Nicotiana【13】


前日と同じように、沖田は奥の部屋で書棚に向かい、山崎は検索カードを確認し始めた。
地頭は決して悪くない沖田のこと、どの辺りに何年の資料があるのかが、大体分かってきただけに『昨日よりは早く進むな』と思いながら作業に没頭していた沖田だったが、不意に耳に飛び込んできた「あれ!?」という声と、その直後のパタパタいう物音に、手を止める。

「どうしたイ」

「カードが無いんです。ここ三年分」

順番にチェックしてきたはずのカードが、突然三年ほど前で終っていたのだと答えて、沖田の目の前で、山崎はあちこちの引き出しをのぞき込み続ける。

「おい、どうするつもりなんでさぁ」

「いや、でも絶対にあるはずだし。つか、あいつが管理してたんだから、絶対なんかやってただろうし」

呟きながら、何気なく裏返したカードの隅に『入力済』と押してある小さな印が目に留まった。

「もしかしてあいつ、カード作らねぇでパソコン内だけで管理してやがったのか」

そういう方面のことが得意な篠原に、仕事を全部押し付けたのは確かに自分達だが、だからといって管理方法を勝手に変えていいってもんでもないだろう。ぶつぶつ呟きながら、山崎は数台置いてあるパソコンの中でも、皆がメインとして使っている機台を立ち上げる。サーバー直結のこの機台はデータ集約に使っているので、あるとしたらここだろうとファイルを確認するが、それらしいデータは見当たらない。

「無ぇのかイ」

「大体全部、コレに入れてるんですが。まさかなぁ」

「おめぇ知らねぇのかよ」

「だって、あいつに任せっぱなしでしたから」

「だったら、他のマシンの中に入ってんじゃねぇか? ちっと俺も見てやりまさぁ」

可能性は当たってみるべきかと、他の機台を片っ端から起動させて、中のファイルを確認していく。

「オイ、俺の個人パスで開かねぇファイルがありやがるんだが」

沖田の言葉に手を止めて、山崎がその後ろから画面を覗き込んだ。

「あぁ。監察か、副長のコードじゃないと開かないのがあるかもしれないんで、俺が開けます」

沖田の肩ごしに手をキーボードに乗せ、パスワードエラー警告メッセージのダイアログを消すと、改めて山崎の個人パスワードを入力する。やがて、ピッという電子音と共に、画面が切り替わった。

「もしかして、というか。もしかしねぇでも、監察のコードって結構、万能けぇ?」

「監察全員じゃないですけどね。俺のは、大体のファイルにアクセスできます。ん、何だ!?」

一旦画面が明るくなってファイルが開いたかに思われたが、それが初期画面に似た青一色に突然変わったことに、驚きの声をあげる。

「今、ファイルが開いたんじゃねぇのか?」

「開いたはずなんですが。何のエラーだ?」

画面の左上でぴこぴこと点滅を繰り返すカーソルを見つめ、何かのメッセージが出るのではないかと待っていると、やがてそれがカタカタと動き出す。

『ファイリングなめんな』

画面いっぱいに見事なほどの太い文字で表示されたのは、そんな言葉だった。
一瞬何が起きたのか理解できずに顔を見合わせた二人だったが、やがて沖田がぶっと吹き出す。

「っはははは、すげぇ!」

「しっ、しのはらぁぁぁぁぁぁっ!!」

腹を抱えて笑う沖田とは反対に、山崎は怒りの余り絶叫していた。

「なんですかイ、これ。この画面、写メ撮っておきやしょうか? 面白いから」

端から見たら面白いかもしれないが、情報の出し入れ権限を与えてもらえているはずの監察筆頭としては面白くない以上に、元同僚にこんな仕掛けをされていたなんて。

「アノヤロー。同位ランクのパスは、自分のしか受け付けないようにしてやがる!」

情報を司る監察方は、平隊士待遇とはいえ副長直属の部下である。そのため情報の取り扱い権限上、基本的に各隊の隊長と同位ランクの個人コードを与えられていた。その中でも、土方に近しい山崎、吉村、篠原の三人のものは、隊長クラスよりも上に位置する。つまり、篠原の個人ファイルにアクセス出来るのは同位ランクの同僚と、より上位の局長、副長、そして参謀だけということだ。
同位ランクの他者がアクセスした時に、こんなメッセージが表示されるように細工してやがったとは……必然的に50%の確率で、ターゲットは山崎である。いや、むしろ生前の篠原との人間関係を考えれば、100%山崎と言っていいかもしれない。

「土方さんに開けてもらうしかねぇだろ」

パシャリとそのディスプレイ表示を携帯カメラに納めて、沖田がそう呟く。

「副長いないか、見てきます。もしかしたら、副長ならあいつの個人パス知ってるかも。適当にその辺のビデオとかテレビ見て、待っててください」

これで切り替え出来ますからとリモコン操作の説明をして、山崎は副長室に向かった。




ちょうど出掛けようとしていたのか、山崎には外出禁止を言い渡していただけに、山崎の姿を認めた土方は一瞬、気まずそうな表情を浮かべた。だが、そこで「なんだ、もう片付いたのか?」と皮肉を言う辺り、土方も素直ではない。

「あのカオスがこの程度で終われば、苦労しませんよ!」

そう叫びながら、山崎が現在の状況と例の嫌がらせのことを切々と訴えたが、土方は「お前らがいけないんだろう、あいつに押し付けてたから」と、こともなげに言い捨てた。
篠原の能力を思えば、それが適材適所ではあったのだが、元々伊東派だったことも災いして他の連中とはあまりうまくいっていなかったらしく『大部屋でうだうだしているよりも資料室にいるほうが落ち着く』と公言していたのも、それに拍車をかけていたのだと、土方は解釈していたのだ。

「ちょ、俺らのせいですか? あいつがデータ隠したうえにトラップ仕掛けてたのも、俺らのせいですか?」

「元から仲良くしてりゃ、そんなこともされなかったろうよ」

「それは無理です。あいつの本性、副長ご存知無いから。なんであいつはくたばってからも、俺の邪魔ばかり」

土方の片頬が微かに引きつった。
今でも、その話題は地雷なのだろう。山崎は慌てて「いや、そんなことよりも、あいつの個人コードって、聞いてません? ファイルを確認しないといけないんですよ。あいつのがなかったら、副長がファイル開けてくれたら、俺のパスで上書きします」と、軌道修正をかけた。

「お前、今更気付くなんざ、どれだけパソコン使って仕事してなかったんだ?」

「ノートは普通に使ってましたし、サーバー直結の機台にもちゃんとデータ流してましたよ。あいつがそっちに流さないまま、データを隠してやがったんですよ」

「つまり、篠原が折角作ってくれた資料室のデータベースを、誰も触ってなかったってことか。ったく、おめーらは。ほれ」

懐から財布を取り出すと、名刺よりやや小さいカードを抜いて、山崎の前に放る。

「これ、篠原のカードですか?」

てっきりパスワードのメモ程度のものだろう思っていただけに、山崎は一瞬、固まった。それも紙製ではなくプラスチックカードで、ご丁寧にテープ状の磁気記録媒体まで貼ってある。

「ああ、篠原から貰った。パスワードなんて七面倒臭いモン手で打たなくてもいいようにって、せっかく作ってくれたんだが、俺はてめぇでPCなんざ触ることは滅多にないから、ただ持ってるだけでよ。裏にあいつのパスワードもあるから、それで開けてみろや」

ただ持っているだけなら、別に机の引き出しでもいいじゃないですか。何でそんなもん肌身離さず持ち歩いてるんですか。それ以上に篠原の遺品ってことは、あの動乱の捜査資料のはずじゃないんですか。なんだって後生大事に、等々言いたいことが一気に込み上げてくるが、今はそれを追及している場合では無いと、山崎はぐっと飲み込む。

「これで仕事続行してきます」

「それ、後で返せよ」

「ただ持ってるだけなら、必要ないでしょ? IDとパスをメモしたら、処分しておきます」

何か言いたげな土方を振り切って資料室に戻ると、沖田は検閲用モニターをテレビに切り替えてワイドショーなんぞを見ながらゲラゲラ笑っていた。

「見つかったけぇ?」

「土方さん、予想外のもの持ってましたよ」

ぴらりと渡されたカードをかざして見せると、カードリーダーに通して裏面のパスワードを読み込ませ、先ほどのファイルに再びアクセスする。やがて、ピッという電子音と共に画面が切り替わり、長いリストが表示された。

「すげぇ、ちゃんと事件の詳細までまとめてありやすぜ」

「日がな一日資料室に篭って、こんなことしてやがったのか。とりあえずコイツのパスを、俺のに変更してメインに送信、っと」

てっきり何もしていないと思っていた奴が、実は役に立つものを作っていたと知って、今更ながら心の奥底で軽く感謝しつつ、お次はこの積み上げられた段ボール箱に詰められたものの分類に取り掛かろうと、山崎は手近な箱に手を突っ込んだ。




一方、その頃。
『抱えているヤマが落ち着いたら、指輪を見繕うのに付き合ってくれ』と、そういう約束は確かにしたが、まさか本当に買うとは思っていなかった土方は、近藤にせがまれて辟易していた。

「んなもん適当でいいだろ。ナットでもプルトップのリングでも、女ってやつァ、喜ぶもんだよ」

「いや、トシはモテるからそう思うのかもしんねぇがな。大体、真選組局長たるもの、嫁の婚約指輪にナットってどうよ?」

「んぁ? 面白いんじゃねぇか?」

「トシぃいいいいいいっ!」

あんまりビービーうるさいので、仕方なく女の子が喜びそうなアクセサリーやジュエリーを扱っているファッションビルに足を運んだというわけである。土方がそこそこ遊んでいた若い頃とはかなり様変わりしているようだったが、そこは昔取った杵柄で、チラッと店のショーウィンドゥを眺めて「ここいらあたりでいいんじゃねぇか?」と薦めてやった。

「おめぇ、よくこういうとこ知ってるなぁ」

「別に、前から知ってた訳じゃねぇよ。今チラッと見て、良さそうな店だなと思っただけさ。こーいうのは第一印象というか、雰囲気というか、そんなもんで適当に決めりゃいーんだよ」

「そうなのか? な、なんか緊張するな。こういう店にムサい男が入っていいんかなぁ」

「ほれ、そうオドオドしてると、余計に挙動不審だぜ? ああ、おねーさん、心配ねぇよ。俺らが警察だから。あ、でも、警察だけどオフだから」

近藤が熱心に指輪が並んでいるショーケースを眺めている間、土方は所在なさげにしていた。自分は指輪など買ってやる気はさらさら無い。だが、女店員は近藤よりも土方が気になるらしく、何度も意味深長な流し目を送られた。

「近藤さん、適当に決まったら呼んでくれや」

「えええ、一緒に選んでくれよぅ。俺、おにゃのこへのプレゼントなんて、どれを選んだらいいのか分からねぇよ」

「んなもん、適当でいいだろ、適当で」

『どうせ中身は所詮、野郎なんだし』とは、さすがの土方でも、公衆の面前では言えない。

「適当って言ってもぉ。頼むよぉ」

「どんなんでも、おめぇが選んでやったって言えば喜ぶだろ」

「そりゃあ、トシが選んだって知ったら怒るかもしれねぇけど、でもどうせだったらこう、似合ってセンスがイイヤツの方が喜ぶじゃねぇか」

「ホントに欲しいもんだったら、自分で選んで身銭切るだろうが。そんなに気を使ってやるこたぁねぇよ」

「でも、一応、その記念の指輪だし」

「だったら、なおさら自分で選べっ!」

「そんなこと言われてもなぁ。お妙さんに贈りたいと思って指輪を選んだことはあっても、総悟だろ。アイツにどんな指輪が似合うかなんて、考えたことねぇもん」

「その前にアンタ、今のアイツの指のサイズ、知ってンのか?」

『今の』と、わざわざ土方が強調したのは、体の変化に伴って、全体的に彼らの体が華奢になっているのを思い出したからだ。近藤は目を宙にやって「そういえば」とボヤく。

「それに、ペアにしたいんだろ?」

「うん、まぁ、そうだな」

「アンタの指にあう指輪を探すのが先だろ。その太い指だったら、特注になるぞ」

土方が呆れながら、指や手の甲まで毛深いゴリラさながらの近藤の手をしげしげと眺める。ただ太いだけでなく、剣を扱うだけに関節がごつくて、ところどころにタコまである。こんな指にチャラチャラと指輪を填めようだなんて、本当にバカげている。
そんなことを仕向ける女もバカなら、乗せられる男もバカだ。

「ちゃんとしたのは、別に買うンだろ? そんときは総悟と買いに行けや。指のサイズ測ってやったりとか、しなくちゃいけねぇだろ」

「でも、こう、婚約指輪みてぇのぐれぇ、用意してやりてぇし」

「だったらとりあえずこう、鎖で首に下げるのにしたらどうだ? それだったらサイズも気にしなくていいし。そっちの、ちっこいのとか」

「ああ、なるほどな。どれが可愛いかなぁ」

「勝手にしろ」

土方はため息をつくと、指輪売り場を離れた。
自分は、恋人にそんなものを買おうだなんて考えたことが無かった。いや、買ってやろうと思うほど深くなる前に、その機会が失われてたと言うべきだろうか。それも、ただ離れたのではなく、永久に、だ。
ミツバ相手にすら、何か買い与えたことなんか無かった。特に彼女の場合は、形見の品すら無い……いや、篠原のも処分されちまったか。
そんなことをぼんやりと考えていると、無邪気に指輪を選んでいる近藤が羨ましいような、妬ましいような、複雑な気分になった。

ふと、髪飾りが並んでるワゴンが目についた。無造作に並べられているかんざしや髪留めから、なにげなく一個を手に取る。真珠に似た光沢をもつ淡い朱鷺色の土台に、小さな白い花が数輪、象られている。その隣には、鮮やかな向日葵を模した髪留め。

「贈り物ですか?」

別の店員に声をかけられて、そこが隣の店鋪だと気付いた。一応、パーテーションで区切ってはあるが、客が自由に行き来できるようになっている。
「いや、別に」と、土方はその髪留めをワゴンに戻そうとするが、なんとなく気が変わった。

あいつの前髪とかうっとおしいしな。いや、後ろも伸びてきてるし。つか伸ばす気か、邪魔くさい。だったら、こういうのをくれてやっておいてもいいだろう。別に、そんなに高価なものでもないし。

「ああ、まぁ、そんな改まったもんでもねぇがな」

どっちにしようか、一瞬迷った。
まったくイメージの違うデザインではあるが、どちらも似合う気がした。

「おおい、トシ、これなんかどうだ? あれ? トシ?」

一方、近藤は気にいったデザインが見付かったらしい。

「ああ、ここにいたのか。なんだ、おめぇもザキになんか買ってやんのか?」

「ち、ちげーよ。その、あいつの髪がうぜーからよ」

近藤が手元を覗き込もうとするのを隠すように、とっさに片方を店員の手に押し付け「適当に包んでくれ」と言い捨てた。

「んで? どれだって?」

「ああ、そのちょっと少女趣味かもしれねぇが」

近藤は一瞬で土方が選んでいた髪留めのことなど忘れたらしく、相好を崩しながら指輪売り場に引っ張っていくと、金細工に大粒の紅玉をあしらったピンキーリングを指さしてみせた。全体的に派手で華やかなつくりが、いかにも総悟らしい。

「それに七月だしな」

「へっ?」

「これ、誕生石だろ、総悟の」

「そ、そうなのか? さすがトシ。そういうところでマメなのが、女にモテるコツなんだろうなぁ」

「なんだ近藤さん、知らないで選んだのか……じゃあ、アンタの分は色違いで、青玉にしとけや。アンタ九月生まれだろ」

紅玉(ルビー)と青玉(サファイア)は、実は同じ酸化アルミニウムの結晶(鋼玉)で、色によって呼び分けているだけなのだが、土方はそんな豆知識をここで披露する気は無い。

さすがに小遣いで買える値段では収まらず、近藤がクレジットカードを切っている間、土方は先ほどの小物売り場に戻って髪留めの会計をこっそりと済ませ、小さな包みを上着の内ポケットに落とし込んだ。





「総悟、ちょっといいか」

障子の向こうから聞こえたその声に、布団の上に寝そべって雑誌を捲っていた沖田は跳ね起きた。素早く乱れた衿元を調え、寝間着の帯を締め直す。

「へい?」

「なんだ、寝ようとしてたんか」

障子を開けて入ってきた近藤は、その姿にすまなそうな表情になる。

「ごろごろしてただけでさぁ。それよりもどうかしやしたか? あ、茶くらい入れやすから座っててくだせぇ。なぁに、毒なんて盛らねェから安心しなせイ」

フェロモンがどうだの、しっかり式を挙げるまではこうだのと御託宣を並べて、深夜には絶対、沖田の部屋には来ない筈なのに。しかも、どういう風の吹き回しかは分からないが、ここ最近常に携えているガスマスクも持っていない。

「茶はいらねぇから、ちっとここ座ってくんねぇか?」

勧められた座布団に腰を下ろした近藤は、卓の下に放り込んであった別の座布団を引き出して、それを自分の目の前に置く。

「はぁ、何ですかィ」

言われるままに腰を下ろし、きょとんと見上げる沖田の色素の薄い瞳にじっと見つめられた瞬間、せっかくこの数日考え抜いていた言葉全て、一瞬にして消し飛んだ。

「っと。あー。ええと。」

もういい、こうなったら下手なことは言わない方がいい。そう決意して近藤は懐から取り出した小さな小箱を差し出した。

「これ」

ワインレッドのリボンで結ばれた、掌ほどの大きさの真っ白な小箱。

「俺に? 開けてもいいですかイ」

近藤の頭が縦に揺れるのを待って、沖田はリボンを解き、箱を開ける。
その中には、牡丹色の柔らかな紙に包まれた、淡い桜色の陶器のケースが入っていた。ケース蓋には、金のチューリップの絵が描かれている。
一体何が入っているのかと期待に胸を膨らませながら、沖田は蓋をそっと持ち上げた。

「近藤さん、これって」

その中央で輝く紅玉の指輪を眼にした沖田の目が、驚きに見開かれる。

「あぁ、婚約指輪ってぇヤツだ。空手形でおめぇを待たせるのもすまねぇしな。ちゃんとした指輪は、そのうち二人で買いに行くとしても、よ」

照れた様に鼻の頭を掻く近藤の前に、沖田の手が差し出される。

「これ、近藤さんの手で嵌めてくれやせん? ちゃんとした指輪つける練習でさぁ」

いつもと変わらぬスレた口調ではあったが、沖田の頬はほんのりと染まっていた。

「残念ながら、小指用だぜ?」

「ちょ、笑わないでくだせぇ」

「いんや、オメェのそーいう顔も、可愛いなぁと思っただけだ」

自分より二回り近く小さな沖田の手だが、それでも男だった頃に剣を振っていた名残か、やや骨ばっているような感じがする。念のためにと大きいサイズを選んではみたが、ちゃんと入ってくれるだろうか。不安と願いを込めて、ケースの指輪を手に取り、ゆっくりとその指に通していくと、その近藤の祈りが通じたのか、食い込むこともなくすんなりと、沖田の小指の根元まで指輪が到達した。

「ぴったりでさぁ、いつの間に俺の指、測ってったんですかイ?」

「いや、偶然だから」

きつくもなく、かといってくるくると回ってしまうほど緩くもない。
今で男として生きてきたて、そんなものなどつけた経験などないだけに余計に嬉しいのか、あるいは物珍しいのか。光を受けてキラキラと輝く指輪をかざしたり、顔に近付けて覗き込んだりしている沖田の姿が微笑ましくて、近藤も自然と頬が緩む。

「もしサイズが合わないようだったら、首にかけれるように鎖も用意いたんだが。気に入ってくれたか?」

「近藤さんがくれたもんが気にいらねぇなんてこたぁ、ありやせんや。それに偶然なら、なおさら嬉しいなぁ。俺のことしっかりと分かっててくれたってことでやんしょ? それに……ちいと待ってくだせぇ」

放り投げてあったブライダル雑誌を拾い上げるとぱらぱらと捲り、目を輝かせながら近藤に指し示す。

「俺も、コレ見てて誕生石の由来とか知ったんですがね。俺と近藤さんの誕生石って、元は同じ石なんだそうで。それもなんか運命的な感じがしやせん?」

「そ、そうなのか。色々とすげぇな」

「俺も驚いたんでさぁ。なんだろ? こう、今になってすっげぇドキドキしてしてきた。ホントに俺、近藤さんの嫁にしてもらえるんですよね?」

今まで生きてきた『自分』を捨ててまで得ようとして、手に入れたもの。カタチのなかったそれが今まさに、指輪という形で目の前に現れたのだ。そのことに昂り、早鐘を打つ鼓動を押さえるかのように、沖田は己の胸元に手を当てる。

「色々と準備とか仕事とかあるから、ちゃんとした式がいつ挙げてやれっか、分かんねぇけど。もうおめぇは俺の女房だ。これからの人生は、総悟と一緒に居るって決めたからよ。武士に二言はねぇ」

はっきりとそう答えた近藤は、いつものようにぽふ、と沖田の頭に手を載せる。
その手の暖かさは、初めて逢った幼い日からずっと変わらない。思えばあの瞬間から自分はこの人が好きになっていたんだ。あの時はとても高い位置にあった顔が、今はこんなに近くにある。

「近藤さん。もう一つ、俺の頼み聞いちゃくれやせんか? その、ちゅーくらいは、させてもらえやせん?」

今まで意識せずにすらすらと言えたのに、何だか突然照れ臭くなって来るのは何故なのだろう。

「ちゃんと籍入れるまでは駄目って、近藤さんは言ってやしたけど。こんなに傍に居るのに、近藤さんの体温が感じらんねぇってのは、寂しいんでさぁ。ちょっとだけ、触るだけでいいから」

最初は、自分が立てた誓いを破るわけにはいかないと拒否しようとした近藤だったが、沖田のいつにないそんな様子に、躊躇いを覚える。
今まで何年も一緒に居たが、こんな姿は一度も見せたことがなかった。いつでも自分の弱くなったところを見せまいと背を伸ばして立っていたはずの沖田が、本当にオンナノコのように小さくなってしまった気がして、無意識のうちにその体を抱きしめていた。

「近藤さ……」

自分の名前を呼ぼうとした唇に、そっと唇を重ねる。想像していたよりもずっと柔らかなその唇からは、甘い香りがした。

「甘ぇ」

思わず近藤が呟いた言葉に、腕の中の沖田が恥ずかしそうに笑う。

「だって近藤さんとちゅーしたときに、ガサガサの唇じゃ嫌がられちまうと思って、今からメンテしてたんでさぁ。ほら『ハニー大作戦』ってやつですぜイ」

「そりゃずいぶんと可愛い作戦だな。とにかく、期限はちゃんと切ってやれねぇけど、辛抱しててくれっか?」

こくりと頷いて、沖田は自分から近藤の腕の中から抜け出した。

「本当はもっと取り立ててやりてぇけど、我慢しまさぁ。今夜はこれだけで、すっげぇ満足だ。あ、そーいや近藤さん、サイズがあわねぇ時に備えて鎖も買ってくれたって言ってやしたけど、それも貰えやせんか? 指に付けてられねぇ時でも、一瞬でも離したくねぇって思って」

「あぁ、そんならこのケースに入ってっからよ、好きに付けろや」

蔦を模したデザインの細い鎖だった。

「ちゃんと嫁さんになれる日まで離しやせん」

カタチはなくとも、今際の際まで解けることのないであろう婚姻という名の鎖。この金の鎖の端は、それに続いているのだと幸せを噛み締めていると「よしよし、イイコだ」と、近藤の手にわしゃわしゃと頭を撫でられた。
子ども扱いしないでくだせぇと、わざと膨れて見せると、またさらにもみくちゃに撫でられる。

「今夜はいい夢が見られそうでさぁ」

近藤が帰って一人部屋に残されても、沖田はいつまでも嬉しそうに指輪を見つめ続けていた。





【後書き】もう半ばライフワーク状態になっています、にょたシリーズ。今年こそ終わらせるつもりだったのに、オカシイなぁ(苦笑)。
とりあえず、お正月更新ということで、今回、出来上がっている分だけでもアップさせて頂きました。

追記。山崎の誕生日に合わせてアップする際【12】【13】話を1月には更新していたのを忘れて、大幅に加筆修正してしまいました。前回の校正は甘かったという自覚があったので、別にいいんですが……えらく労力を無駄にした気分。
初出:2009年01月01日
改定:同年02月06日

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