Nicotiana【18】
武士に二言は無いとは言うが。
こんな時ばかりは『すんません、実は自分、武家筋でなく、豪農の生まれでした。ヤットウは手慰みで』などと言って、放り出したくなる。
いくら山崎のいじらしさにほだされてしまったとはいえ、結婚衣装の化装で『ほとがら』撮影とは、我ながら粋狂にも程がある……山崎が置いていったカタログをかき集め、くずかごに突っ込んで溜め息を吐いていると、障子の向こうから「吉村です」と声をかけられた。
「入れ」
「失礼します」
そう言って障子を開けたものの、室内に上がり込んで来なかったのは、忍び装束が泥と返り血らしき汚れでどろどろだったからだろう。
確かに、よく見れば、吉村は潜伏先から直接駆け付けたのか、無精髭が伸び放題で、髪は脂でべったりと濡れており、首にも露骨に垢が浮いている。日頃は小綺麗にしている優男なだけに、その落差は際立っていた。これがいつもの状態の山崎なら、荒事になる前にうまくちょろまかして来れるのだろう、そこがアイツの抜きん出たところなのだが。
「取り急ぎ、これだけお渡ししようと思って」
そう言うと、懐から印篭を取り出して差し出す。手のひらに納まる小さな小物入れで、本来は印鑑を入れるものを印籠、薬を入れるものを薬篭と呼び分けたそうだが、今はどちらも『印籠』と呼ばれている……土方はそれを受けとると、中身を検分もせずに、着流しのたもとに突っ込んだ。
こいつのこういう仕事は信頼できる。中に入ってたのが、実はちょっとした手違いでガム……などというボケをかましてくれる心配はない。
「ご苦労。ところで、これを作ってたという連中は春雨の一味か? それとも回鍋肉?」
「いえ、また別の派閥だそうです」
「ほーう。上の連中とか、あるいは攘夷志士のような、厄介な連中とのつながりは」
「まだ薄いようです。地球の暴力団などの犯罪組織とも目下、強い人脈が得られず、販売ルートが確保できずに焦っている状態かと。先日捕まった平松不兵衛に、彼らも取り入ろうと考えていたようです」
「そうけぇ。じゃあ、そう急ぐこともねぇな。泳がせていたらそのうち尻尾を出すだろうから、その時に、そいつらも一斉検挙できそうだ。吉村、よくやった。休暇をやるから骨休めをしろ。とりあえず、これが手に入れば。詳しい報告書は、その後でいい」
「ありがとうございます」
「それと、これを持ち帰ったことは、誰にも言うな。特に、山崎にはな」
いよいよ明日、撮影会というタイミングでこれを出すのは酷だろう。もちろん、この印籠が目に入らぬかと出すことで万事解決、結婚式の真似事のようなばかげた茶番劇もドタキャンできることは重々承知しているが。
「え? 何故? いえ、分かりました。では失礼しま……」
す、と言い切って、一礼して立ち去ろうとした吉村の視線が、くずかごで止まった。
「副長、結婚するんですか?」
「は?」
「だって、そのカタログ」
さすが監察方だけあって目聡い。だが、ここしばらく屯所を離れていたため、まさか鬼上司と同僚でくっつくとは(いくら、山崎が土方に懸想していること自体は、前々から知っていたとしても)想定外だったに違いない。
「ついに観念して、どっかの綺麗ドコロを落籍するんですか?」
「そうきたか。まあ、その方が気楽だったがな」
「はぁ、そのご様子だと『おめでとうございます』とは言い難いようですね。まぁ、確かに『結婚は人生の墓場』って言いますし。誰か一人と定めて結ばれる気は無いって、前々から仰ってましたものね。素人にちょっかいかけて、失敗したんですか?」
「まあ、そんなトコロだ。おかげさまで、それもなんとかウヤムヤにできそうだがな」
「そのうち殉職する前に、オンナに刺されますよ、副長。色子に、かもしれませんけど。口説いて落ちるんだったら、俺も真剣に迫れば良かったかな、なぁんてね。では、失礼します」
さすがベテランだけあって、あまり深追いすればブン殴られるのは分かっているらしく、土方が逆上する沸点スレスレのところで、障子がピシャリと閉められた。
土方は数拍、唖然としていたが、やがて我に返ると、ひとりどっかと部屋の真ん中にあぐらをかいて、服の上から印篭の硬くて滑らかな感触を確かめる。数錠入っているらしく、カラカラと音がした。
さあて、何と言って渡したものか。総悟の分は近藤さんに渡して「飲せるなり飲ませずに捨てるなり、勝手にしろ」と言えば済むが、問題は山崎だ。
せめて写真撮影だけはと訴えた山崎の表情が、まぶたの裏にちらつく。
「ち。バカザキが」
二度目は、ねぇからな。
ひとッ風呂浴びてスッキリし、忍び装束は洗濯するのを諦めて、焼却炉にでも突っ込むことにして、洗い晒しの単衣を着ると、吉村は生き返った心地がした。
敵陣に堂々と乗り込んで、相手の一味になりすます「化け調」は山崎の十八番だ。今回、吉村はひたすら天井裏や床下などに潜んで聞き耳を立てたり、重要そうなところに忍び込んでコソコソ漁ったりという方法を採っていたため、まさに「人間らしさを取り戻した」ような清々しい気分だ。
しかも、いつもならすぐに容赦なく次の調査を命じられるところが、休暇を貰えるというのだから、鼻歌のひとつも歌いたくなるというものだ。
「そういえば」
自分が屯所を出ている間、女の身体になってしまった山崎と沖田は、どうしていたのだろう。自分があれを届けたということは、もしかしたらすぐにでも、元に戻ってしまうかもしれない。ぺちゃパイでチンクシャの山崎はともかくとして、沖田の美少女ぶりは凄まじかった。
もちろん、沖田の場合、元の造形がそこそこ美少年だからという理由もあるだろう。普通に男の状態で化粧をさせても、世の女性陣を顔色なからしめるに違いない。
どうせなら、元に戻る前に拝んでおこう。吉村がそういう結論に辿り着いたのは極、自然な思考の成り行きだ。さて、どこにいるのだろうかと考えて、まずはストレートに一番隊隊長室に向かう。
「沖田隊長、居ますか?」
障子越しに呼び掛ければ「おう、何の用でイ?」という声が返って来た。そういえば何か口実があった方が良かったかなと今さらのように気づくが、沖田のような手合いには小細工するだけ無駄だろうと「別嬪さんをもういっぺん拝んでみたくて」と素直に言ってみた。
「その声、土方さんとこのロン毛か。そういえば、解毒剤探して来いって土方のヤローに命じられてなかったっけ? まさか、そいつを見付けて戻って来たんじゃねーだろーなぁ」
ガラッと障子が開き、いきなり目の前にこだますいかサイズの巨乳が、どぷりーんと現れる。
「うぉっ!」
吉村は、思わずその巨乳に魅入ってしまい、沖田が何を言ったのかスパッと頭の中から吹き飛んでしまった。もちろん、剥き身の生ではなく、ブラウスに包まれているわけなのだが、はち切れんばかりのボリュームにボタンが上まで留まらず、上のふたつみっつが開いており、そこから胸乳の上部が窮屈そうに深い谷間を見せているのだ。そのド迫力の光景に、思わずゴクッと固唾を飲む。
「おーい、もしもーし。そこのロン毛、聞こえてるけぇ?」
「はい? あ、すんません、聞いてませんでした」
その沖田の背後から、山崎も「沖田さん、ちゃんとナベシャツ着てからじゃないと、そうチョロチョロ出歩いたらいけないって、あれ? 吉村?」と、ひょっこり顔を出した。
その不安そうな顔を見て、吉村は土方に「誰にも言うな。特に、山崎にはな」と念を押されたことを思い出す。なぜ『特に山崎』なのかという疑問がふと浮かび、その胸に抱え込まれている冊子を見て、口がポカンと開いた。
それはついさっき、吉村が鬼上司の部屋で見たものと、まったく同じものであった。
ともかく縁側で立ち話もナンだからと、招き入れられる。
そこで吉村が障子をあえて最後まで閉めなかったのは、女体化した身体の放つフェロモンとやらの影響を警戒したのはもちろんのこと、男女七歳にして席を同じくせずではないが、要らぬ誤解をされぬ用心でもある。
特に、ふたりが上司のお手付きらしいと知らされれば、なおさらのことだ。
「解毒剤が入手できなかったから、中間報告に戻った、ねぇ。それで仕切り直しのリフレッシュ休暇貰ったって?」
その言い訳に山崎は不審がったが、機密情報を扱う監察方たるもの、いくら責め立ててもそれ以上口を割らないだろうことは、山崎自身が骨身に沁みて知っている。
「まぁ、本人がそういうんだったら、そういうことにしといてやりやしょうや。それに、第三者の意見も聞いてみたいところでさぁ」
そう言って、沖田が畳の上に広げたのは、ウェディングドレスの見本帳であった。確かに和装なら、綿帽子か角隠しかを選ぶ程度だろうが、洋装の場合、色はもちろん肌の露出度合いからレースの仕様、装身具の趣向まで千差万別だ。
もちろん当日、写真館で貸し出している現物を見て適当に決めても良かろうが、いざ明日本番を迎えるとあっては、ウキウキわくわくして落ち着かず、何を着たものかと今から胸踊らせていたらしい。
「まぁ、俺なんかの意見が参考になるのなら」
そう言って、吉村もずずいっと膝を進める。
ふたりと肩が触れそうな距離になったため、さりげなく鼻を手巾で覆って、なるべく口で息をするようにしておく。それでも仄かに甘い体臭が感じられた。
「なにせ、近藤さんはメロメロで、何を見せてもキレイ可愛い似合うの連発でクソも参考になりゃしない。反対に土方さんは、何でも良いんじゃねというばかり、まるっきり興味なさげと来たもんだイ」
「一応、原田さんにも尋ねてみたんですけど、なんか要領を得ないんですよね」
原田さんに尋ねるのは酷でしょうとは、吉村も言えない。
ホント、こいつは土方副長一筋で、他人のことなんて目に入ってないんだから。しかも、こんなフェロモン振りまいて、そんなことを聞くとは、無神経にも程がある。それも悪気がないというのなら、なおさらタチが悪い。
「おまえは実際んとこ、和装の方が似合いそうだけどな」
「なにそれ、吉村、胸か? 胸が無いから和装が似合うとでも言いたいのかっ!? 畜生、無いけどねっ、どうせ沖田さんと比べたらペッタンコだけどねっ! 隊服着てたら、女だっつーことも気づいてもらえな! ああ、自分で言ってて虚しくなってきた」
「まぁまぁ、落ち込むなよ、ザキ。でも、副長は、洋装の方が似合うだろうな。紋付袴って、こう、恰幅がよくないと、ヘタしたら落語家みたいになっちまうし」
「土方さんの落語なんざ寒くって笑えませんや。でも、近藤さんは和装派だよなぁ。俺ァ、ドレス着てェってぇのにさァ」
「確かにどのドレスも似合いそうですよねぇ、沖田さんは。でも、あんまり露出度が高いと、花嫁陵辱モノのエロゲーかAVみたいになりません? いくら近藤さんがエロゲー好きでも、リアルプレイは頂けませんや。こう、清純キャラ路線で、肌をなるたけ隠した、こういうのなんかどうかと。逆にザキは胸元開いてる方がいいんじゃねぇ? こう、せっかくだから、そのまな板にぶ厚いパッド入れて、寄せて、上げて、谷間つくって」
「てめっ、吉村ッ! ベラベラと勝手なことばかり言うな、ンナローッ! 俺んだってなぁ! 触ったら一応おっぱいだって分かるンだからなッ! いっぺん検分してみるか、コンチクショー!」
「んだよぉ! 俺の意見が聞きてぇって言ってたの、おめーらだろうがっ!」
山崎が吉村の手を掴んで、無理矢理胸元に引き寄せようとし、吉村がとっさにその手を取り返そうと強く引っ張った。バランスを崩した山崎の身体が、あぐらをかいた吉村の膝の中に倒れ込む。
「ぎゃっ!」
「なーにやってんだ、おめーら。障子開けっ放しで」
不意に割り込んだ声に、吉村と山崎が凍り付いた。振り向いた先には、土方が呆れ顔で突っ立っていたのだ。
「山崎ィ、なんだそのカッコ。吉村に乗り換えるのか? 俺ァ別に、いつでも構わねぇぜ、適当に幸せになんな」
「ちっ、違いますよぉっ! これはその、たまたま勢いで。土方さん、えらく不機嫌そうですが、もしかして妬いてくれてるんですか?」
「んなわきゃあるか、ボケ」
「ひどぉおいっ! 妬いてくださいよぉ、少しは」
ぎゃあぎゃあ喚いて抱きついてきた山崎を、土方はまるで仔犬でもあしらうように、おざなりにあやしながら「つか、なんで吉村がここに居んだ? 仕事はどうした」と、話をそらす。一方の山崎は、ドサクサ紛れに土方の腕にすっぽり収まる形になって、いかにもご満悦といった笑みを浮かべて、頬を土方の胸にすりつけているのだが。
(ああ、こうやってこの人は、ザキに押し切られたワケですね)と、吉村は内心で苦笑しながら「ついさっき、副長から休暇頂いたとこじゃないですか」と答える。
「あン? そうだっけか。んで? なんでこんなとこで、コイツらの茶番に付き合ってんだ」
「だって、休暇ですから。休暇中に何しようと俺の自由じゃないですか」
「まぁ、理屈だな」
「明日も休暇ですよね、俺」
「そうだな。一日か二日ぐれぇは休まねぇと、疲れもとれねぇだろうしな」
「だったら、明日の撮影会、俺も見に行っていいすか?」
「はぁあああああ!?」
「だって、副長が日頃あんまりにもコキ使うもんだから、イザ休暇もらっても何して遊んだらいいのか分かりませんし。それに、せっかくの同僚の晴れ姿を見てみたいって気ィもしますしね」
「いや、晴れ姿も何もよ。コイツは化け調でしょっちゅう女装してんだ、ドレスもへったくれも、今さらだろ」
土方と吉村の会話を傍で聞いていた沖田の目が、キラーンと光った。
いくら近藤の許に嫁ぐということになっても、土方が心底困りそうなネタに反応してしまうのは、もう条件反射というか、無くて七癖みたいなものなのだろう。
「そう言いなさんな、土方さん、俺らは撮影の後で、正式に婚約発表して披露宴までするつもりだが、コイツは写真だけで内縁の妻止まりなんでやんしょ?」
「そっちは本気なのか、キチガイどもめ」
「サカりまくってる色キチガイに、キチガイたぁ言われたくありやせんや。ま、どうせなんだから、監察方全員で見に来て、目いっぱい祝ってやったらどうですかイ。それぐれぇ報いてやっても、バチは当たらねぇと思いますぜイ?」
「はぁ!? 監察方全員っ!? なんだって部下に、ンな姿見られなきゃいけねーんだっ!」
「なんでって、そりゃあ、日頃仏頂面した鬼上司の鼻下長紳士姿なんざ、もう痛快でたまんねぇだろうよ。たまにゃあ、そうやって部下を慰労するのも、上に立つものの器量ってもんじゃぁねぇですかイ」
「おめ、アレだろ。俺がイヤがってんのを面白がってるだけだろ。つか、監察方は今、忙しいんだよ、人手が足りてねぇぐれぇなのに、そんな茶番に付き合わせるだけの余裕なんざねぇよっ! 吉村、てめぇも明後日にはソッコーで任務にぶっこんでや……」
目を吊り上げて振り返った土方の目に飛び込んで来たのは、『明朝、江戸小町ほとがら館集合。委細別途』というメールを同僚に一斉送信した携帯を、おもむろに折り畳んでいる吉村の姿であった。
その夜。にゃあにゃあとしつこく鳴く声に負けて、吉村は夕飯の残りをトレイに乗せて、縁側に降りていた。伊東が存命の頃は、なにかと餌付けしていたせいかよく野良猫が居着いていたものだが、最近は『お妙さん1〜5号』の安全のために、猫は避けられていた筈だ。
どうやらコイツは新顔らしい。
「さっき、キャットフードの缶詰、やったろうが。キャットフードじゃ嫌なのか? 猫の分際で」
ブツブツ文句を言いながら、トレイを地面を下に置いてやると、縁側に腰を下ろした。猫は吉村の顔を見上げて「にゃあ」と何か訴えてから、デザートのプリンを舐め始める。
「こらこら。猫のくせに……魚食え、魚」
吉村が嗜めるのもどこ吹く風。猫はプリンを平らげても、魚の煮物には見向きもせず、皿にこびりついた肉汁とソースを舐めて、再び「にゃあ」と鳴く。
「なんだよ。肉は俺が食ったが、文句あんのか。猫なんだから、魚でいいだろうが」
「にゃあ」
不満そうになおもしつこく皿を嗅いで、肉汁が移った野菜までねぶっている。
「わーったよ。そんなにローストチキン食いたかったのかよ。骨貰って来てやるよ」
「にゃあ」
「骨じゃ嫌か」
「にゃあ」
数拍の間、猫とにらめっこになる。それまで眉をしかめていた吉村だったが、やがて吹き出した。
「オマエ、誰かに似てるなと思ったら、しのそっくりだな。アイツも、飯の前にデザート食うわ、好き嫌いは激しいわで」
猫はキョトンと吉村を見上げている。もう少しメシよこせと言わんがばかりに、前足でチョイチョイと吉村の革靴にちょっかいをかけているのを抱き上げ、膝に乗せてやる。野良だから嫌がるかと思ったが、案外おとなしく撫でられるに任せていた。
「オマエがアイツに似てるだなんて言ったら、副長がそれこそ猫ッ可愛がりしてくれるかもしれねぇな。いや、その前にザキにとっつかまって、三味線にされちまうかな。あのバカ、ついに副長を口説き落としやがったんだよ、ミントンとカバディぐれぇしか取り得がねぇジミーのくせに。女になるってぇ外法のクスリ飲んで、嫁になるんだとよ」
吉村の筋張った腿は寝心地が悪いのか、猫はしきりに尻の位置をずらして、据わりの良い場所を探していた。やがて、ちょうどいいポジションを見つけたのか、欠伸をしてクルリと丸くなる。しかし、なぜか尾だけは神経質にぴくつかせていた。
「あのひとは田舎に残してた人を差し置いて幸せにはなれないって言い張ってて。だから、誰のものにもならないって、俺らは諦めてた。でも、しのは諦めきれなくて、自分ひとりのものにしたくて、それが叶わないと認めたくなくて。そこから目を逸らすために、伊東の許に奔ったんだろうな。ザキも同じように諦めが悪くて。でも、アレはバカのひとつ覚えで頑なに副長を追い駆けて……粘り勝ちってヤツだな」
「にゃあ」
「そうだなぁ。バカだよなぁ」
誰が、とは吉村は言わなかった。多分、己を含む皆が愚かだったのだろう。恋をする、とはそういうものなのだ。
死ぬかもしれない危険を冒して性転換をするという無茶をしてのけた山崎も、一生仕事に殉じる公言しておきながらそれにほだされてしまった土方も……粘っていれば自分がその座に居たかもしれないのに、我慢できなかった篠原も、篠原が自分の許に戻って来た理由を察することができず野望の手駒としか扱えなかった伊東も、その篠原の寂しさに気付いていながら手を差し伸べることができなかった尾形も、それらをただ他人事のように眺めることしかできなかった自分も。
そして無論、何の悩みもなく脳天気に近藤に迫る沖田と、それを受け入れるために己が追い続けていた女性を諦めてみせた近藤も、大バカなのだろう。
まったく、どいつも、こいつも、バカばかりだ。
「吉村さぁん、ここに居たんですかぁ? 手伝ってくださいよ、明日の朝までに終わらない」
泣きそうな甘えた口調の、その割には妙に野太い声に、吉村は我に返った。振り向けば、芦屋がレポート用紙片手に突っ立っている。
とっさに立ち上がろうとした吉村は、いつの間にか猫が居なくなっていることに気付いた。ずっと猫の重みと体温を感じながら撫でていた筈なのに、まったく記憶にない。
だが、そんなことを訝るよりも「テメェの仕事ぐらい、テメェで片付けろ」という、古株らしい小言が吉村の口をついて出た。
【後書き】山崎生誕祝いということで(私は特に、何も予定していなかったのですが)北宮さんが原稿を穴埋めして来たので、一気にそれを校正、アップしました。一晩で2000行超のリライトは(空白行込み、内600行は自分のミスで増やしたようなものだとはいえ)キツかった!
ともあれ、にょた山崎の「最凶○×計画」、そろそろラストが見えてきたようです。
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