Nicotiana【9】


それからの山崎は、メシと風呂の時、そして土方がいつ様子を見にひょっこり現れるか分からない夕方以降はなるべく沖田と一緒に居たが、それ以外の時は十番隊の詰め所の片隅にいることが多くなった。
大部屋が、隊士らの寝泊まりする『私室』であるなら、詰め所は、書類仕事や待機場として使われる『職場』だ。十番隊の隊士らは隊長の原田の躾が行き届いているのか、あるいは原田の友人として一目置いているせいなのか、山崎が勝手に捜査ファイルを引っ張り出そうと原田の端末を触ろうと、文句を言わないどころか「棚、手が届かないなら取りますよ」「コーヒー飲みます?」とまで言ってくれる。
山崎の身体の異変についても気付いているのか、いないのか、誰ひとりそれに触れる者は居なかった。

「ううっ、なんかこう、人の情けが身に沁みるゥ、マジ、助かるっス!」

思わず山崎がそうボヤいてしまうのは、職務柄、単独捜査が多くて誰かに助けてもらうことに慣れていないせいだろう。言われた側の隊士は「は……はぁ、そ、そうスか? いやこれぐらいフツーじゃ……」と、困惑するばかりであった。

「すンません、その、原田さん。皆さんにも、ここまでしてもらって」

「なぁに、ザキちゃんのためならお安いご用さ。なんだったら、ずっとうちに居ていいんだぜ」

山崎が近くに居て安心できるせいなのか、原田の機嫌は上々だ。
クスッと笑いながら「ずっとって……なんかソレ、プロポーズみたいな言い方っすね」と答えると、剃り上げた頭のてっぺんまで湯で上がったタコのようにみるみる赤くなってしまう。

「いや、そ、そんなつもりじゃねぇんだがな……あと、これ、うちの隊の子がまとめたレポート。本職の監察方から見たらチャチなもんかもしれねぇが、良かったら使ってやってくれや」

山崎が恐縮しながらそのファイルを受け取ろうとすると、すっと割って入った十番隊副隊長の瀬尾が「それ、副長にも提出しなくてはいけませんよ。写しを取りますから、それを渡してやってください」と、原田の手に己の手を添えるようにして、遮った。

「あのトーヘンボクに、報告なんざしなくていい」

「そういう訳にはいかないでしょう。あと、先日の聞き込みの結果も、ちゃんと報告しないといけませんよ」

「うっせぇなぁ、分かってるっつーの」

「本当ですか? 隊長、そんなこと言って、こないだも……」

その痴話喧嘩のようなやり取りを微笑ましく眺めているうちに、山崎はふと寂しくなる。
十番隊は皆優しくて親切でとても居心地がいいが、いくら『ずっと居ていい』と言われようとも、たとえ環境や労働条件が劣悪であろうとも、やはり副長の隣に居て、ああいうふうに副長を支えて働きたい。

先ほどのレポートのコピーをパラパラとめくっていると、平松不兵衛の名を見付けて、山崎の手が止まった。
土方も『くさい』と見て、資料を集めていた商人の名だ。

「いくつか候補はあったけど、やっぱりコイツに近づいて探るのが一番みたいだな……女中にでもなりきろうかな。いや、新人にそう簡単に秘密の仕事を明かしたりはしてくれないか。そうなると数カ月単位の潜入捜査になるな。短時間で勝負をかけるとなると……」

ブツブツ呟いていると、具合でも悪いと思ったのか、瀬尾が「大丈夫?」と背中を撫でてきた。山崎は顔を上げると瀬尾の問いには答えず、代わりに「あの、取り寄せて欲しいものがあるんですが、お願いできますか?」と尋ねていた。





料亭・梅屋は、都会の喧噪からはやや離れたところに在る。ゆったりとした座敷に、深い竹林と鹿威しのある池がいかにも風流な庭園、床の間に飾られている掛け軸や壷まで超一流。さらにテレビや雑誌の取材は断り、一見の客を基本的に取らないために、江戸でも「知る人ぞ知る」という隠れ家的な名店だ。
だが、その日に限っては火を吹くような慌ただしさであった。平松屋の主人が座敷を借り切ったのだが、その接待相手というのが女将の想定していた人数よりも遥かに多く、客筋も芳しくなかった。
自慢の上品で手の込んだ懐石を、味わいもせずに貪り食ってはビールで流し込みやがる。うちは大衆居酒屋ではないと喚きたいところであったが、残念ながら大旦那に『うちの上得意客だから、くれぐれも粗相がないように』と命じられている。

「アンタ、見ない顔だね。こんな地味な子、ウチにいたかしら。新人? ともかく、いいからお座敷に出て」

座敷から戻ってきた女将は、控えの間に芸妓が居るのを見かけると、よほど人手が足りなかったのか、相手の面体も確かめずにそう言って座敷を指さした。

「小唄も踊りも要らないヨ。あいつらに江戸の粋を見せても、分かりャしないサ。適当にお酌でもしてやりゃいいから」

「はい」

「ほれ、ついでにこれも持って行って」

酒瓶を3本ほど押し付けると、女将はバタバタと台所まで駆けていった。板前に「さっきお客が注文した料理、まだなのかえ、お待ちなんだよ」と威勢良く怒鳴りつけている。

その芸妓は女将が出て行くのをも見送ると、口許だけで笑った。うまくドサクサに紛れて潜入することができたようだ……そう、その芸妓は変装した山崎であった。
さっそく座敷の前までしずしずと酒瓶を載せた盆を持って歩き、障子の前に膝をついて「入咲といいます、お酒をお持ちしました」と、偽名を使って声をかけると「おう、入って来い」という声が返って来た。
この向こうに武器商人・平松不兵衛がいるのか。山崎は、重いカツラがずれていないかとこめかみの辺りを軽く指でなぞった。何しろ第一印象が重要だ。最初に違和感を与えてしまえば、いくら取り繕おうとも「やはりアイツは怪しい」と疑われてしまう。逆に言うと、以前からそこに居たかのように周囲に溶け込み、あるいは極自然に相手の懐に入ってしまえば、その後に多少おかしなことがあってもバレにくいものだ。化け調のエキスパートと言われてはいるが、何度経験しても(いや、経験を重ねているからこそ)、この瞬間だけは緊張する。
やがて深呼吸して覚悟を決めると、正座のままカラリと障子を開けた。まずは作法通りに両手を畳について、深々とお辞儀をする。

「礼なんざいい。早く酒を持って来い。地球の酒は確かに美味いが、酔いが冷めるのがちと早い」

地球の?
ハッとして顔をあげるが、上座にいる男は、一見、普通の人間とあまり変わらない姿をしていた。衣類も着物だし、ちょんまげだって結ってる。だが、髪や目の色も色素が薄く、その赤ら顔は明らかに江戸の者とは異なる骨相をしていた。見回せば、座敷にいる客も、地球人と天人が半々ぐらいの割合だ。

確かにアヤシイとは踏んでいたが、まさに平松屋と宇宙海賊・回鍋肉の会食だったとは。

今この場に踏み込めば一網打尽だったろうにと内心歯嚼みをしながらも、山崎は表情筋をフルに駆使して、できるだけ自然な笑みを作ってみせた。





「芸者だぁ!?」

原田が喚いて副隊長の瀬尾の胸倉を掴むが、瀬尾はシレッとした表情で「ええ、芸者です。貸し衣裳屋から、つぶし島田の髷に、白い丈長と銀の水引をかけたカツラを借りてきましたから」と答えていた。

「なんだって、そんな格好で……万が一、ナンかあったらどうするんだ!」

「ナンかあったところで、女なんですから正体がバレることはありませんよ。真選組隊士は皆、男なんですから」

「そういう論点じゃないっ!」

「じゃあどういう論点なんですか? 潜入捜査だとバレずに調査できるんだから、結構なことじゃないですか」

「そうじゃなくて……その、芸者ってことはその、ヘタすると平松の野郎に手出しされるかもしれないってことで……」

「ああ、なるほど。お座敷じゃなくて枕芸者なら、もっと突っ込んだ話を聞けたかも知れませんねぇ。残念ながら酌人です。ま、なんかされたところで、どうせ処女じゃないんでしょう?」

「てめっ……!」

カッとして、思わず拳が出ていた。
瀬尾の身体が吹っ飛んで、卓子にぶつかる。その上に積み上げられていた書類がブァッと紙吹雪のように舞い飛んだ。

「なんで止めなかったんだ! あいつになんかあったら……」

「あったら、なんです? 副長に顔向けできない? それとも妬ける?」

「なっ……もう一発殴られたいみてぇだ、てめぇ」

「ここが、あの人の正念場なんですよ」

瀬尾がペッと折れた歯を吐き出し、血まみれの口許を手の甲で拭う。

「ここで引き止められてしまっては、副長に実力を見せつけられないでしょう。危ない橋だからこそ、渡って成果をみせたいと考えているんです」

「だからって」

「いくら身体は変わったとはいえ、いみじくも監察筆頭なんですから、ここで敵にバレてヘマをするような腕でもないでしょう。少しは信頼したらどうです? それとも、成功して、副長に認められて……副長の元に戻ってしまうのが、お嫌ですか?」

原田は、自分が意識したこともない……だが、言われてみれば図星かもしれない瀬尾の指摘に、どう返していいものか分からず、真っ赤になって口をぱくぱくさせるしかなかった。十番隊の隊士らは、上司の喧嘩を固唾を飲んで見守っている。次、どちらかが拳を振り上げれば、羽交い締めにしてでも止めるつもりなのだ。

「分かった……あいつの手助けをしてやってくれと、確かにおめぇらにも頼んだしな……じゃあ、その作戦で俺が何か手助けしてやれることはあるか?」

「手回しは済んでます。あなたは、何もしないことです」

瀬尾は隊服のホコリを軽く叩いて払いながら、そう言ってのけた。

「十番隊の、しかも隊長まで動いていたと知れたら、あの人の功績になりません。結果も、うちを通さずに直接、副長に伝えてもらいましょう」

「あ……ああ。分かった。カッとしてすまなかった」

「いいえ、気にしてませんよ。それよりも、そろそろ夜回りの準備をしておかなくてはいけないんじゃないですか? 身支度なさるんでしたら、おつむりもついでに剃ってあげますよ」

瀬尾が口許を手の甲で拭うと、にっこりと笑ってみせた。





女将がてんてこ舞いしたのも道理、彼らはよく食べよく飲み、そして酔いのままに刀を抜いて暴れては、畳や壁を壊していた。山崎も他の酌人に混じって忙しく酒を注いで回る。会話に耳をそばだててもみたが、あちらの言葉とこちらの言葉がちゃんぽんになっているらしく、内容が聞き取りづらかった。

「おい、そこの女。こっちに来て酌をせい」

そこの女とはどの女を指しているのか。他の芸妓らは平松の異形が怖いのか一瞬、顔を見合わせて躊躇した。これはいい機会だと、山崎はするすると平松に楚々と近寄って、傍に座ってやった。

「儂が怖くないのか」

山崎がにっこり笑って頷くと、平松は上機嫌で何杯も銚子を開けた。
酒には強いと豪語しているだけあって、平松はいくら飲んでも潰れる気配がない。このままでは埒があかないと、こっそり目薬なんぞを混ぜたのを何杯も飲ませて、ようやく平松の目つきがポワンとしてきた。

「わしらが儲かるには、適当に物騒な世の中の方がいいのさ。だから、今回の天宙組には期待している。回鍋肉と渡りをつけてやるから、大いに江戸を騒がせてくれとな」

多少は酔ったせいなのか、ようやくそんな事を口走る。山崎は『よっしゃ、かかった』と思ったが、それはおくびには出さず「ご自分の懐のために、江戸を? 怖いお方」などと、怯えたように答えてみせた。もちろん、男の自尊心をくすぐって、より口を滑らかにさせるためだ。
日頃の会話はテンションの高い江戸弁を用いる山崎だが、今回はなるべくお淑やかな女性を演出すべく、わざとはんなりとした西国の言葉を使った。単に女を装おうなら、東国にも女房言葉、郭言葉、山の手言葉などがあるが、そこいらは平松も酒席で聞き慣れているだろうから、下手に使えば違和感を感じられる危険がある。なによりも山崎のお里の訛りだから、違和感を与えないに違いない……などと、考えたのは一瞬のこと。
そんな理屈をつけずとも、ゲイシャガールが西国の言葉を使うのは、ごく一般的なことだ。

「怖いかね? だがこれが経済ってもんさ。攘夷戦争の頃は、今以上に儲かったぞ。幕府側も倒幕側も、こぞって武器を買ったからな」

案の定、平松は何の疑問も持たずに会話を続けていた。

「でも、そう簡単にいきますやろか? 今は、江戸には真選組が目を光らせてます」

「なぁに、あんな犬ども屁でもない」

「でも、真選組には、あの鬼の副長・土方十四郎がいますえ」

ついついそう言い募ってしまうのは、この期に及んでついつい土方の自慢をしたくなる、いわば女の見栄のようなものだろうか。

「ああ、最近、周囲を嗅ぎ廻っているようだな、幕府の狗めが。近々手入れがあるらしいが、なぁに、あいつらが今必死で追いかけているのは囮さ」

なにげなくそう呟いた平松の言葉に『既に気取られているのか』と、思わず山崎の血の気が引く。

「どうした、顔色が悪い」

「いえ、うち、その……もう探られているということは、平松はんが捕まってしまうのではないかと、心配で」

とっさにしては、うまい嘘が出て来たものだ。平松は呵々と笑うと「なぁに、絶対にわしは捕まらんよ」と言って、山崎の腰に手を伸ばすと、抱き寄せて膝に座らせた。

「うち、枕芸者やない」

着物越しとはいえ、土方以外の男に身体を触られているという嫌悪感が唐突にこみ上げてきて、思わずそう口走っていた。背中から腕まで、寒気のようなものを感じて、肌が粟立つ。着物の袖をめくれば、本当に腕に鳥肌が立っているのが見えたかも知れない。だが、平松はそれを女の恥じらいと解釈したのか、尚も畳み掛けるように背中に回した腕で抱き寄せると、その耳元に「入咲とやら、気に入った」と息を吹き込むように囁いた。

「今度は、わしの屋形に来るといい。わしの屋形は……」

そこで言葉を区切ると、平松は天井を指さした。

「上? まさか……飛行船?!」

空中にある天人の飛行船は『治外法権』だ。
ここまで突き止めておいて、また幕府上層部の弱腰によって、捜査の中止を命じられるのか。だが、せめて地上に降りてくる機会があれば。
一度江戸の土地に降り立てば、そこは真選組の管轄だ。

「船の名は『赤羽丸』だ。いつでも遊びに来るといい。空から見下ろす江戸はちっぽけで、気分がいいぞ」



ち。このスケベ天人め、ベタベタ触りやがって。地上に降りたら、一網打尽にしてやるからな。副長にも言い付けて、ナマスに刻んでもらうからな……という内心は隠して、にっこりと「まぁ、それは楽しみどすえ」と答える。
そして、すっかりデキあがっている酔漢が「オーイ、誰か踊りでもやれ」と、喚いている声に「はーい、入咲、ミントンの舞いしまーす」と大声で答えて、いい頃合とばかりに膝から滑り降りたものだ。 適当に騒ぎながら、どうやってこの座敷から抜けるかを考えよう。
料亭からの脱出はくれぐれも御自身で、と瀬尾に釘を刺されている。もちろん、数町離れてから電話をすれば、市中見回り中の十番隊隊士が覆面パトカーで迎えに来てくれるはずだが。






「風呂の番だとぉ?」

これから大捕り物だというのに、大将がその調子でどうする……と、土方はがっくりと肩を落とした。

「あー……だって、こいつらが風呂に入ってる間、誰かに見つかったりとかしねーように、誰かが見張っててやんねーといけないじゃんか」

平然とナイト気分で言い切るあたり、近藤もすっかりこの日課に馴染んでしまっているらしい。そして、土方も基本的に、近藤と沖田にだけは何かと甘い。
「ち。これだから女子供は……」と言いつつも、無理矢理近藤を引きずり出そうとはしなかった。

「じゃあ、近藤さんはせめて連絡がつくように、無線機を持っててくれ」

「携帯じゃダメなのか?」

「湿気で、携帯がダメになってもいいんだったらな」

なるほど確かに、脱衣所はじっとりと肌が濡れてくるほど湿気が高い。

「周波数は、いつものでいいんだな、トシ」

「アンタがラジオ聴くだの盗聴するだのに使わなけりゃ、そんなもん調節する必要ねぇんだがな……アイツら、もう風呂か?」

「ああ、おにゃのこはやっぱり風呂が長いんだな」

「んなもん知るか。男も女も、洗う表面積はそう変わらねぇだろうがよ。単に、てめぇらの身体が珍しくて弄り回してんだろ。なんせ頭ン中身は男のままだからな」

「トシ、その言い方、やらしい」

「バカか、アンタは……じゃあ、行ってくる」

土方はため息をつくと、くるりと踵を返して出ていった。





「今、副長の声してなかったっすか?」

山崎は髪の毛をわしわしと揉み洗いしていたが、ふと、そんなことを言い出した。

「さぁ? 確かに人の声はしていたみてぇだが……誰かが入ろうとして、止められてたんじゃねぇんですかイ?」

沖田は湯船に浸かって、ついでに黄色いアヒルの玩具を大量に浮かべて遊んでいる。屯所の風呂は大人数で入れる仕様なので、ふたりきりで使うには広すぎるのだ。男であった頃から、残業で遅くなって一人残り湯を使っていた(それどころか風呂に入ってないことに気づいてもらえず、湯船の栓を抜かれていることすら、過去にはしばしばあった)山崎は、これぐらい慣れっこなのだが、沖田は落ち着かないのだろう。

「お湯かけてやろかイ」

「あー……すみません。でも、俺、副長の声だったら絶対に間違えないって自信あるんすけどねぇ」

「そうけぇ?」

ちょこちょこと桶を持って近寄ってきた女体を見て、山崎は複雑な気分になった。
「マジ、いい身体してやがんのな」という、男だった頃の野次馬根性やスケベ心だけではなく、あれぐらいオッパイがあったらいいのになという羨望や、いやいや土方さんの守備範囲外のサイズだから関係ないやいという開き直りなど、乙女心に似たものが自分の感情の中に混ざり始めている。そして、いつか女になりきって、それを自覚することすらできなくなるのだろうか、という不安。

「沖田さん、俺の身体見て、どう思います?」

試しに尋ねてみたが、言葉があまりに足りなかったせいか、沖田はキョトンとしていた。

「は? まぁ、かわいいサイズだとは思いやすけどねイ。でも、使えるんなら、いいんじゃねぇですかイ?」

「つ、使えるって……そんな言い方っ」

「だって俺、まだ試運転してねぇから」

「ちょっ! 試運転って何っ!? てゆーか、その試運転って、誰を使う気? 冗談じゃないよっ! ひとの旦那に色目使わないで、ちゃんと局長に迫ってくださいねっ!」

すっかり話が逸れてしまったが、それほど重大なことでもないと思えたので、山崎もあえて軌道修正はしなかった。

「だぁって、あの防毒マスクのせいで、俺ァ、ちゅーもできねぇんですぜイ!」

そう言うと、沖田は悔し紛れも兼ねて、桶の湯を山崎の頭にぶっかけた。




髪を流して、ついでに『オンナ同士』で仲良く背中を擦りあっこした後、再びアヒルだらけの湯船に浸かる。

「うー極楽極楽」

「そういえば土方コノヤロー達は今夜、大捕り物っていてやしたね。ご苦労なこった。ざまぁみろ、だ」

「はっ!?」

山崎はそんな話など聞いていない。

「大捕り物って……何?」

「なんて言ってやしたけっけねぇ。えーっと、天宙組?」

山崎の顔が青ざめた。




(ああ、最近、嗅ぎ廻っているようだな。近々手入れがあるらしいが、なぁに、あいつらが今必死で追いかけているのは囮さ)




得意げにそう言い放った平松不兵衛の青いぬらぬらした目が思い出される。今もその視線に全身を撫で回されているようで、肌が粟立った。

「俺、上がりますっ!」

「へぇ? しっかり温まらねぇと湯冷めしやすぜ?」

沖田がキョトンと山崎を見上げる。その巨乳は、アヒルと一緒になってぽかんと湯舟に浮かんでいた。



初出:2008年02月06日
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