Nicotiana【19】


「山崎、起きてるのか」」

寝付けずに寝返りを繰り返しているのに気が付いたのか、ふすまの向こうから土方の声がした。

「あ、はい。どうなさいました?」

その声に素早く布団を抜け出し、ふすまを開く。

「どうしたはテメェだろ。眠れねぇのか」

「いよいよ撮影が明日だと思うと、何か興奮しちゃって。子供みたいですよね。土方さんもお休みになってなかったんですか?」

その問いに答えることなく、布団の上に胡坐をかいて、土方は煙草を燻らせている。山崎はするするとその傍らに寄って、腰を落とした。
男であった頃よりも心持ち小さい身体で、山崎が土方の顔を見上げてくる。 自然と見下ろす形になった土方の視線が、その寝間着の合わせから覗く白い胸元に落ちる。

「そういや傷、なくなってたな」

「傷? ああ」

突然の問いに聞き返した山崎だったが、すぐにそれが何かを理解して、自分の胸の下辺りをそっと押さえる。伊東の反乱の時に、河上万斎に刺されて背まで貫通した傷が、そこにはあった筈だ。

「あの薬を使うと、変化のついでに後天的な傷は消えるみたいなんです。傷モノの女は価値が下がるからでしょうかね」

男であった自分の身体にあった無数の傷。 それこそ生死をさ迷うほどの大怪我もあったのに、女になった途端に、その全てが嘘のように消え失せていた。

「吉村が薬を届けてくれたら、元の傷まみれに戻っちゃうんでしょうけど。仮そめの姿でもいい、土方さんにきれいな自分の身体を見てもらえただけでも良かったって、本当思ってます」

「山崎」

「だって、傷だらけの女なんて」

それには答えず、土方の手が山崎の帯へと伸ばされた。 はらりと解けた帯が、畳の上に落ちる。

「ほら、ね。でもあの傷、俺は名誉の負傷って思ってますから、あってもよかったかな」

あの傷は、俺が最後まであなたを信じ、あなたのために命を懸けたという証だから。するりと寝間着を肩から滑り落とし、土方の手を取ってその傷があった場所に触れさせる。

「この身体になってまで、んなもンあってたまるかよ」

僅かな違和感もないことを確かめるように、肌の上を滑る土方の指の感触に、山崎はくすぐったそうに首をすくめる。

「だから安心してください。土方さん曰くの『茶番』も、明日でお終いですから」

「はっ、それ以上は、付き合いきれるか」
 
鼻で笑い、改めて山崎の体に視線を落とす。
女になってからも何度も見ている筈の身体なのに、少女から女への変化を途中で止めてしまったようなその姿から目を離すことができずにいると「どうしました?」と怪訝そうに首をかしげて問いかけてくる。

「あんまりノッペラボーなのも、モノたりねーな」

素直にその体に目を奪われていたと言うこともできずにそう答えると、山崎が苦笑する。

「物足りないのなら、お気に召すように印をつけてください」

膝立ちになり、己の胸元へと土方の頭を抱き寄せる。
ふわりと甘い体臭が立ちのぼった。 その匂いにハッとして身体を引こうとするが、動けない。

「できれば、あの傷と同じ場所に。俺があなたのものであるという印を。仮初めの体でも、あなたを忘れずにいられるように」

今すぐにでも文机の中にしまってある印籠を取り出して、その中身を強引にでも飲ませてしまえば、今この瞬間の『茶番』も、終わらせることができる。 なのに何故、自分はそれを言い出すことが出来ないのだろうか、と自問自答してずっと寝付けずにいた。また今もそれを問うが、答えは浮かんでこない。
脳の奥が微かに痺れて、考えがうまくまとまらず、手探りをするように 「てめぇは俺に、全てを差し出したんだろ」と、囁いていた。

「土方さん?」

「忘れたとは言わせねぇ。『俺という人間全てをあなたに差し出します。だから、触れることを許してください』とか歯の浮くようなこと抜かして、俺にちょっかいを出してきたんだっけな」

縁側の障子を開けて、空気を入れ替えないと正気が持たない、と意識の底では思っていたが、代わりに唇を突いて出たのは、そんな甘い言葉だった。頭の奥が白く霞む。
その異常に気付いているのか、いないのか、山崎は「覚えてくれてたんですね、土方さん」と、感極まった声を漏らした。確かに自分はそう言って、土方を口説き倒して居場所を手に入れた。 一歩間違えたら死に繋がる任務も、生きてそこに戻るのだという思いの下で、乗り越えてきたのだから。

「そう簡単に忘れられっかよ。飼い犬に手を噛まれたようなもんだからな」

「そりゃ、まぁ。飼い犬としては、ご主人様に構っていただきた……痛っ!!」

言いかけた言葉が、突然のちくりとした痛みに遮られた。

「ここ、だったよな」

その言葉に目を落とすと、白い肌の中にぼつりと紅い痣が浮かんでいる。さらにそこにもう一度唇を押し付け、痣を歯で挟むようにして吸い上げればそれは更に紅く色づいていく。 小さく漏れる山崎の声を聞きながら、土方はそれを幾度も繰り返した。

「これで、同じ大きさになったか?」

その言葉に視線を落とせば、なだらかな胸乳の下に、牡丹の花弁を落としたような痣が生まれていた。

「土方さん」

嬉しそうに微笑んだ山崎は、土方の頭を抱いていた手をゆっくりとその襟元へと滑り込ませ、そのまま掻き分けるように肩から着物を落としていこうとする。

「何してやがる、バカ」

「着物越しじゃないあなたの体温を感じたいから、ってのは、ダメですか?」

痣の上を舌でなぞられて、ぴくりと山崎の体が震えた。
もう、勝手にしろ。土方の中で何かがふっつりと切れた。いくらクスリの影響だとしても、相手もそれを望んでいるのに、何を耐えることがある?

「じれってぇことしてんじゃねぇ、ってんだよ」

その手を払いのけた土方は諸肌脱ぎになり、山崎を抱き寄せた勢いのまま布団へと倒れ込んだ。

「あ、胸元から上は痕つけちゃ駄目です」
 
首筋に吸い付かれかけたのを慌てて制止すると、ちっと舌打ちが聞こえてくる。

「誘っといてそれか、テメェ」

「だって、それはそれで嬉しいけど」

「つけろと言ったり、つけるなといったり。まったく面倒くせぇ奴だな、オイ」

「だって、見えちゃう」

「所有印が欲しいんだろ? てめーが誰のもんか、見せ付けてやりゃいいじゃねぇか」

その言葉にはっとして顔を上げると、自分を見下ろす土方の視線とぶつかる。

「俺は」

「聞いてやるぜ? 誰のモンだ?}

「俺は、土方さんのものです。髪の毛一筋から魂の一片に至るまで、全部」

理由もなく涙が込み上げてくるのを感じ、そっと視線を外す。

「分かってんならいいだろ? それと、オメェも明日は『土方』になるんだろ? そういう時は何て言うんだ」

「………とう…しろ…う…さん」

躊躇いがちにそう呼ぶと「いい子だ。さがる」と、子供にするように頭を撫でられる。下の名を呼ばれるのは初めてではないけれど、何故か不意に胸が詰まって、知らず知らずのうちに目の前が潤んでくる。

「何泣いてやがんだ、おかしな奴だな」

「このカラダになって初めてそう呼んでくれた」

「そんなに嬉しいもんか」

「だって、下の名前でなんて、呼んでくれないじゃないですか」

ぐしぐしと潤んだ目をこすっていると手を掴まれる。

「明日、ウサギみてぇな目になっちまうと、みっともねぇぞ」

苦笑しながらの呟きとともに、目尻から流れ落ちそうになっていた雫を舐め取られて、その手を押さえ込まれた。見えるところにはつけるなと言われたためか、首筋には啄むような口付けを落とし、代わりにぷくりと立ち上がった胸の飾りを舌先で弄ぶ。軽く歯を立てられた痛みがじわりと残るところを舐めあげられ、ぴくりと身体が跳ね上がる。

「またテメェ、こんなん履いてやがんのか」

下腹部を被っていた白いレースの小さな下着を目にした土方は、思わずまた呟きを漏らす。

「明日一日だけでも花嫁にしてもらえるなら、気分だけでもって」

「なぁにが花嫁だ。さんざっぱらヤってんのに、今更何を言ってるんだ」

呆れながらも、脇腹から足の付け根へと撫で下ろした指で、布越しに亀裂をなぞる。

「だって」

「どうせ脱いじまえば変わんねぇだろ、それとも」

一度言葉を切ると、耳元に唇を近づけて「脱がされねぇまま、ぶち込まれてぇのか?」と、囁く。

「あ」

身体の深いところまで響いたその声に、奥の方が脈打ったような気がして「やだ、ちゃんと……」と訴えた山崎が自分から手を伸ばすのを見て、クックッと喉の奥で笑いなから、それに指をかけて引き降ろす。ふっくらした臀部が露わになった。

「ちゃんと? どうして欲しいって?」

問いかけられるその言葉だけでも体が熱くなっていくのに耐えられず、山崎は慎ましさも羞恥心などかなぐり捨てて、土方の手を取ると、自分の熱の源へと導いた。くちゅり、と濡れた音とともに蜜を滴らせる泉に土方の指が触れる。

「ここを、あなたで、満たしてください」

土方の口元が笑いの形に吊り上る。その指を軽く蠢かすと、溢れ出してきたものが掌まで伝い落ちてきた。

「こんだけドロドロに蕩けてたら、馴らす手間もいらねぇな」

山崎の両膝に手を乗せてその脚を押し広げながら、その入り口に己のモノを押しつけて体重を乗せると、軽い抵抗の後に、先端が埋まり込む。切り裂かれていく痛みと熱、接触部がたてる水音だけで震えるような感覚が全身に広がっていく。鼻にかかった声を上げる山崎の口元に、掌が押し当てられる。

「痛いんなら、やめるか?」

かぶりを振って、離れまいとするように脚を振り上げた。まだ足首に引っ掛かったままだった小さなパンティが蹴り飛ばされて、両腿が蛇のように土方の腰に巻き付く。
土方が、その拘束を嫌って腰を揺すりあげると、掌では押さえ切れない小さな悲鳴が漏れた。

「黙れ。そんな声聞かされたら、煽られまうだろ」

手の代わりに唇でその口を塞ぎ、舌で口を犯すように舐め回しながら、何度も最奥を突き破らんがばかりに突き上げる。重なり合った唇の間から、流れ落ちた唾液が山崎の首筋を伝って流れ落ち、縋りついた土方の肩口には爪が食い込み、赤い痕を残していく。
繋げられた部分から聞こえてくるえげつない水音と肉のぶつかりあう音、土方の吐息や口元に押し当てた布の下から漏れる自分の声、そして何よりも身体の中に広がっていく痺れる様な熱と、言葉に出来ないその感触。どれほどこの身体に感じたら満足できるのか、欲しい欲しい…もっと欲しい。
自分の身体を変えたクスリがもたらす効果だけじゃない、そんなもの関係なしに、全部欲しい。

「や…ぁっ…離さないで……ぇっ」

不意に土方が身体を離そうとしたが、離すまいと力が抜けかけた足をその腰に必死に絡め、首筋にかきつく。

「ばかっ、てめぇっ離せって、オイッ」

締め付けてくる内壁のわななきにも煽られ、その衝動を歯を食いしばって耐えようとしていたが、やがてチッと舌打ちする。

「どうなったって、しらねぇぞ」

その頭を抱え込み、思い切り突き上げるのと同時に、猛りを一気にぶちまけた。
しばしの間、ボタボタと汗が流れ落ちるのを拭うのも忘れて、唖然と腕の中の山崎を見下ろしていると、その山崎の唇が『…十四郎さん…』と動き、恍惚と笑みを象る。

「くっそ。やっちまった」

虚脱感と共に、冷静な思考が戻ってくるのが、男性生理というものだ。
恐る恐る腰を引くと、大量に放ってしまったものが、入口からとろりと溢れ出てきた。だから嫌だったんだ、と舌打ちして、桜紙の箱を引き寄せようとした時、肩に縋りついたままの山崎の手がぱたり、と落ちた。
そしてそのままその手を自分の下腹部へと伸ばし、溢れ出たものを指で掬い取り、白い液体が絡みついた指を口元に持ってくるとトロリとした目のまま、それを舐め取る。

「十四郎さんの……うれし……」

「拭いてやるから大人しくしてろ。って、汚ねぇって、バカ」

予想外のことに唖然としていたが、その手を拭き取ってやった後に、また新たに桜紙を掴むと山崎の下肢に触れる。

「大丈夫………あ…んっ」

今だ敏感なままの場所を拭われて、びくびくと感電するように反応する女体を見下ろし、桜紙を巻いた指を押し込むようにして、中まで拭う。その腕に触れていた山崎の指先に、ぎゅっと力がこもった。

「やっ…なんかくる…ぅっ」

「なんだ、後始末でイきそうなのか? いいぜ、出せ出せ」

その貪欲さに呆れながらも、さらにぐりぐりと中をくじりながら親指で花芯も刺激してやれば、びくりと身体を震わせた後、くたりと脱力して今度こそ、その手も力なく落ちる。
やっと大人しくなったことに安堵して、煙草盆を引っ張り出した。


何やってんだ、俺。


どうせ添い遂げる気がないのなら、いっそ薄っぺらで中途半端な情けなんか、かけてやらなければいいのに。自己嫌悪にニコチンが深く染み込んでくる。そういえば先ほどまで無我夢中で気付かなかったが、外に野良猫でもいるらしい。その嬰児に似た声が、余計に土方の神経を逆撫でした。
煙草を半分くらいまで吸ったところで、煙草の味にすら神経がささくれてくるのを感じて、揉み消した。煙草盆を押しやって身体を横たえると、胸元に山崎が擦り寄ってくる。子供にするように頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を閉じていたが、しばらくしてぽつりと呟く。

「このまま、朝にならなきゃいいのに」

「なんだ、起きてたのか」

先ほどの自己嫌悪の裏返しで、つい土方はぶっきらぼうな口調になる。悪いのはコイツではなく、堪え性が足りなかった自分自身だというのに。

「あなたの気配を感じたから」

「ふん。で? 嫌になったんなら、それでいいぞ」

「違います。ずーっとこの日が来るのを待ってて。今日で終わりだと思うと、寂しいなって」

そう、写真を撮るという約束を果たせばこの茶番も終わる。いや、吉村が持ってきた薬を飲ませてしまえば今すぐにだって全て終わらせることが出来るのに、何故だかその言葉が出てこない。その理由を考えようにも、猫の声がうるさくて思考がまとまらなかった。

「ごちゃごちゃ言ってねぇで寝ろ。厚塗りがさらに分厚くなるぞ」

汗が引いてひんやりとしてきた体が冷えないよう、山崎の肩口まで布団を引き上げてやる。

「あい」

もそもそと身体を動かして密着する位置を見つけたのか、暫くすると寝息が聞こえてくる。
口元に笑みすら浮かべたその無防備な寝顔を見下ろしながら、今一度土方は自問自答していたが、やがて深い溜息をついた。どうせ明日でなにもかも終わりだ。考えても無駄だと己に言い聞かせて、土方も目を閉じる。





朝陽を頬に感じた。
その心地よさに薄くまぶたを開き、なにげなく枕元の携帯電話を開いて見れば、表示パネルには明けの五ツ(午前8時)過ぎと表示されている。通常ならば出勤時間だ。山崎は「げぇえええっ!」と奇声を発して跳ね起きると、隣では土方がいつもの着流し姿であぐらをかいて、中庭なんぞを眺めながら煙草を吹かしていた。

「まだ寝ておけ」

「だって」

あんなに楽しみにしていた撮影の当日、昨夜は気が高ぶって眠れないほどだったのに、こんなに豪快に寝過ごしてしまうなんて、男山崎一生の不覚。いや、女だけど。

「早起きしようと思ってたのに。忘れものがあったら困るから」

「忘れものっていっても、和装の白足袋に、テメェは肌着を着ておくぐれぇだろ。それ以外は、何もかも向こうで準備してくれるってハナシだったろうが。一体、何を忘れるってんだ」

「ハンカチ、ちり紙と煙草にマヨネーズと……あと、小道具にラケット?」

「んなもの忘れても死なねぇ。つか、この期に及んでミントンすんのか、ミントン」

「だって」

ふと気付けば、山崎はパンツ一丁姿だ。
どうやら、昨夜裸に剥いた後で、せめてパンツぐらいはと履かせてみたものの、そこから先は面倒になって放置されていたらしい。しかもよく見ればそのパンツも表裏になっている。

「ちょ、ちゃんとリボン見ておいてくださいよ。これ、一応、表裏と前後ろが分かるようにって、付いてるんですよ」

「そうなのか。初耳だ」

「いや、多分ですけど」

「適当なことを言うな」

パンツを脱いで裏返して正しく履き直し、今日着るつもりで昨夜、枕元に準備していたスポーティなブラジャーだのキャミソールだのを着込んでいく。

「そういえば、昨夜、やたら猫が鳴いてたな。サカリがつく季節だったっけか」

「へ?」

山崎はまったく記憶に無い。聴力には多少の自信があるつもりなのに。服を着込んでから、土方の隣にすり寄って同じ方向を見やる。

「ま、昨日はどこぞの馬鹿犬もサカってたしな」

サカるもなにも、それはお互い様でしょうと切り返したかったが、何やら中庭を横切って植え込みに隠れたような気がしたので、それを飲み込む。目をこらしたものの見失ったようで、それが野良猫だったのかイタチか何かだったのか、判然としなかった。
もっとよく見てみようと、山崎は縁側に近寄ってギョッとする。猫か何かの爪跡が、障子のすぐ際まで幾筋も付いていたのだ。だが、そこまで近寄っていながら、障子に触れた気配が無い。
訝しみながら見上げた欄間に、古びた紙切れが一枚貼られているのに気付いた。

「土方さん、あれは? お札?」

「ん? 知らねぇ。トッシーが萌え神社の美少女ステッカーか何か、貼ったんじゃねぇのか?」

「そんなんじゃないですよ、あれ」

山崎に促されて、土方は面倒臭そうにそれを見上げる。やがて「ああ」と小さな声が漏れた。

「いつだったか、芦屋が貼ってくれたヤツじゃなかったかな。俺ァ、さんざっぱら人斬ってて、祟る怨霊も定員オーバーだから、こんなもん気休めだと思うんだが……アイツ、霊感が強いとかなんとかで」

そういえば沖田に連れられて、篠原の怨念たっぷりの書付けをこの部屋に持ち込んだ時も、ここが最も「怨霊発動」しそうな場所でありながら、何故か何も起こらなかった。幽霊など存在しないと言ってしまえばそれまでだが、もしかしたらこのお札のおかげだったのかもしれない。

「ま、確かに薄汚いしな。そんなに気になるなら、剥がしておくか?」

土方がそう言って、欄間に手を伸ばしたので、慌ててその袖に飛びついて「いえいえいえいえいえ、是非とも貼っておいてください、何卒貼っておいてください、お願いしますっ、絶対に剥がさないでくださいっ!!!!!!」と引き止める。

「他の男が貼ったのんだが、それでもいいのか?」

「誰でもいいんですっ!」

「訳わかんねぇ。ともかく見苦しいから剥がすぞ?」

「いやぁあああああ!」

喚いて揉みあいになっていると、沖田がひょっこりと顔を出した。

「アンタら何してんですかイ。まさか今日が何の日か忘れたなんて言わせやしませんぜ? 早く支度してくだせイ。皆、車で待ってまさァ」




初出:09年11月05日
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