたすらもどかしさに悶えていた。

「だから、そういうの、迷惑してるんですよ、篠原さんは」

「いや、迷惑とかそういう次元の問題じゃないだろう。二人の将来というか、人生に関わることなんだよ」

あー……と、尾形が呻きながら、天を仰いだ。天井に何かあるのだろうかと、二木もつられて上を見たほどのオーバーリアクションだ。

「ふむ。蛍光灯が一本、切れ掛かってるな」

「二木隊長、そうじゃなくて!」

「そうじゃなくて、つまり何かね、尾形君?」

「実は、とっくに局中で噂になっているんですよ」

「噂だと!?」

衝撃のあまり、二木は目の前が真っ暗になるのを感じた。
先のクーデターで、沖田に問答無用で無残に斬り捨てられた同志らの亡骸が鮮明に脳裏に蘇った。局長の近藤は「謀反を起こされるのは、大将の不甲斐なさが原因だ。これは俺の責任だ」と斉藤や藤堂を庇ったが、それでも「武士の情け」として斬首を「名誉の切腹」に変更してやるのが、精一杯だったという。

「そんな、そんな、俺はもうおしまいなのか、そんなの嫌だ、そんなの嫌だ、死にたくない」

二木は錯乱した挙句、カレー皿に顔面を突っ込むように突っ伏して、泣き出してしまった。
一方、尾形は、二木の奇行が周囲の注目を浴びていることに動揺しながらも「二木隊長、落ち着いてください。おしまいなんかじゃありませんよ。その、お気を確かに」と肩を叩いてなだめ、テーブルの上の紙ナプキン立てを引き寄せて、何枚か二木に差し出してやった。

「てっきり死にたいって言い出すかと思ったけど、死にたくないんだったら、まだまだ希望がありますよね。人生長いんですから、生きてたらきっと、他にいいひと見つかりますよ」

そう畳み掛けて、尾形がそっと立ち去る。
二木はその言葉にどこか引っかかるものを感じて、紙ナプキンでカレールーや涙、鼻水まみれの顔を拭いながら何度か反芻した。やがて、唐突にお互いが誤解していたことに思い当たって、笑いがこみ上げた。

「かわいそうに、二木隊長は気が触れたか」

「よほど痛手だったんだろうなぁ……失恋が」

「ほとんど野郎ばかりの職場だからなぁ」

囁きあう声に横隔膜をさらに刺激され、二木はついに床に倒れ込むと、ヒーヒーと喚きながら、腹を抱えて転げまわった。



「ふうん、そんなことがあったのか」

その顛末を土方から、雑談がてらに聞かされた伊東は、ぬいぐるみなんぞを抱きながら、ぼんやりと相槌を打った。

「篠原君も、二木君とは知らぬ仲じゃないのに、そんなつれなくすることないじゃないか」

「はぁ? まぁ、確かに真選組の隊士なんだから、顔ぐらいは見知ってるだろうが」

土方の顔が微かに引きつったのは、過去には篠原を伊東派からわざわざ引き抜いたりするなど、少なからぬ思い入れや思惑があったからだ。

「そーいうんじゃなくて、ほら、二木君だったら、篠原君とも一緒に」

「一緒に? 一緒になるような案件なんかあったか? それともプライベートで何かあったのか?」

「ほら、その……アレ?」

昔、彼らに何かの接点があった気がするのに、どうしても思い出せない。一緒にどこかに行ったような、船? どこの船だったろう……だが、それ以上考えようとすると、くらっと眩暈がした。ぽとりとぬいぐるみが落ちる。

「アレって、なんだ? 過去に二木ちょっかいかけてたってことか?」

「忘れた」

「思い出せよ」

「無理」

「無理じゃねーだろ」

土方がぬいぐるみを拾い上げて、ポンと胸元に放るようにして渡してやった。
以前からこんなのがあったっけか、という疑問はあるが、子供用なら山崎や吉村が買い与えているだろうし、メンタルが女性と化している伊東が、自分用に買った(しかも、そのことを忘れている)可能性もある。
ぬいぐるみを抱き取って、ふるふると子供のように首を振っている伊東を見下ろし、土方は「しゃーねぇなぁ」と肩をすくめた。

「まぁ、いいや。ザキにでも茶入れさせるか」

「山崎君は意地悪するから、やだ」

「頼むから仲良くしてくれや……じゃあ、よしにでも頼むわ」

土方が、伊東の文机の上の電話を取り上げ、内線番号を押す。
その背中を眺めながら、伊東が思い出したように「そうだ。こないだのお菓子、まだ少し残っているから、二木君にも分けてあげよう」と、呟いた。
伊東にしてみれば、傷心の部下を慰めてやろうというささやかな好意のつもりでも、それが二木を発狂寸前の恐怖のどん底に陥れる結果になったのだが……それはまた後の話。





【後書き】途中まで書いておきながら、エロ書くのが面倒で年単位で放り出していました。女体化伊東のさらに性転換という、こんがらがったおハナシ。
なにしろ、これ書き始めた頃はまだ「AGE」と「UC」がいなかったからね。SEED止まりだったからね。ちなみにUCは一応、見てます。拙者ガノタなので。禿公認じゃなくとも、ミネバ様が麗しいからおk……って、ハナシが逸れました。失敬。
初出:11年11月14日
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壁紙:素材屋Miracle Page より。

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