阿蘭陀菜【2】


自意識過剰なわけじゃない。
自慢じゃないが、自分は地味の格が違うのだ。自分が注目を浴びるなんてことは有り得ない……というか、職業柄、耳目を集めることのないように、日々、地味さに磨きをかけているぐらいだ。だからこそ、墓参りから帰ってきてから、ここ数日間の同僚らの妙な視線が気にかかる。
潜入先なら「すわ、正体がばれたか?」と早々に撤退準備を始めるところだが、あいにくここは屯所。撤退どころか帰る先だ。正体ではなしに、何かの悪事がバレたか? だがジャンプを隠れて読むぐらいは皆やってることだし、もちろん沖田と墓参りに行ったことは責められるような性質のものではない。

「吉村ァ、心当たりねぇ?」

とりあえず人目を避けようと、監察方の詰め所でもある資料室に逃げ込み、そこで崩れそうな資料の山を漁っていた同僚に尋ねてみても「さぁねぇ」という曖昧な返事が返ってくるばかりだ。
もっとも、元はといえば土方を想う者同士、いわば恋のライバルなのでプライベートではお世辞にも仲良しとは言い難い。むしろこっそり風呂の栓を抜いて嫌がらせをしたり、アイツ副長の隠し撮りしてますぜとチクってみたりが日常茶飯事だ。そういう対抗意識は仕事で生かせと土方は言うのだが、人間の心は……特に恋心は、そう簡単に割り切れるものではない。

「男ばかりの屯所で、いつまでも女の身体のままチャラチャラしてるんだから、仕方ないんじゃねぇ?」

「そりゃあ、そうかもしれないけど。でも、いきなりなんだよね。なんかあったっけか?」

「さぁ? どうだろうねぇ」

煮え切らない返答に苛つくが、そうそう口が軽くなく、しかもいささかタチが悪いのは、性格もあるだろうが職業柄なのだろう。

「今度、ファミレス奢るからっ」

「もう一声」

「ええっ、じゃあ、女給喫茶・あっとほぅむ?」

「それもいいなぁ」

「まさか、ヘルス奢れとか言うんじゃねーだろうなぁ?」

「まぁ、そういうのも悪くねぇけど」

吉村が軽く身を屈めた。山崎の耳元に口を寄せて、ボソボソと何事か囁く。
山崎は一瞬キョトンとし、数拍後に顔面が蒼白になり、その次には耳まで真っ赤になって「ちょっ、なにそれぇえええええええ!」と喚いていた。
いわく『山崎のは、アソコにミミズを飼育している名器らしい』という噂が出回っているのだそうな。
ツラがまずくてもアソコがヨけりゃそんなにイイもんかねと興味本位の助平心をそそられる者、そりゃ野郎の尻よかミミズ様の方がよろしいんでしょうねと美貌の上司を奪われた悔しさを紛らわせる口実とする者、ミミズいいなァ、一度そーいうのとヤりたいなァと素直に憧れる者、エトセトラ。

「で、実際はどうなん?」

「知らないっ! そんなの知らないよぉっ!」

「まぁ、自分じゃ分からないだろうな。調べてやろうか?」

「い、や、だ! 大体、オマエだって、俺相手にそんなん、嫌だろうがよ!」

「顔にタオルでもかぶせといたら、なんとか勃つんじゃね? つか、オマエだって元は男なんだから、それぐれぇの男性生理には心当たりあるだろ。穴が開いてたら、竹輪でも壁の節穴でも突っ込みてぇ女日照りの男所帯なんだからよ」

けろりと言われるのが、かえって怖い。
考えてみれば、沖田のように自衛できるだけの腕があるわけでもない山崎の貞操が、今まで無事だったことが逆に、驚くべき事態だったのかもしれない。それは単に今まで運が良かっただけともいえるし、陰で親友の原田が「ザキちゃんにちょっかいをかけたら、ただじゃおかない」と、にらみをきかせてくれていたおかげかもしれない。
そういえば女になったばかりの頃は、どうせ一時のことだからという割り切りともあってか、土方もなにくれと気を使ってくれたものだ。潜入捜査ひとつするにも「もっと自分を大切にしろ」と心配してもらったというのに「男に戻るの、やめました」と宣言した途端に「女だからって、山崎の分際でタダ飯食えると思うな。きりきり働け、ボケが」という、男だった頃と同じ対応モードに切り替わってしまった気がする。

「でっ、でもでも、ほら、俺、一応、人妻だし?」

「人妻マニアもいるだろ。ブス専、つるぺた好きってジャンルも世の中にはあるんだし、見た目関係なく、ホンキで嫌がって泣き喚くのを押さえつけてヤるのが興奮するってもいるんだからよ」

「でも……皆、祝福してくれたし」

「局長夫妻んとこはな。オマエ、俺らのお姫様奪っておいて祝福されたなんてそんなオメデタイこと、本気で思ってんの?」

嬲るように畳み掛けられ、さすがの山崎も涙目になる。
結婚記念写真を撮った時にも、同僚の監察方からはねたみ、そねみ、ひがみ、うらみ、つらみのオンパレードだったことを思い出す。ポジティブに考えれば、それだけ多くの恋のライバルを蹴落として山崎が勝利したという、一種の勲章でもあるのだが。

「だって」

だってじゃねぇ、と吉村が罵りかけたタイミングで「吉村さん、ちょっと手伝ってください」と新井逆雄が声をかけてきた。

「ん? 何をだ?」

「副長室の大掃除」

「あ、俺がやります」

そういえば、調査業務に追われていて、そういうプライベートな年越し準備のことをまるっと忘れていた。毎年毎年、クソ忙しい時期のピークに「俺の部屋、掃除しておけ」と命じられて、キレそうになるというのに。
夫婦になったからには、土方さんの部屋は俺の部屋。そこは自分のテリトリーだとばかりに、泣いたカラスがなんとやらで元気よく手をあげたのだが、新井はあっさりと「だって、身長が足りないでしょ、ザキさん」と断った。

「身長ぉ?」

「鴨居に、薄汚いステッカーが貼ってあって。見苦しいから剥がしたいんですけど、下手にしたらベタベタ汚しそうで。服部は外回りに出てるし」

鴨居にステッカー? 確かに、山崎は男だった頃から中肉中背で、決して長身ではない。小柄な新井が吉村に応援要請したのも、単純に身長をみての人選だろう。

「そんなもん、ライターで炙るかドライヤー当てりゃ、すぐ取れるだろうが」

ぶつくさ言いながらも、吉村が腰を上げる。山崎は一人、資料室にぽつねんと残され……急に『ここ、アレが出たんだよな』と思い出して、身震いした。そして、不意に「薄汚いステッカー」に思い当たる。

「よしぃいいいいいいっ! そのお札剥がしちゃ、だめぇええええええ!」

大声で喚きながら、山崎は弾丸の如く駆け出した。




全力ダッシュで副長室に駆け込んだ山崎が眼にしたのは、愛する旦那様があぐらをかいた膝でぬくぬくと丸まっている猫であった。

「さっきまでコイツ、部屋に入りたがらなかったんだが、ようやく懐いてくれたな」

「懐いたというより、単に暴れ疲れたんでしょう」

吉村が苦笑いを浮かべながらも、欄間にこびりついた糊にドライヤーの温風を当てては、丁寧に拭い取っている。山崎は、その足元に転がっている紙屑を恐る恐る拾い上げて広げた。墨痕鮮やかに記されているのは、神社の名前らしき漢字の羅列と何やらアリガタそうな梵字だ。

「ちょっ、なんで剥がしちゃったんですかっ、魔除けのお札っ!」

山崎がぎゃあぎゃあ喚いていると、煙草のヤニがこびりついた行灯の足を雑巾で磨いていた新井が「魔除けって、ザキさん、そんなの信じてるんですか?」とせせら笑う。

「土方さん、大掃除なんか俺がするのにっ!」

「毎年、おめぇに頼んだら面倒くさいの忙しいのと、文句たれるだろうが」

「だからって、なんでコイツらに頼むんですか、なんでそれ、剥がしちゃったんですか」

「うるっせぇな。頼んでも文句言う、頼まなくても文句言う。どうしてぇんだ、一体。いちいち因縁つけやがって、てめぇは当たり屋か?」

「因縁じゃないです。だって、大掃除は嫁の仕事ですもん」

「そんなに大掃除したきゃ、資料室片付けてろ。こないだ資料を探しに言ったら、ひでぇ有様になってたぞ。あのまま年越す気か」

「資料室の掃除なんて、イヤです」

「仕事をえり好みするな。そこで突っ立ってぎゃーぎゃー喚いてる暇があったら、外回りにでも行って来い、ボケが」

「ちょ、アンタ、それが嫁に対する態度ですか?」

「俺がいつ、てめぇに嫁に来てくれと頼んだ?」

売り言葉に買い言葉、そこまで言われてしまうと、山崎の分が悪い。
そこで土方の膝の猫が「にゃーん」と甘え声を出すのが、余計に腹立たしい。

「ともかく、ここは俺らが掃除しておきますから」

その台詞にカッとした山崎が新井の胸倉を掴みかけた時に、尾形がひょっこりと顔を出した。

「しのー…しの、居ます? ああ、居た居た、しの。おいで、おやつあげるから」

尾形は、ぴりぴりに張り詰めている空気をまったく読まずに、猫に向かって話しかけた。山崎はもちろん、呼びかけられた猫ですら、きょとんとしている。

「ほら、しの、おやつ。ペット用の甘くないケーキだから、虫歯の心配もないし、食べて?」

猫は差し出されたケーキと土方とを見比べて、どうしたらいいものか迷っているようだ。

「尾形、そのケーキよこせ。ここで食わせる。お前はザキと一緒に、資料室の大掃除しとけ」

「ええっ、だって、俺が今日の猫当番なのに」

尾形がねこねこ言って仕事をサボることには、山崎も感心しないが、その猫が土方の膝に居座るのはもっと嫌だ。

「じゃあ、掃除がてら、その猫も資料室に連れて行きます。それで問題ないでしょ?」

スバラシイ妥協案だと山崎は思ったのだが「これから片付けようという部屋に猫遊ばせてどうするんだ、ボケ」と即効で却下された挙句に、山崎と尾形まとめて副長室から蹴り出された。

「いだだっ、土方さん、DVです、DV!」

「しのーお」

そのふたりの鼻先で、ぴしゃりと障子が閉じられる。

「ぐぅぁあああっ、腹立つぅううううう!」

肩を震わせながら「俺が嫁なのに、俺が嫁なのに、俺と土方さんとの、初めてのお正月なのに」とぶつぶつ繰り返す。その背中に「お、居た居た。ザキィ、ちいと相談が」と、間延びした声がかけられた。

「近藤さんと二人で、お正月に旅行に行くことになったらしいんですが、一応、新婚旅行代わりみてぇで俺ァ女装するらしくて。着付けの仕方、教えてくんね?」

「はぁ!?」

「着付け。俺ァ女の着物、良く分かんねぇんでさ。お端折りとか女帯とか」

「そうじゃなくて! なんで旅行ぉ!?」

「だから新婚旅行だってさ。土方コノヤローが言いだしっぺらしくて、たまにはアノヤローも気の利いたことを言いなさる」

「俺が資料室の大掃除で、なんで沖田さんが新婚旅行ぉおおお!? 理不尽極まりますっ!」

「ふりてぃんキワモノ?」

「フリチンじゃありません、理不尽です、り、ふ、じ、ん! あああああっ! 腹立つっ!」

床が抜けんばかりにドスドスと足踏みして、喚き散らす。
そりゃあ、土方さんに頼まれて嫁入りしたどころか、こちらから無理やり押しかけたようなものだけど、それは沖田も同じこと。何故、沖田は新婚旅行で、こっちは籍も入れない、正式な嫁という扱いはしないと念押しされた挙句に、猫にも負けて資料室の大掃除なんだ。悔しくて、情けなくて、涙も出ない。
暴れ疲れて、思わず膝をついた頃に、沖田が山崎の背中を撫でた。

「土方のド畜生は今に始まったド畜生じゃねぇって、そりゃあ、オメェさんもハナっから分かってて、そういうとこも含めて惚れて、嫁入りするって腹ァ決めたんでやんしょ? 今さらぐたぐた言いっこ無しだ」

「そ、そうですよね。その、つい、色々悔しくって」

言われてみればその通りだ。
元々土方はああいう性格で、ああいう物言いしか出来ない男なのだ。いくら局長のところはこうなのにと恨み言を言ったところで、せいぜい「そんなに近藤さんが良けりゃ、近藤さんところの嫁になればいいじゃねぇか」と皮肉られるのがオチだ。よそはよそ、うちはうち。無いもの強請りをしても詮が無い。

「分かりました、お端折りの作り方、っすね。帯は、男帯と同じ『貝の口』でも結べなくはないんですが、やっぱり基本はお太鼓ですかね」

「カンタンなので頼みまさァ。それに俺ァ、実は内心、旅行ってことになって、ホッとしてるんですぜイ。これが逆であってみろイ。俺ァ嫁だってぇのに雑煮のひとつも満足に作れねぇ、駄目嫁っぷりを露呈して恥かくことになるんですぜ。いくら近藤さんが笑って許してくれても、俺のプライドがガタガタでさァ」

「あ、そっか」

無いもの強請りは、人それぞれだ。
もちろん土方がそこまで考えて局長夫妻の正月旅行を提案した訳でもなかろうが、局長と副長が同時に屯所を開けるわけにも行かないのだから、これが結果としてはベストな正月の過ごし方なのだということは、遅まきながら山崎にも得心がいった。

「じゃあ、俺は腕によりをかけて、お節とお雑煮を作ろうっと」

そして精一杯、俺が副長の嫁だってことを周囲にアピールしてやるんだ。そうだ、そうしよう。それで変な噂も万事解決だ。

「あのぉ、山崎さぁん、資料室の大掃除は?」

尾形が情けない声で尋ねるが、恋する乙女のお花畑パワーを全身全霊に全開で漲らせた山崎は「尾形やっといて。俺、沖田さんに着付けのレクチャーしたら、お節の準備しなきゃ」と、シレッと言い放った。





同じ着物でも、男女のそれは大きく違う。
女性のものは袖に振り口という穴が開いており、男物のように小物を入れておくことができない。男物は着丈だが、女物は身長ほどもあり、腰の辺りで折りたたむ『お端折り』を作るのだが、そのお端折りを整えるために手を差し入れるための『身八つ口』という穴もある。帯の種類も違うし、衿の形も異なっている。

「仕事は隊服ですし、普段着も洋装の方が楽でしてね。どうにも女物の着物は苦手なんでさぁ」

「慣れたら、どうってこと無いんですがね」

山崎が女物でも違和感なく着こなせるのは、男だった頃から潜入捜査などで女装をする機会があったからだ。女装で下着売り場に行って、バレないようにセクシーパンツを買ってくる、というのは監察方恒例、新人苛めの名物メニューのひとつだ。それがこんな形で役立つというのも皮肉な話だが。

「着付けに使う小物は、近藤さんが適当に見繕って、買ってくれてんですがね」

沖田がそう言って、小さな縮緬の巾着袋を無造作に引っくり返した。中からザラザラと落ちてくる飾り玉や帯留めを見て、山崎は深いため息を吐いた。さすが幹部クラスは格が違う。自分のような薄給では、おいそれとは手がでない高級品ばかりではないか。いや、土方とて副長である。トッシーがDVDやアニメグッズで豪快に浪費したとはいえ、決して貧しくはない筈なのだが、山崎相手にこれだけ貢いではくれない、という方が正確か。

「いいなぁ、沖田さん」

「本当は、これだけじゃなくて、ねーちゃんの形見のもいくつかあるんだけど、それは別にしまってあってよォ」

何故、と尋ねかけて、山崎も思い当たった。
沖田の亡き姉、ミツバは土方の想い人だったのだ。どうせなら使ってあげた方が、ミツバ本人も喜ぶかもしれないが、余計なことを思い出させて厄介になる場合もあるだろう。

「そうですか。それ、大切にしまっておいてあげてくださいね」

複雑な思いも一緒にしまい込むつもりで山崎はそう呟くと、一転明るい声を作って「じゃあ、まずは着物を羽織って、ですね。衿を持って前にやって……そうそう、背中で合わせてから、上前の幅を決めましょうか」と説明し始めた。




「そういえば、一番隊のノルマと大掃除はどうなってるんですか?」

着つけの練習を繰り返している沖田はいかにも楽しげだが、これでも真選組の切り込み隊主力の幹部の筈なのだ。一番隊がサボりまくっていては、他の部署への示しがつかないだろうにと心配にもなるが、そんなことを気にしているようにはまったく見えない。
そんな山崎の素朴な疑問に、沖田はいかにもつまらなそうな口調で「ノルマは神山、掃除は隈無」と答えた。

隈無清蔵といえば、ガサツな野郎所帯の真選組では珍しい潔癖症の男である。いや、汚染恐怖・洗浄強迫の強迫神経症と表現した方が正確かもしれない。この男の額のホクロビームはチリひとつ見逃さず、その手にしたモップからはタマ菌一匹逃げられない。ちなみに全てが旧式の屯所において、厠の手洗いの蛇口をセンサー式にするよう進言し『厠革命』を実現した功労者でもある。
なるほど、彼に大掃除を命じておけば、そこにはチン毛一本残されていないに違いない。

もう一人の神山は、多少オツムは足りないが、沖田に心底惚れ込んでいる体育会系の男で、沖田のためなら例え屁の中ケツの中、尻毛を掻き分けてでも、その命令を完遂しようと尽力するだろう。沖田が近藤に嫁ぐと聞いて、一時は失恋の痛手にイボ痔が悪化したようだが、今は敬愛する姫様を護る騎士たらんと魔法の力を得るべく、童貞を生涯貫く決意をしたのだとか。
確かに、この神山の熱意とミラクルパワーさえあれば、ノルマ達成のために業績の水増しぐらい軽々やってのけることができよう……って、駄目じゃん、それ、全然駄目じゃん。それを聞いた山崎は頭を抱えたくなるが、沖田は「俺らの仕事は江戸の平和を守ることだ。お上にあげる数字だけ、適当に合わせときゃいい」などと言って、ケロリとしていた。

「それじゃ、副長が怒ると思うんですけど」

「ノルマ未達ってことは、そんだけ江戸が平和ってことじゃねぇか。何の問題があるんでイ。それともあのド畜生は、そんだけ江戸の治安が乱れていた方がいいとでも?」

「いや、そういう意味じゃないとは思うんですが」

「旅行に行けって言ったのは土方さんでさァ。こっちは一応、数字を合わせて協力してやってんだ。不満なら、土方さんが代わりに切符を切りにいけばいい」

「それだと、俺が一人侘び寝する羽目になるんですが」

「そうならねぇように、この数字で満足しておとなしく仕事納めするよう、オメェからもよっく諭しときな」

どこか論点がおかしいのだが、いくら山崎がツッコんでも巧みに言い負かされる。これは正面切って説き伏せようとするだけ無駄だと諦めて、山崎は「ずるいですよね。監察方なんて俺ひとりで頑張ってて、誰も認めちゃくれないってのに」と、ため息を吐きながら、沖田が散らかした帯だの紐だのを片付け始める。

「なんでぇ、地味がトレードマークのくせに、自己アピールけぇ」

「そうじゃなくて、仕事熱心で忠実な部下がいて、いいなぁって。うちんとこなんて、誰も俺のいうことなんか聞かないし、仕事もしないで猫の世話に明け暮れてて」

「そりゃそうだろ。あいつらそれぞれ、土方さんの直属だろイ。別にオメェの部下なわけでもねぇのに、なんでオメェの言うこと聞かなくちゃいけねぇんだ?」

「でも、だって」

沖田は、山崎が何故不満なのか理解できないのか、しばしキョトンとしていたが、やがて思いついたように「そうだ、神山貸してやらぁ」と言い出した。

「へ? なんですか、その『そうだ、京都に行こう』的なのは」

「オメェのことを、俺だと思って尽くせって、よぉく言い聞かせておくから、好きなだけコキ使いなせぇ。ちっと言動が暑苦しいが、間違っても手は出してこねぇし、あのガタイだから荷物持ちにはなるし、あの六角事件を生き抜いたぐれぇだから、剣もそこそこできてボディガードにもなるし、何かと『メモしときます』が口癖だから防備禄代わりになるし、ケツの穴を傘立てにも使えるし、無人島に流されたときにはあの分厚い眼鏡のレンズと太陽光で、火を起こせるぜ」

「いや、無人島に流される予定はないけど」

「何かってときに、火が点けられねぇと困るだろ」

「どんなとき? 別に俺、煙草も吸わないし」

「その、土方さんが吸うかもしれねぇだろ」

「まぁ、確かに。でも、それだったらフツーに百円ライター持ち歩きますよ。なにも、神山さんじゃなくても」

「いや、是非、持っていってくだせぇ。あんなヤツだが、何かと便利だぜ」

「あ。もしかして、厄介払いしようとしてません? 新婚旅行に、荷物持ちの従者として付いていくって言い出してるとか」

「バレたか」

沖田が肩をすくめながら、愛らしい舌をぺろりと出す。
だが、思いついたアイデアを破棄する気はないらしく、山崎の目の前で内線電話を取り上げると「神山ァ、ちぃと頼みたいことがあるから、一番隊隊長室に来い。そうだ、今すぐ」と横柄な口調で命じた。
 
 

 
「どうせなら隈無を借りて、資料室の掃除を手伝って貰えば良かったのかもしれない」と気付いたのは、暑苦しいお供を連れて、一番隊隊長室を出た直後だ。
でもまぁ、どうせ資料室で苦しんでるのは俺じゃなくて尾形なんだし、別にいいかと、サラッと考え直した辺り、言うことを聞く聞かないの問題は、お互い様なのかもしれない。

「そうだなぁ。とりあえず俺、お節料理の買い出しに行きたいんだけど、ホントに荷物持ちとかしてもらっていいのかな」

「イエッサー! 自分、沖田隊長に、ミミズ殿の命令は沖田隊長の命令だと思うように、命じられました!」

「え、なにそれ。ミミズって誰それ、もしかしてミミズ殿って俺? なんでミミズ?」

「ミミズ千本と聞いております、サー!」

「いやいや、そうじゃないから、俺、山崎だから、ヤ、マ、ザ、キ」

「イエッサー! メモしておくであります。『ミミズ千本といえば、山崎殿である』と!」

「ばっ……ちげーよっ!」

ちょうど大部屋横を通過する頃であったので、障子向こうでドッと笑い声が起こった。むろん、神山と山崎の漫才もどきのやりとりが聞こえてしまったからに違いない。
どうすんのこれ、悪評を払うためにお節料理作るつもりが、逆効果だよ? だが、神山は平然と「ミミズ千本の山崎殿を沖田隊長とも思って、自分、いつでもこの童貞を捧げる覚悟であります!」と、大きな声で元気よく叫んだのであった。


初出:2009年12月31日
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