あのソフトキャンディはママの味っていうけど別に人肉が入ってるわけじゃない。そういえばジンギスカンキャラメルにもラム肉は入っていない【1】
新年が明けて、まだお屠蘇気分も抜けない頃のある日のこと。
近藤が戦艦松平のブリッジを訪ねると、幼い男の子が冷たい床にぺったりと所在なさげに座っていた。艦内スタッフの誰ひとり、その子に目をとめることもなく、忙しく立ち働いている。皆があまりに華麗にスルーしているせいで、近藤はその子が幽霊か座敷童か……あるいは交通事故実験のダミー人形かそれに類いしたものかと、己の目を疑ったほどだ。
「どうした、ボウズ」
近藤がその正面に腰を下ろすと、男の子は近藤の巨躯に気圧されたように身をすくめたが、ニカッと笑みを浮かべて頭を撫でてやると、釣られたようにぎこちない笑いを返してきた。
「んだ、近藤。オメェ、ショタか」
士官から形式ばった報告をタラタラと受けていた松平片栗虎が、近藤の声を聞き付けて振り向いた。続きは報告書を読めば分かるからと、士官を片手で払って追い返し、ずかずかと歩み寄る。
「とっつぁん、ショタかって、そーいう物議を醸す言い方わざわざしねぇでくださいよ。どうしたんすか、この子」
近藤は手にしていた始末書の束をどさりと松平公に渡すと、空いた手で男の子を抱き上げ、軽々と肩に乗せた。
「おいおい、これについての説明は無しかよ」
「どうせ読めば分かるんでしょ? ウチの機密が漏れてる可能性があるっていっても、見廻り組がそう指摘したってだけで、内部調査では誰が漏らしてるかまでは結局分からずじまいだし、第一、この報告書を書いたのは俺じゃねぇから、詳しいことを説明っていってもロクすっぽ……で、この子、とっつぁんの隠し子っすか?」
「おめーなぁ。ああ、オジサンの隠し子とかそーいうんじゃないからね。そんなの居たらかーちゃんに怒られるからね。とりあえず、事情があるガキなんだが、引き取り手に困っていてよ。近藤、オメェんとこ子供デキねぇんだろ。お年玉代わりに、どうだ一匹」
「どうだ一匹って、犬猫じゃねぇんすから」
そう言いつつも、引き取り手が居ないのならと気持ちが動いているのは、近藤が元々子供好きの上に、娘の居る土方が羨ましかったという理由もある。
「とっつぁん、ちっと待ってください。嫁さんに聞いてみます」
「は? 近藤、おめぇ本気でコレ引き取る気か」
「あれ、冗談だったんすか?」
「いや、助かるけどね。オジサン助かっちゃうけどね。でもだからって、そんなアッサリいいのかよ。いや、オジサン決して口先で言ったんじゃなくて、ホントに引き取ってくれたらいーなー的に思ってたから、有り難いんだけどね。すっげ有り難いんだどけさ、オジサンの心の準備というか、この子の心の準備がさ」
ゴチャゴチャ言っている松平公を尻目に、近藤はいそいそと携帯電話を取り出して、短縮ダイヤルで総悟に架ける。
「総悟、おめぇ、子供欲しくねぇか」
「欲しいか欲しくねぇかと言われりゃ、そりゃあ、欲しいですがねイ。でも俺ァ産めない身体だって、医者が」
「じゃあ、今日連れて帰るわ」
「はぁ!?」
「今日は赤飯でも炊いてくれ。いや、子供の好きそうなモンの方がいいのかな。ハンバーグとか、好きか? そうか。じゃあカレーライスは好きか? よしよし。じゃあ、ハンバーグとカレーライスと、あとは……そうだなぁ、でっかいケーキでも用意して待っててくれや」
「ちょっ、近藤さんっ、アンタ今日、とっつぁんのところに叱られに行ってくるって言ってやしたよね? それがなんで子供? 俺ァ、まったくハナシが見えないんすけどぉおおおおお!?」
「とりあえず、今日は早く帰るからよ」
通話を切ると、肩の上にいた男の子もキョトンとしていた。
「良かった。今日はハンバーグとカレーライスだぞ。ええと、名前は……」
「ねおあーむすとろんぐさいくろんじぇとあーむすとろんぐじゅにあ」
「は?」
「ねおあーむすとろんぐさいくろんじぇとあーむすとろんぐじゅにあ」
「ああ。預かった時に名前がなかったから、オジサンが適当につけたんだよ」
いやアンタ、適当にも程があるでしょうと、さすがに呆れた。
昨今では、奇名や難訓名を好んで我が子につける『痛い』親が増えていると聞くが、そういう可愛いレベルを光の速さで超越している。オヤジのネーミングセンスと、オカンの菓子を買うセンスはどうして、こう。
「後でもっといい名前つけてやるから、とりあえずは名無しの権兵衛だな」
近藤がそう男の子に言い聞かせると、松平公は「えー? オジサンは良い名前だと思うんだけどなぁ。だって強そうだろ。なげぇ戦争に終止符を打って、国を開国しちゃった兵器にちなんでるんだぜ?」などと、真顔でボヤいていた。
ハンバーグとカレーライスを用意しておけと言われたものの、どう用意したらいいのだろうか。それにいきなり『子供を連れて帰る』と言われても、果たしてどう対処したものか。
近藤ほどの立場で跡取りが居ないというのも具合が悪いので、いずれは養子を迎えなくてはいけないという話は、確かに以前からしていた。しかし、こんな早くその日が来るなんて。十月十日腹の中で育てていれば、母親としての自覚なども多少は出てくるのだろうが、いきなりハイ今日からと言われても困る。
こういう時は、自分と同じ境遇の相手に相談するのが一番いい。つまり、子供を産めない身体で、いきなり「ハイ今日から母親役やって」と言われた経験がある人物。幸い、その相手は非常に身近にいた。
一番隊隊長自室からひょいと廊下に首を出して、ちょうど通りがかったところを呼び止める。
「なぁなぁ、山崎ィ」
「はい、なんですか?」
洗濯物が山盛りの籠を抱えた山崎が、そこに居た。
「ちっと相談があんだけど、いいか?」
呼ばれて山崎が立ち止まると、アヒルの雛鳥よろしくちょこちょことついて歩いていた幼女が、その足にぽてんとぶつかった。指先でコイコイと隊長室に招き入れる。
「別に構いませんけど。どうされました? 珍しく深刻な顔して」
「いや、近藤さんから連絡あってよ。ガキ連れて帰って来るってんだ」
「は? 局長、どっかで仕込んでたんですか? 局長にそんな甲斐性あったんですか。びっくりですね」
びっくりですねと言いながら、山崎の発言が激しく棒読みな理由は「まぁ、あっても全然嬉しくない甲斐性ですけどね、どこぞの副長じゃあるまいし」という台詞の続きだ。
「土方コノヤローと一緒にすんじゃねぇよ。あんな手癖の悪い」
「手癖の悪いコノヤローで悪ぅござんした。それでも愛しい亭主ですから。で?」
山崎の垂れ目が吊り上がり気味になったのに気付き、沖田はあわてて「いやいや、そういうことを言いたかったんじゃなくてよ」と軌道修正をかけた。
「近藤さんがガキ連れて来るってことは、俺が母親ってことになるだろ?」
「まぁ、そうですねぇ。沖田さんは局長の奥方ですから、そういうことになりますねぇ」
「そんで、いきなり親になっちまうのもどーいうもんかと思ってよ。とりあえず、先達のご意見を伺いてぇ訳だ」
「確かに先達っちゃ先達ですが、俺とは多分、状況が違うでしょ。どっちにしろ局長はいずれ養子取んなきゃいけないって言ってたんだし。それでどんな子なんです?」
「分かんねぇ。あのゴリラ、何も言わなかったんでさぁ」
「血の繋がりがあるとか、無いとかも? それによって、感情移入の仕方が全然違うと思うけど」
「隠し子なんて作る甲斐性ないに決まってるから、血の繋がりは多分、無いと思うけど、実際のところは何とも。分かってるのは、今日の晩ご飯はハンバーグとカレーライス、食後にケーキってことだけでさぁ」
「なんですか、ソレ。よく、お二人で『どっかに子供、落っこちてねぇかな』とか言ってましたよね。ホントに拾っちゃったんでしょうかね。局長ならあり得そうですけど。ちょっと失礼」
山崎は唐突に、ばさっと畳の上に籠の中身をぶちまけた。自分の部屋で畳み作業をするつもりだったのだが、どうやら長話になりそうだと判断したのだ。監察としての通常業務と家事の両立を課せられている身の山崎は、のんびり世間話に興じていられるほどヒマじゃない。
洗濯物を所有者とカテゴリーで分別していると、小さな手が伸びてきた。もちろん、その手は沖田では無い。
「おてちだい」
「ありがとうね。はい、沖田さんの下着。また紛れ込んでる」
カラフルなレースに縁取られた布切れを拾い上げ、ただ物珍しそうに眺めているだけの沖田の胸元に放ると、手伝いを期待するのはハナから諦めて、畳みにかかる。日光を程よく浴びた衣類がほんのりと爽やかな匂いを放っているのは、なにも柔軟剤の匂いだけが影響しているのではないだろう。
「俺が言えることは『なってみなきゃ分かんない』『そのうちなんとかなる』ですよ。大体、急だろうとなんだろうと、そもそも『子育てなんて育児書通りにはいかない』って、どの育児書にも書いてあるし」
「はぁ、そんなもんですかイ」
「ええ、そんなもんらしいですよ。かといって、十月十日かけて人体培養したら立派な母親になれるかといえば、実際に原物見たら一概にはそう言えないような気もするし」
「まぁ、確かに、あのセンセじゃあな」
「でしょ? まして、沖田さんがそんな絵に書いたようなカワイイ奥さんとかヤサシイ母親やってるなんて想像したら。あぁ、なんか鳥肌立っちゃった」
「テメェ勝手なこと言いやがって、と言いてぇところだが、まぁ、事実ですねイ。俺だって最初は可愛いお嫁さんになるつもりだったんでやんすけどね、一応。でも近藤さんがそのままでいいって」
「ハイハイ」
デレデレと崩れかけた沖田の顔面目掛けて、再び出土したセクシーランジェリーを丸めて投げ付ける。
「そーこねーちゃ、あかちゃできたですか?」
その質問に、沖田は受け取ったパンツを丸めて懐に突っ込むと、ひなたと同じ目線の高さまで身を屈めて「俺が産むんじゃねぇけど、俺らの子供になってくれるってガキが来るんでさぁ。ひなちゃんも仲良くしてくれますかイ?」と答えてやった。
「あい! ひなのいちばんのてしたにしてあげましゅ!」
元気いっぱいの答えに、沖田だけでなく山崎も苦笑する。
「で、その子、男の子ですか?」
「だから、俺ァホントに何も聞いてねぇんだって。いつも跡取り跡取りって言ってっから、多分、男だとは思うんだが、こないだはひなちゃんを見て、娘も可愛いよなぁとか言ってたし。とにかく、ハンバーグとカレーライス、何とかしてくだせぇ」
つまり結局そういうことかと、山崎はガクッと肩を落とした。
結婚しただの式を挙げただのと大層なことを言っても、愛妻エプロン姿は所詮セクシーポーズだけ。沖田が台所で料理を作っている姿なんざ、ついぞ見たことがない。
「アンタんとこの子供でしょーがっ。最初からそれですか」
「だって食堂のおばちゃん、もう帰っちゃったから今からじゃ頼めねーし」
「誰かに頼むの前提ですか」
初っ端からこの調子では、今後も面倒ごとが自分に降り掛かってくる可能性は、かなり高い。あまりにもあっさりと見通せてしまった未来予想図に、山崎は深いため息をつくと立ち上がった。
「ひな、これお部屋に置いて来たら、ちょっとお散歩行こうか。総子ねーちゃんが、お菓子買ってくれるって」
「おかし? あいーいきましゅ」
「オイ。いつ、俺がそんなこと言ったよ?」
「ハンバーグとカレーライスの材料、買い出しに行かなくちゃでしょ? あと、これ運ぶのも手伝ってください。崩しちゃダメですよ」
畳まれたシャツの山がどさりと、問答無用で沖田の腕に押し付けられた。
『ねお(略)じゅにあ』を保護状況を詳細に記した書類が松平公のデスクにあるというので、それを受け取るべく、近藤は警視庁に立ち寄った。
「ボウズ、すぐに帰ってくるから待ってろよ」と言い置いて『ねお(略)じゅにあ』を公用車に残してきたので、できるだけ急いで戻ってやりたいと、近藤は松平公をせっつく。
「オイオイそんな慌てると、オジサン見つけられるものも見つけられないよぉ」
ゴソゴソと書類箱をかき回し、ようやくお目当ての緑色の封筒を引っ張り出して、中身をちらりと確認する。
「これがあのガキを見つけたときの状況と、今ンとこ分かってるコトの全部だ。ああ、複写だから返してくれなくてもいいぜ。資料の原本は正式にファイルしてある。というかよ、本気で引き取ろうってんか?」
「本気ッスよ。あのボウズには親がねぇ、俺らにはガキがねぇ。問題ねぇじゃねぇか」
受け取った封筒をひらひらと振り、近藤は言い切る。
その時、コンコンと扉がノックされた。
「失礼致します。伊東様がお越しです」
秘書の女性が告げた『伊東』という名前に、近藤はハッとして振り返る。
「失礼致します。翌来月の式典の計画書を持ってまいりました。おや、近藤殿もご一緒でしたか」
慇懃に一礼して入ってきた男性は、近藤の姿に気付くと、再び深々と頭を下げる。
「これはこれは伊東の兄上殿、ご無沙汰しております」
それは伊東鴨太郎の兄・鷹久であった。
眼鏡をかけていないのと、文官のために心持ち線が細いことを除けば、弟にそっくりだ。もっとも、一卵生双生児なのだから、当然といえば当然だろう。
「近くて遠いとは、本当にこのことですね。お互い登城しているのに顔を合わせることもなく」
にこやかな微笑を浮かべて近藤に挨拶すると、鷹久はあらためて松平公に向き直り、書類を差し出す。
「例の式典の進捗状況ですが、備品の件についてご相談が。近頃は材料高騰だとかで、多少予算に収まらない分がございます。質を下げてでも予算の枠内に抑えるか、多少予算をオーバーしてでも、昨年同様の物を揃えるか、ご裁断を頂きたく」
「おう、後で、書類の内容を確認し…」
「後で、では困ります。はっきりとした期日を切っていただきませんと。発注の支度等がございますので、明日の八つまでに」
松平公の言葉を、鷹久がピシャリと遮った。
ありし日の弟の鴨太郎よりは温和だという鷹久だが、こういうところは生っ粋のエリート肌の血筋なのか、口調に容赦は無い。多分『ありし日の弟の鴨太郎よりは』というのは単なる比較の表現なのだろう。
「わーかったわーった。でもよ、毎年のことなんだからよ、堅苦しいこと言わねぇで、おめぇらの裁量でテキトーに進めてくれてもいいじゃねぇか」
「ですが、決裁印はいただきませんと、最終的には何も進みません。明日の八つ、よろしいですね? それでは私はこれで」
颯爽と出て行こうとした鷹久を、近藤が屈託なく「兄上殿、兄上殿」と呼び止めた。
「もし伊東先生の所にお寄りになるのでしたら、下に車を待たせていますので、ご一緒にいかがですか?」
能面のように堅かった鷹久の表情が、近藤の邪気のない笑顔に引きずられるようにして弛んだ。この人柄が、武装警察という荒くれ者の集団を率いる近藤の器でもあるのだろう。
「そうだね。久しぶりに姪の顔も見たいし、甘えさせていただいてもよろしいかな?」
「どうぞどうぞ。じゃあ、とっつあん、貰ってくわ」
「お、かえりな、さい」
戻ってきた近藤を見て、たどたどしい口調で『ねお(略)じゅにあ』が言う。
「おーう。あとはウチに帰るだけだからな。ちっと降りてくれや、兄上殿を奥に座らせてやってくれ」
「おうち?」
「厳密にはウチじゃねぇけど。そうだなぁ、あぁ大家族みてぇなもんかな」
扉を開け放った後部座席に、近藤が大柄な上体を突っ込むようにして『ねお(略)じゅにあ』を抱きかかえて車から降ろすと、鷹久に奥に座るよう促す。
「近藤殿、その子供は?」
鷹久はそう尋ねながら、尻をシートに乗せた。続いて両足を揃えるようにして、流れるような仕草で身体全体を奥へと滑り込ませる。さすがセレブはこんな所作ひとつにしてもお上品なのかと、近藤は素直に感心しながら、抱いたままの子供を鷹久の隣へと押し込む。
「いやね、今日から俺んとこの子供になるんですよ。とっつあんが引き取り手を探してるってからよ。トシんとこ見てたら、やっぱりウチも欲しいなと思ってたんすけど、子宝に恵まれなくって。そしたらちょうど、とっつあんが話をくれたんで」
説明しながら、ゴリラのようにもそもそと『ねお(略)じゅにあ』を挟むような形に座る。内側から扉を閉め、顎を軽く上げると、運転席の隊士がそれを発進の合図と察した。
「なるほど。しかし、失礼ですが、養子というものは、普通はこう何かしらの準備や支度をしてから迎えるものではないのですか?」
「そりゃまぁ、伊東殿のような格式の高い家柄ならばそうかもしれませんが、俺らはそんなもの気にしたりはしねぇし。それに事情を聞いちまったら、尚更に何とかしてやりたくなっちまってよ。このボウズを保護した時の状況がこれに書いてあるンですがね」
先ほど松平公から貰った封筒を、子供の頭越しに鷹久に差し出す。
「これを私が見ても問題はありませんか?」
「どこかでべらべらと触れ回ったりしねぇでしょ、アンタは」
「まぁ、確かにそれぐらいは弁えていますが。それでは拝見いたします」
しばしその書類に目を落としていた鷹久だが、やがて顔を上げると『ねお(略)じゅにあ』の頭に手を置いた。
「なるほど。そういうことならば、引き取り手が必要なのも分かります」
「だろ? オマケに自分の名前も何もかもまるっと忘れちまってるときたら、ちょうどいいって言っちまうのもなんだけどよ、皆揃ってゼロから家族になれる気がして」
自分のことを話されていると理解したのか、きょとんとした顔で『ねお(略)じゅにあ』は近藤の顔を見上げる。
「帰ったらボウズの名前もつけてやらねぇとな」
「なまえ、ねおあーむすとろんぐさいくろんじぇっとあーむすとろんぐじゅにあ」
「だから、それじゃ長すぎるだろ、もっと短くて格好いい名前つけてやるよ。伊東殿、なにかいい名前はありませんかね」
「おやおや、名前を付けるのは親の一番最初の仕事なのに」
「俺ぁ、学がねぇからよ、ここは是非アドバイスを」
「やはり親の名前から一文字取ってつけるというのが、一番オーソドックスではないでしょうかね。近藤殿は『勲』ですから、読みを変えて『くん』……ですから「くんぺい」とか。奥方様は『総子』殿でしたね? そちらから一字頂くなら『そうすけ』や『そういちろう』などがありますね」
それでもスラスラと名前を挙げてみせる。
「どれもなかなかいいですな。嫁さんに決めてもらいます」
「でも、私の案はあくまでも参考程度で、ご夫婦できちんと考えるべきですよ」
鷹久が控えめな笑みを浮かべながら、近藤に封筒を返す。子供はその年齢には相応しくない行儀の良さで、おとなしく座って前を向いていた。近藤が「ほら、ここがおうちだぞ」と不意に太い指で前方を指さす。そこには、大きな門がそびえ立ち、墨痕鮮やかに『特別警察 真選組屯所』と書かれた大きな木札がかかっていた。
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