Nicotiana【15】
「俺達も平松不兵衛はマークしていたんだよ。上方でも、天宙組の募集をしてたようだし、平松がそれにカネを出していたのも掴んでた。でも、決定打がなくてね。俺も若い頃はイケイケだったんだが、オジサンになっちまうとね。どうしてもこう、オジサンは度胸が足りないというか。ハッキリした証拠がないと踏み切れないんだな」
見廻り組の組長、佐々木只三郎は何度もそう言って、ファイルの背をポンポンと手の甲で叩いていた。彼らも松平片栗虎の配下である武装警察に属し、真選組とは兄弟組織、いや兄貴分に相当する部隊だ。そのため、管轄を越えた大事件では協力をし、また対抗意識を燃やすこともある。
それだけに今回の真選組のお手柄は、あまりにも口惜しかったらしい。先日の大捕り物に関する報告会が終わってからも、その内容について引きずるなんて、竹を割ったようなという表現がまさにふさわしいサバサバした佐々木らしくもない。
「あーと、その、奢りましょうか、佐々木殿。パーッと飲んで、機嫌直してくださいや」
「当然だよ、ゴリラ君。ああ、うるさい女の子がいない店の方がいいね。きゃあきゃあ喚かれると、余計に神経に障る」
「あれ、賑やかなのは、お嫌ですか? だったら、あまり頭数は要りませんかね」
「そうだね、ゴリラ君とドカタ君にでも付き合ってもらえば、十分かな。そっちのメガネやハゲは帰っていいよ」
「ハゲ?」
メガネというのは武田観念斎だろう。ハゲに相当するのは、バンダナで頭を覆った永倉新七か、タコ入道の原田右之助か。
「そうそう、そのハート型の剃り残し。江戸じゃ、ああいう髪型が流行してるのかい?」
「あ。黙ってたのに」
近藤が思わず吹き出した。
毎日ツルツルに剃り上げている原田の頭部に、突如、剃り残しが発生したのは、実は数日ほど前から。本人が意図していないことは、後頭部でありながら見事な造形をしていることから明白だ。そのミステリーサークルの造形師が、原田の身辺の世話も焼いている優秀な副官であることは想像に難くない。そういえば、山崎の潜入捜査を巡って十番隊詰め所で殴り合いの喧嘩をやらかしたという噂も聞いていたので、その副官の可愛らしい報復なのだろう。
「ちょッ、黙ってたって、こういう公式の場に出る時ぐらい、ちゃんと言ってくださいよ! 俺、赤っ恥じゃないっすか!」
「いや、佐々木殿も江戸流行の髪型だと信じてたぐらいだ。恥ずかしくはねぇぞ、多分」
「畜生ッ、瀬尾のヤツぅうううう!」
「頭洗う時とか、着替えんときに気付くだろ、フツー」
「いやその、背中流すだの着付けだのなんだの、全部瀬尾にさせてたからよ」
「要するに、痴話喧嘩するような相手に、身の回りのコト任せて信頼してっからだ、ボケ」
「ザキちゃんコキ使ってる副長に言われても、全然説得力ねぇよ! いや、あるのか? いやいや、無い無い。というか第一、俺とアイツは痴話喧嘩とか、そういう仲じゃねぇから」
ツヤツヤと光る頭頂部までピンク色に染め、一方で剃り残しは見事な青色のコントラストを浮かび上がらせている頭を抱えて、原田が照れ隠しに喚く。
「まぁ、武士の忠義と恋情は、どちらも主人に惚れて尽くし抜くという点において、非常に似ていますからね。そこに嫉妬や怨嗟が生じても、不思議ではありません。帰っても無碍に叱らず、いつも通り目をかけておやんなさい……といっても俺は、手のかかるうちのバカ大将に殺意は抱いても、恋心は抱きそうにありませんが」
そう言って原田を慰めるのは、佐々木の右腕である熊井不信郎だ。
『名は体を現す』という言葉の通り、熊のごとき髭面で巨漢のムサ苦しいマッチョマンで、これが身の丈六尺は余裕で超す、大男の佐々木相手に恋心などというのは、いくら四月馬鹿でも聞きたくない悪い冗談だ。
佐々木もさすがに、熊井に迫られる図は想像を絶していたようで「確かに。嘉納のような美形の優男ならともかく、お前に惚れられるぐらいなら、斎戒沐浴でもして禁欲生活するね」と苦笑した。
「じゃあ、俺とトシは見廻り組の方々と飲んでくらぁ。ああ、帰りはタクシーでも拾うから気にしなくていい。原田、ザキに俺らは遅くなるから先に寝てろって、伝えておいてくれ」
土方は「俺も?」と不満げだったが、佐々木だけでなく近藤にまで腕を掴まれて引きずられては、さすがの鬼の副長も抵抗のしようが無かった。
平松不兵衛が捕縛され、その背後関係を疑われて一時は客足が落ちたという料亭・梅屋であったが、女将や女中が「あたしらは雇われで、そのような後ろ暗い客とは知りませんでした」と言い張って、むしろ積極的に情報提供したせいか、店の大旦那がこってり絞られはしたものの、お取り潰しは免れたようだ。警察内では未だにその事後処理に追われているのだが、マスコミの関心はとうに別の事件に移ったらしく、梅屋は寂れているどころかむしろ、事件前よりも繁昌している雰囲気であった。
「儂らは上方の商人でね、お役人さんに納める刀の商いの話をしに、こちらに来たのだ」
見廻り組幹部のひとり、遅水股四郎が涼し気なマスクで如才なくそう告げるのを鵜呑みにして、女将は蕩けるような笑顔で中庭の見える座敷に案内してくれた。
「なるほど、これでは平松や攘夷志士につけ込まれても仕方ありませんね。大切なお客の接待の席に、見知らぬ酌婦がひとり紛れ込んでも、気付かない訳です」
熊井も呆れた様子だ。近藤と土方も同感だった。
「その女将の無類の人の良さが、酒の肴なんだろ、この店は。だからこそ、潰されずに済んだ訳だし」
そういうと、当たり前のような顔で上座に腰を降ろした佐々木が、ポンと手を叩いた。
「事件の話はとりあえず、ここでは無しにしよう。俺は単に、江戸一の美味い酒が飲みたいだけなんだ。ドカタ君、酌をしてくれたまえ」
「酌をしろって? んなもん、酒注いでほしけりゃ、ホステスか芸者でも呼べや」
文句を言いつつも、近藤と自分がホスト役であるらしいことは一応理解している土方は、膳を挟むように佐々木の正面に移動すると、酒瓶を取ろうとした。
「ああ、そこじゃない。こっちに来たまえ」
「ちょ、野郎が野郎の隣で酌しろってぇのか」
「ドカタ君なら、下手な芸者ガールよか美人だよ。あ、ゴリラ君はそっちでいい」
熊井や遅水らは、苦笑しながら大将の悪ふざけを見て見ぬ振りで「上方の料理は味が薄すぎる、やはり江戸前がいい」などと言いながら、懐石料理を突ついている。
「ところでゴリラ君、例のケツ毛のキャバ嬢は落としたのかね?」
この佐々木という男、ひとの名前は全然覚える気が無いくせに、こういう下らないネタはよく記憶しているようだ。不意打ちされた近藤の顔が赤くなり、続いて血の気が引いて青くなって、再び紅潮してと、横断歩道の信号機よろしく変化しているのを、ニヤニヤと面白そうに眺めた。
「てゆーか、あの、そういう言い方だと、お妙さんにケツ毛が生えてるみたいに聞こえるんですけど」
「ケツ毛も愛してくれるって言ってたんだろ? なら同じことだろ。で、まだなのかね」
「は、はぁ」
「君も奥手だねぇ。もう三十路なんだろう? まさか童貞でもなかろうに」
「あの、そのお妙さんとは、別れまして」
「ケツ毛と? それは残念だね」
「いや、ケツ毛と別れた訳じゃなくて、俺のケツにはまだ、ボーボーと生えてますけど」
「ますます残念だね。そのケツ毛ごと愛してくれるっていう女性を再び探すのは、相当大変だろうに。それとも既に、素晴らしい女性と出会ったのかね?」
「出会ったというか、なんというか、その」
「なるほど、そういう相手がもう居る訳だね。その新しいケツ毛はどんな子だね?」
「いや、だから、アイツにケツ毛は生えてないと思う。多分」
「多分? 見てないのかね。それともパイパンなのかな?」
「いや、一応パイパンでは無かった……って、何を言わせるンですか、佐々木殿ッ!」
「あっはっは。そうか、彼女はモサモサかね。今度、そのモサモサ嬢を紹介してくれたまえよ。式には是非呼んでくれたまえ。まぁ、君の仲人は十中八九、松平のとっつぁんがやるんだろうから、イヤでも招待状が届くだろうけど」
からからと豪快に笑いながら、土方が注いだ酒を次々に煽っていたが、ふと思い出したように、直径五寸はあろうかというその朱塗りの盃を、土方の口許に押しやった。
「ドカタ君、俺に注いでばかりで、全然飲んでいないじゃないか。君も飲みたまえ」
「あ、いや、俺ァあんまり強くねぇし、酔態晒すのも失礼だし」
「そう言わず、飲みたまえ。なんなら、口移しで飲ませようか?」
「あ、いや、それは勘弁してくれ、じゃなくて、その、頂きます」
佐々木という男なら、冗談ではなく本気でやる。一応妻帯しているというが、それぐらいのセクハラは、素面でも平気でやる。
土方が決死の思いでその盃を煽っていると、佐々木は土方の腰に手を回しながら「そういえば、今のお小姓さんはどんな子をつけてるんだい? なんか近藤君と二人して指輪なんぞ物色していたらしいけど」と尋ねてきた。思いがけない質問に、土方がブッと吹き出してしまう。
「お小姓って? いねーよ、そんなもん! 大体、指輪って、誰から聞いたッ!」
「そうかい? ドカタ君は想い人を郷里に置いて上京したから、その人を差し置いて妻帯するつもりは無いっていうのは、前々から聞いてるから、あえて『嫁はまだか』とは尋ねないけど。そのくせ、上方に出張にくる度に、違う子を連れて来てるじゃないか。最近でいうと、ジミー君だっけ?」
「だから、あれは小姓じゃなくて、ただの部下だって!」
「見廻り組に研修に来てる頃は、なんて言ったッけ、お仲間のひとりと割りない仲だったよね。かなりキツい訓練だったから、お互いそういう心の支えも必要だったのかな。それから、一緒に武州から連れてきた、ちっこい子。最初、君らのお稚児なのかなと思ってたけど、本当の兄弟みたいだったから、手まで出したかどうか、知らないんだけど……あれ? なんでそこでゴリラ君が咳き込むのかな。熊井、ゴリラ君に雑巾でも出してやって。それで、どこまで話したかな。そうそう、お小姓のね。篠崎君だっけか、篠山君だっけか、あの子は残念だったよね」
「篠原、か?」
「そうそう。しの君。あんだけ可愛がってたのにね」
篠原の名前を出されて、土方の頬が引きつった。無言で、空にした朱杯を差し出し、酒のお代わりを要求する。
「せっかく伊東君の派閥から引き抜いてまでして、目をかけていたんだろう? それなのに元鞘に収まった上に、あんな事件に巻き込まれて亡くなって。そもそも、置いてきた郷里の娘さんも亡くなっているんだろう? なんとか屋とかいう武器商のところに嫁入りする寸前だったとかで」
「そうだな。まるで、俺ァ死神だよ」
「俺は、そういうことを言いたかったんじゃないんだけどね」
佐々木がそっと盃を取り上げようとするが、土方が掴んだまま離さないのに苦笑して、仕方なくそこに酒を注いでやった。
「死神だよ。好いた奴を片っ端から殺してるようなもんさ。自分がいつ死ぬか分からねぇと公言してるくせして、惚れた相手を守ることすらできねぇで」
「ジミー君は?」
問いかけられて、土方はハッとした表情になる。
伊東のクーデターで、多くの隊士が散り、篠原も鬼籍に入った。だが、山崎も同じ運命を辿りかけたのだ。生き延びたのは単に、敵が気まぐれな情けをかけたというだけの理由だ。
「そういえばアイツも、俺のために胴を貫通する刀傷を負ったんだっけ。伊東の裏切りに気付いて、俺にそれを告げようとして、刺されても尚、地べたを這いずって。それなのに、俺は」
俺はその間、自分のために命をかけて使命を果たそうとしていた部下を守るどころか、妖刀の呪いのせいとはいえ、ヘタレたオタクと化していたなんて、情けない。
その様子を下ろしていた佐々木は、大きな掌で土方の背を撫でてやった。
「なるほどね。だから、誰かを愛してると言い切ってしまうのが、怖いんだね。その指輪もジミー君に?」
「指輪じゃねぇよ」
「ジミー君宛なのは、確かなんだね。それ、ちゃんと渡してあげなよ?」
「けっ。アンタ、いちいちひとのトラウマ抉るの、ホント得意だよな」
佐々木がお代わりを注いでくれないのに焦れたのか、土方はその胸に甘えかかる姿勢のまま、拗ねた子供のような仕草で、佐々木の膳の天ぷらだの香の物だのに、ちょっかいをかけ始めた。
「そんなつもり、全然無いんだけどね。あー……海老は後で食べようと思ってたのに。まぁ、いいや。ああ、近藤君も気にせず飲んで、飲んで」
佐々木はそう言うと、いつの間にか膝に乗り上がっていた土方を抱き降ろす。熊井の傍に移動し何やら耳打ちをすると、熊井は苦りきった表情で首を振ってみせた。
玄関先に、車が停まる音がした。
正確に言うと、沖田には聞こえなかったものの、監察の山崎には、エンジン音が近付いた後、停まったのが聞こえたのだ。
「帰って帰って来たみたいですね」
「本当に? 出迎え行きやすぜ!」
聞き返す間もなく、沖田は寝巻きのまま一目散に部屋を飛び出し、山崎も慌てて後を追う。こんなはしたない恰好で、他の隊士の目に付く場所に沖田を出したら、また土方に叱られる。
幸い、玄関先に居たのは当の二人だけであった。山崎の配慮などどこ吹く風の沖田は「おかえりなせぇ」と走って来た勢いのままに、近藤に飛び付く。
「ちょっと待て、ガスマスクぅうううう!」
抱き留めたものの、危険物質の存在を思い出した近藤は、沖田を引き離そうと愛用の品を探すが、そんなものはここにはない。
「遅くなるから寝てていいって、伝言したろうが」
「眠くなんてありやせんや。それに、この時間なら起きてる連中も少ないから、堂々と出迎えできると思ったんですが。やっぱり駄目だって言うんですかイ?」
「ダメじゃねぇよ。むしろ歓迎だが、その、なぁ、トシよう」
「知るか。おけぇりのちゅーでもなんでも、好きにしてろや」
酔って陽気なのに加えて、沖田の出迎えが嬉しく破顔しっ放しの近藤とは対照的に、土方の顔色は悪い。二人が脱ぎ飛ばした靴を揃えてきた山崎が、手を伸ばして土方の顔に触れると妙に冷たい。これは限界が近いのかも知れない。
「ザキ、冷たくなくていいから、水。いや、その前に、ちと厠行ってくらぁ」
「なんだ、ウンコか? ウンコなのか、トシ。まぁ、トシみてぇなキレイなツラでもでもウンコするもんなぁ」
「そんなもん連呼するな。ちとキモチワルイだ……うぷっ」
案の定というべきか、ナニかが込み上げて来て口元を押さえた土方の背後に、山崎は素早く駆け寄って上着を脱がせ、スカーフを緩めようと衿元にも手を伸ばした。それを受けて、土方は「あ、ああ」と呻いて、ぽいと外したスカーフを山崎に放り投げると、よろよろと厠の方へ向かった。
「ゲロゲロ大王降臨か。きっちり介抱してやんなせぇ」
その同情するような呟きに、慣れたものと山崎は頷く。
「あまりに駄目なようなら、塩水飲ませますから、大丈夫です」
「吐ききったら楽にはなるがよ、トシにはそんなに飲ませてねぇ筈なんだがなぁ。やっぱ見廻り組の接待は苦手みてぇだな、トシのヤツ。今回は佐々木殿だけでなく、熊井殿や、他の幹部も軒並み来てたからな」
「つーことは、近藤さんも随分飲んできやしたね。冷たいもんでも飲みやすかイ?」
「いや、俺ァ平気だ。それとも酒くせぇのはイヤか?」
「ちっとも。なんならこれから部屋で一緒に飲みやせん? 最近ずっと呑んでねぇんで、相手して貰えやせんか?」
「お? そうか? そうだなぁ、俺もちょっと飲み足りねぇと思ってたところだ」
近藤の返事に、我が意を得たりと沖田の口元に笑みがにんまり浮かんだが、当の近藤は気付いていない。
「本当だったら、総悟も連れて行くべきだったんだろうが、さすがにこの状態だしなぁ。こんなカワイイおにゃのこになっちまったのが知れたら、佐々木殿に何こそ言われるか。なぁ、総悟?」
大きな手に頭をわしゃわしゃ撫でられて、沖田は嬉しそうに目を細める。
「ちゃんと籍入れた暁には、今度は『嫁です』って、連れてってくだせぇ」
「ああ、そうだな。毎回、嫁はまだとらねぇのかと、ウルサクせっつかれるしな、籍入れる前でも、紹介ぐれぇはいいか。こらこら、そんだけひっつくと、俺のマグナムが暴発するだろうが」
その言葉に、近藤の胸元に懐いていた沖田は顔を上げて、くすくすと笑う。
「是非、暴発してくだせぇ。マグナムってか、キャノンってか。俺は大歓迎ですぜイ」
「らめぇぇえええっ! おにゃのこは純潔を守らなくちゃ、なのれすぅー!」
「その大事に守ってきた純潔を、好きな人に散らされるんなら、本望ですぜイ」
「ちょ、おま……なんて可愛いこと言いやがんだ、コイツめ……でも、駄目だからっ!」と始まったいつものやり取りに「はいはい。後はお二人とも、お部屋でどうぞ」と、山崎は深い溜息を漏らした。
そこに、よろよろと戻って来た土方も「減るもんじゃなし、勿体ぶらずに、ヤっておきゃあいいんだ」とげんなりと食傷気味に呟く。
「副長、大丈夫ですか?」
吐いたせいか、土方の顔色は元に戻っている。付き合いで飲まなくてはいけないのも理解できるが、見廻り組の連中なら、土方が酒に弱いのも重々知ってるはずなのに、これだからあの連中は。
「ああ、もう寝ておく。風呂は朝、水でも浴びておくか」
「おぅおぅ、そーしとけそーしとけ。俺ァ総悟と飲み直すけどよぉ。いい酒はさんざっぱら頂いたが、むさい野郎と飲むドンペリよりも、安い酒でも愛しいおにゃのこと飲む方が、よっぽど美味いにちげぇねぇしよ」
「味なんて、分からなくなってるだろうが、どうせ。このヨッパライが」
毒づく土方を無視するように「まぁとにかく近藤さんの部屋で呑みなおしやしょう。ゲロゲロ魔王はほっといて行きやしょうぜ」と、沖田が近藤を促す。
「近藤さん、明日は、朝一で警察庁に出張るから、寝過さねぇようにな。これで、平松のヤマの後片付けも完全にしめぇだ」
「大丈夫でさぁ、俺がしっかり起こしてやりやすから」
「そうかそうか、頼むぞ総悟。じゃあな、トシ」
沖田の隠れた意図など露知らず、近藤は上機嫌のまま、ひらっと手を振った。
「からからにされんなよ」
土方の呟きが聞こえたのか『余計なことを言うな』とでも言いたげに沖田が振り向き、鋭く睨み付けたが、すぐにぱぁっと笑顔に戻るや、近藤の腕に絡み付いた。
「副長もお部屋に戻りましょう。冷たいの、すぐに持ってきますよ」
多分この調子だと、土方はお代わりを要求するだけでなく、夜中にも水が欲しくなるだろうと、山崎は大きい魔法瓶を冷えた麦茶で満たして、副長室に向かう。
「局長んとこにも、持ってった方がいいですかね?」
私服に着替えて、文机の上に載せてあった報告書に目を通していた土方に、麦茶で満たしたグラスを手渡すと、それを一口飲んでから「馬に蹴られるぞ」と答えが返ってきた。
「はは、そうですね。とりあえずこの場合、どっち応援します? 俺としては沖田さんかな」
「いっぺん犯っちまや、おとなしくなんだよ、あの手合いは」
「局長も変なところで律儀ですからね。あーあ。いいなぁ、沖田さん」
土方が脱ぎ散らかした隊服を拾い上げながら、山崎は先日の書庫で沖田にノロけられたことを思い出したのか、溜息まじりにボソッと呟いた。既にゴール地点の見えている二人に対し、自分はあれほどハッキリと『酔狂には付き合わない』と断言されている。
「そんなに羨ましけりゃ、近藤さんとこの嫁にでもなりな」
「イヤですよ。いくら優しくて甲斐性あっても、局長、ケツ毛ボーボーだし」
「じゃあ、贅沢言うな」
「ちくしょう、なんか口惜しいッ!」
それでも、甲斐甲斐しく上着をハンガーに掛ける。ふと、内ポケットに何か入っているのに気付いた。
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