Nicotiana【8】
空が白んで来た頃にようやく睡魔が訪れたらしく、ふと気付くと土方は呆れ顔の近藤に揺り起こされていた。
「うぉーい、トシよ。とっくに勤務時間だぞ。おめぇら、朝飯にも来ねぇから、どうしたんかと思えば」
「ああ、済まねぇ。んだ、もう……巳の刻(午前10時)近いのか」
ふらつく頭を片手で支えながら起き上がり、寝巻きから隊服に着替えながら、ふと気付く。
「おめぇら……? 近藤さん、今、そう言ったな。山崎も居なかったのか」
「ああ、そうだな。総悟の飯は部屋に運んでやったんだが……ザキはどこにいるもんだか」
「いねぇだと!? あのバカ、一体どこをほっつきあるって……ただじゃおかねぇ!」
カッとした土方は、スカーフもまともに絞めぬまま、あっけにとられている近藤をおきざりにして、そのまま部屋を飛び出していた。
もちろん、一夜明けたからといって、何が進展したわけでもないのだから、アテもなく闇雲に探すしかないのだが。ここは癪だが、ひとつ頭を下げて原田にでも協力を要請すべきかもしれない。まぁ、これで原田が連れ帰って匿っていたというのなら、それはそれで結構なことだし。
そう考えながら渡り廊下を歩いていたら「どうしてダメなんですかぁ! 事実を究明しなくちゃでしょうがぁ!」と喚いている甲高い声に気付いた。それに対して、丘が何か説き伏せているらしい。その内容はよく聞き取れないまでも、ほとほと手を焼いているらしい声色なのは分かる。
まぁた何をやらかしたんだかと、微笑ましく通り過ぎようとした土方だったが「山崎さんがあんなところに隠れて……」という言葉が聞こえて来たので、思わず立ち止まった。
「オイ、叶……山崎のねぐら、知ってやがんのか?」
そういうなり、土方は障子を開く。
「はーい、昨日、発見しましたァ!」
丘に絞り上げられていた叶は、渡りに船とばかりに元気良くそう告げると「御案内しますよぉ!」と、土方に飛びつく。
叶が先導し、丘が苦笑しながらついて来た北館の物置は、残念ながら藻抜けの殻であった。しかし、戸板に貼られているガムテープは真新しいし、蓆には誰かが寝ていた形跡が残っている。隅に置いてある行李を開けると見覚えのある私服が詰まっていた。
「あのバカザキ……どこにいやがる」
「んーっ……どこでしょうねぇ。屯所の中には、電波がないですぅ」
本当におっぱいが電波を出すのなら、山崎よりも沖田の方が強力に放電していそうなものだが、そこの辺りは叶の受信機の方にも色々と事情があるのだろう。
「屯所の外だっつーのか」
外にいるのなら……と、土方は思い出したように、スラックスの尻ポケットから携帯電話を取り出した。だが、石壁に囲まれているせいか、ディスプレイの電波アンテナはほとんど立っていない。
「おぱーいに挟むと立ちますです」
「俺にンな便利なもんねーよ。男はどうしたらいいんだ」
「玉袋で挟むんでしょうかねぇ」
こんな尾篭な話題に、まさか丘が割り込むとは思っていなかったので、土方はもちろん、叶まで唖然としている。だが、丘のような人間が真顔で言うと、なぜか真実味を帯びているような気がしてくるから不思議だ。
「よし。叶、ズボン脱げ」
「嫌ですぅ」
「ち、役に立たねぇやつめ」
玉袋を諦め、小さな採光窓に体をすり寄せると、辛うじてアンテナが1本立って架電することができた。しかし、相変わらず『電源が入っていません』というアナウンスが流れるばかりだ。
確かに、屯所の中に居るより、外に居た方が安全だとは言っておいてあるが、音信不通で出歩いていいとは言っていない。いや、潜入捜査中だというのなら、こちらからの電話に出れないということもあり得るのだが、その場合だって、向こうからはこまめにかけるように伝えてある。
大体、あいつには『総悟が余計なことしねぇように、きっちり様子みとけよ』と言ってあった筈だ。
戻って来たら、シメてやる。
「叶、案内、ご苦労だった。隊務に戻れ。丘さん、コイツ連れて帰ってくれるか?」
昨日の今日だけに納戸に戻るのは躊躇われたが、確実に人が来ないだろうと思われる場所は土蔵くらいしかなく……なんとなくあそこだけは近づきたくないのと、他に思いつく場所もなかったので、周囲に気を配りながら戻ってきた。
『昨夜土方さんが探してましたぜ? おめぇどこに隠れてやがんだ?』
この身体になってしまってからの日課……近藤に番をしてもらっての沖田との入浴中にそう尋ねられた。
『土方さんはおめぇが俺んとこに泊り込んでると思ってたようだけどよ。俺ぁ、てっきりまた副長室の控えの間にでも居座ってると思ってたぜ?』
それには笑って誤魔化し、沖田もそれ以上を尋ねることはなかった。
本気で次の隠れ家探さないとなぁ……そう思いながら辺りを見回して、誰の気配もないのを確かめて補修した板戸を開けると、中からつっかい棒をして、これで多分一安心だろうと胸をなでおろす。
今夜はとりあえず、今日見てきたものに対してのメモをまとめながら、次の段階を考えることにしよう。
仕事柄夜目の利く山崎だが、採光窓からの星明かりだけでは薄暗いと感じ、天井からぶら下げてある裸電球に手を伸ばす。ソケットのスイッチを捻って向き直った瞬間。
「……随分とかくれんぼが巧くなったなぁ、山崎」
蒲団代わりの蓆の上に胡坐をかいた土方が、そこにいた。
「げっ……!!」
普段あんだけ目立つ癖に、なんだって今に限って黙って座ってやがるんだ。ってか、真っ暗な中、ずーっとここに居たのかこの人っ!!
「こんな時間まで、どこで遊んでやがったんだ」
反射的に逃げ出そうと一歩後ろに下がるのと、立ち上がった土方がその山崎の腕を掴むのとでは、土方のほうが早かった。
それでも振りほどいて逃げようとするのを腕力に任せて引き寄せて、声が上がりかけた口元を押さえつける
「んーーっ、んーーーっっ!!」
「るせぇ、騒ぐな」
騒ぐも何も、口を押さえられたままでは「んーっ」という声しか出すことができず、そのままずるずると引きずられるように壁際に連行される。
「こんなとこで、何を平八みたいにじっと座ってんですか!!」
「それはこっちの台詞だ。姿が見えねぇと思ったら、こんなところに隠れてやがったとはな」
「なんで、ここが分かったんですか。叶が口割ったんですか?」
「さぁな。てめぇには色々と聞きたいことがあるんだよ」
「俺も、副長に聞きたいことが」
「俺ぁテメェに沖田を見張ってろって言った筈だよな? なのに一日ほっつき歩いてやがって……どこに行ってたんだ?」
「沖田さんのナベシャツ探しに行ってたんです」
「んだぁ、ナベシャツって」
「おぱーいを押さえつけて、目立たなくさせるための下着ですよ。おナベさんとかが着る、コルセットみたいな……沖田さんがあのままだと運動不足になっちゃうでしょ。昨日みたいに無駄にサカるのも、少しは健康的に発散させるといいんですよ………………多分」
「それでこんな時間か」
「だって、おナベさんとかって、夜のお仕事の人ですよ。尋ねようにも生活時間帯がズレてるんですから、仕方ないじゃないですか」
「てめぇが出歩いてたのは夜だけじゃねぇだろ。昼間からだろうが」
「あれ、もしかして心配してくれました?」
「するか、ボケ!」
「ちょっとくらい心配してくれたって良いんじゃないですか」
「おぅ、だから心配してテメェがどこをほっつき歩いてたか、聞いてやってんじゃねぇか」
……そして質問が振り出しに戻るわけである。
「だから買い物だって言ってんじゃないですか。ねぇ、俺も聞いていいですか」
「あん?」
「俺の服に、なんかしました」
その問いにほんの一瞬、土方の視線が動いたのを山崎は見逃さなかった。 自分の考えは間違っていなかったようであるが、それで『ハイそうです』と土方が素直に認めるはずもない。
「知るか。先に聞いてんのは俺だろうが」
「だったら、俺の質問に答えてくださいよ」
お互いそれぞれ大なり小なりやましい部分があるだけにどちらも譲らず、しばし互いの様子を探り合うかのような沈黙が続く。
「そんなに言いたくねぇなら……違う方法で聞かせて貰おうか」
先に動いたのは、土方のほうだった。
えっ? と聞き直す間もなく肩をぐいと押され、突然山崎の視界に移るものが薄暗い天井に変わる。
「容疑者が素直に吐かねぇ時は……身体に聞くのがセオリーだろ?」
「ちょ、ちょっとまってぇぇぇぇっ」
唇の端を上げて笑うその表情にこの上司が何を考えているか瞬時に悟り、その体を押し返そうとするも「騒ぐと他の連中におめぇがここに隠れてんのバレっぞ」と呟かれ、一瞬抵抗をやめてしまう。
当然ながらその瞬間を逃すような土方ではない。小柄な身体に覆いかぶさりながら、山崎の両手をまとめて片手で易々と押さえつける。
「……セーアツ完了」
「セクハラですうううううう!」
くすくすと笑うように耳元に囁かれたその言葉に、まだ自由の利く脚をばたつかせれば浴衣の裾が大きくまくれ上がり、白い太腿が露わになる。
「お前、自分で自分を追い込んで楽しいか」
「楽しくないですっ!!」
叫び返した瞬間、太腿に触れた土方の手の感触にドキリと心臓が跳ね上がる。
いや……違う、この感覚はそれだけじゃない。触れられた場所だけでなく、身体の奥から熱がこみ上げて来るこの感覚は……素女丹の薬効の催淫効果によるものだ。
男の身体ならばちょっとそのあたりで処理してくることも出来るが、女の身体ではそうは行かない。土方は山崎がサカっていないのは『慣れ』と思っているようだが、実際のところは相当な努力でその衝動を押さえつけていた。
昨日の沖田ではないが、自分から押し倒して搾り取りたいくらいなのを我慢していたのに、その対象に触れられたら平気でいられるわけもない。
「ちょっ……駄目ですっっ」
ゆっくりと撫で上げてくるその手の感触だけで息が上がり、腰の辺りからゾクゾクとしたものが駆け上がってくる。
「駄目だぁ? その割にずいぶんと息が荒いじゃねぇか」
指摘されたことで、カッと山崎の頬に朱が差す。
違います、と否定したくとも自分の意思と関係なく昂ぶっていく身体。嫌なわけじゃない……かといって正直に強請るような真似はしたくない。
「な、何かするのはご自由ってか、大歓迎ですけど、喃語しか喋れなくなりますから……っ」
どうにか思いついた反論も「期待してやがんのか、おめぇ」と、ばっさり切り捨てられ「そんなことないですっ!!」と否定の言葉を口にしたものの、ここまで来てその先を期待していないわけではない。
足の付け根まで撫で上げた土方の手が、不意に止まる。
「なんだ……? んなもん履いてヤる気満々だったんじゃねぇのか?」
山崎の下腹部を覆っている下着は肌色のシンプルなデザインのものだが、足繰りの部分が大きい……いわゆるハイレグタイプのものだった。沖田の買い物をしに行ったついでに、脚がさばきやすそうだと思って購入してきたものだったが、自分の意図とは別のことを言われて、一瞬言葉に詰まる。
「違いますぅ、これは動きやすいようにって」
「けっ。こんなもん履いてたら、ヤってくれって言ってるようなもんだぜ」
下着の縁を伝う土方の指先が感じる場所に触れたのか、山崎の身体がぴくりと跳ね「あっ……」と小さな吐息が漏れた。
「くっそ……」
堪えられずに出てしまった声に舌打ちする。
「なんだ、文句でもあんのか」
「……人がどんだけ頑張って我慢してたと思ってんですか」
「ならいいじゃねぇか」
布越しにその下の熱を確かめるように亀裂をなぞり、さらに焦らすようにその周囲を撫で回されて、山崎は頭を左右に振りながら唇を噛んで、声を押し殺す。
「嫌か? 嫌じゃねぇだろ……こうしても分かるぐれぇ、こんなに熱くして、嫌もへったくれもねぇもんだ。もっとヨくして欲しいんなら……てめぇが今日どこで何をしていたのか、きっちり話してみろ」
いつもよりもトーンを落とした低い声で耳元に囁かれ、ぞくっと全身が粟立つ。
「……本当です……買い物……してただけです……ぅっ やぁぁっ!!」
熱くなった花芯を摺りあげられて耐えられず、ついに嬌声を上げると、ククッと土方が喉の奥で笑う。その声にもまた身体の奥が疼き、本当のことを話してその先を強請りたくなるが、それをしてしまっては自分の計画が意味を成さなくなる。なんとしても、この場を切り抜けなくては……。
「……まぁ、てめぇがそう簡単に口割るとも思っちゃいねぇけどな。こんぐれぇで口割るようじゃ、監察筆頭名乗れねぇよな」
弄っていた場所がしっとりと湿り気を帯びてきたのを感じ、逃れようと身をよじらせる手を押さえ直す。下着の脇から指を中へと滑り込ませてその源に直接触れた瞬間、山崎の口から『いやぁ……っ』と悲鳴のような声が漏れた。
下着越しの刺激だけでなく今まで耐えていた分もあってか、蜜を吹きこぼしているその口の辺りで軽く指を動かすと、くちゅくちゅと濡れた音を立てる。
「嫌、じゃねぇだろ? こんなにしてやがって」
たっぶりとその蜜を絡ませた指を沈み込ませ、内側を探るように動かす。
「痛……ぃっ……んぅ……」
以前女の身体になった時同様、今回も未発達なのか、指一本だけにもかかわらず飲み込まされた指を締め上げ、痛みを訴える。だが、同時に土方の言葉通り違う感覚……痛みだけではなく、指を抜き差しされる毎に溢れ、そこから広がっていく鈍い言葉に出来ない感覚……も、こみ上げてくる。
「いつまで経ってもキツいままけぇ……ちっとは慣れてみろや」
半分まで指を引き抜き、花芯に当てた拇指を支点にして、掻き回すかのように左右に動かす。
「んぁあぁぁっ!! 何か……ク……るぅぅっ!!」
敏感になっている場所を攻められ、強すぎる感覚に腰を引いて逃げようとするのを押さえつけて更に追い上げていく。高い声を上げ、ビクッと一際大きくその体が爆ぜたと思うと、くたり……と力が抜ける。
「なんだ、指一本でイきやがったのか?」
引き抜いた指に絡む液体をぺろりとなめ取りながら、土方が呟く。
「そんなこと言われたって」
自分の意思とは別に体が勝手に……などと言う訳にもいかず、ようやく解放された己の手で、山崎は火照った自分の顔を覆い隠す。
「一人で気イやりやがって……俺のはどうしてくれんだ?」
太腿に押し当てられた熱い感触に上体を起こすと、引き寄せられるように土方の脚の間に身体を倒し、着流しの裾を割り、下着越しに昂ぶったソレに口付ける。
「……口でシてくれるのか?」
それには答えず、下着を引き下ろす。勢いよく飛び出してきたソレを両手でそっと壊れ物を扱うかのように包み込み、その先端に吸い付く。
自分だって男だったのだから……それ以上に何度も土方のソレを口で愛撫したことがあるだけに、どこをどうしたら彼が悦んでくれるかはよく分かっている。
幹の根本からゆっくりと舐め上げ、先端まで戻ってくると鈴口から滲み出してくる汁をちゅっ、と音を立てて吸い上げる。
ちらりと上目遣いに土方を見上げると、ハァ……と熱い吐息を漏らし、じっと山崎の様子を見下ろしていた。
それに見せ付けるように大きく口を開き、昂ぶったものにしゃぶりつく。
最初はゆっくりと奥まで咥え込んで、引き出すだけだったのが段々とそれが早くなっていき、顔を大きく前後に動かすたびに空気を含んでジュブジュブという音を立てるのにも、身体の奥がまた熱くなってくるのを感じる。
男の身体で感じる快楽よりも、この身体で感じるそれの方が麻薬かもしれない。
男であったときは一気に高まったそれを吐き出せば終わるだけだったのが、女の身体はまるでとろ火で煮込まれるかのようにじわじわと熱が上がってきて、その終点までなかなか辿り付けず、たどり着いてもその熱は冷めてくれない。
「……どんだけがっついてやがんだ、オイ」
その熱を鎮めてくれるものがあるとしたら、目の前にあるものがそうなだけに、恍惚とした表情で鼻にかかった声を上げながら、夢中になってそれを吸いたてる。
その姿に自分の腰の奥から熱いものがせり上がってくるのを感じ、そのまま開放する訳にはいかないと、山崎の頭を押して引き剥がそうとする土方だが、山崎は先程の意趣返しのつもりか追いすがるように腰に縋りつく。
「……山崎……っ 離せ……!!」
土方が呻くような声で叫ぶのと、山崎の喉の奥に青臭い味が広がるのは、ほぼ同時だった。
「ん……っ!!」
喉の奥に叩きつけられたその衝撃に一瞬息が詰まるが、ゆっくりとそれを飲み下し、唇の端に零れた分も指先ですくいあげる。ちろりと覗いた赤い舌がその指先を舐め取った。
「てめぇ……バカか」
頭上からの呆れたような土方の声にゆっくりと山崎は顔を上げる。
「どうしてくれるんだ、と言われたのはあなたでしょう? ……でも、まだいけますよね」
愛おしそうに硬度をまだ辛うじて保っているモノを撫で上げながら、上目遣いに問いかけてくる。
「いい加減にしやがれ、いつまでサカってやがんだ、てめぇ」
ぐい、とその肩を掴んで強引に身体を引き起こさせ、下腹部に伸ばされたままだった手も払いのける。
「いてっ、人の身体に火ィ付けといて、アンタ」
「知るか。うっかり目的を忘れるところだったがな……あっちこっち隠れて回んのはいいけどよ、ここが男所帯だって事ぁ、忘れるんじゃねぇぞ。昨夜、叶にここが見つかったんだってな」
「やっばりあの電波小僧が口割りやがったんですね!」
口を割ったというか……勝手に案内したというか……そんな違いは些細なことである。山崎は『どうやら逃げ切れた』と、内心ホッとした。同時に土方への問いもウヤムヤになった形だが、自分の計画が悟られなかったのだから、成功といえるだろう。
「んなこたぁどうでもいい。おめぇは総悟が余計なことしねぇよう、様子見てりゃいいんだよ。あれも何もできねぇで暇、持て余してんだ。あのバカ、そのうち退屈に任せて何やらかすことか。吉村が帰ってくるまでか、近藤さんと総悟の身辺整理がつくまでか……どっちが早くなるかわかんねぇけどよ。俺の命令が聞けねぇ訳じゃねぇよな」
「……身辺整理って、どういうことですか」
安堵したのも束の間、話の急展開に、山崎は唖然とした。
「おめぇ、総悟から聞いてねぇのか?」
「局長が志村妙ときっちり切ってきた……って話は聞きました」
「今まで男で通してきたものをいきなり『女です』ってするには、それなりの準備が要るだろうが……近藤さんはそれをどうにかするんだとよ……全く物好きな」
煙草が欲しくなったのか、土方が己の懐をゴソゴソ探るが、無かったらしくチッと舌打ちする。
「あの……副長は?」
「期待してんなら無駄だぞ。この際だからはっきりといっておくが、俺はお前らの酔狂に付き合う気なんてこれっぽっちもねぇから。確かに俺ぁ『アタったら貰ってやる』とは言ったがな。それはうっかり手を出しちまった俺にも責任があったからだ。女の身体になったからって、嫁にしてもらえると思ったら大間違いだ」
「……この身体であなたのお役に立てることがあれば、考え直して頂けます?」
半ば予測していたことではあるが、迷うことなくそう言い切られて、山崎は食い下がってみる。
「役立てること? 何ができるってんだ、こんな細くなっちまった腕で。元々ヤットウだって、まともにできやしねぇのに、今さらいくら稽古したところで無駄だぜ」
ハン、と鼻で笑われカチンとくるが、ここで反論をまくし立てては、自分の作戦が水の泡になる。
「俺なんざ相手に期待すんな……まったくロクなこと考えてやがらねぇからな、テメェ。局長んとこと同じに考えるなよ。おめーにとっちゃ夢かもしれねーが、こっちはそっから先が現実なんだよ」
「現実、ってなんですか。添い遂げたら何もできなくなるってことですか?」
「……二つのものを背負えるほど、俺は器用にゃできてねぇ。組のことが落ち着くまで妻帯はしねぇと決めて、今までやってきたんだ。自分から剣が鈍るような真似はできねぇ」
「よく守るべきものがあるからこそ、強くなれる……なんていいますけど……そうはならないんですね」
「バカヤロウ、斬りあいの最中にうっかりそんな余計なこと考えてみろ。それこそ命取りじゃねぇか。だからと言って、前線に出ねぇなんてのは無理な話だ。てめぇだけ安全なところに安穏としてる上官に、死ぬような現場に出ろと命令されたら、隊士もたまらんだろ。でも、その役目を近藤さんにさせる訳にはいかねぇ、各隊長は各小隊の面倒をみるという責任があるとなりゃあ、俺が出るしかねぇだろがよ。ともかく俺は、近藤さんみてぇにオメェをどうこうする気は、これっぽっちもねぇから」
そこまで言うと、土方は裾を払って立ち上がった。
「ここは携帯繋がらねぇから不便だし、監視がてら総悟の部屋で寝てろ。分かったな」
山崎の返事を待つことなく、パタンと目の前で板戸が閉ざされる
最初の時点から感じてはいたものの、面と向かって言われると精神的なダメージも大きく、自分で自分を抱え込むような姿勢のまま、しばし動くこともできずにいた山崎だったが、やがてゆっくりと顔を上げて、閉ざされた扉を睨みつける。
「絶対……認めさせてやる……」
【後書き】北宮さんとの合作で書いている、にょたザキシリーズです。これでまだ半分ぐらい……かな? 以前に書いた素女丹シリーズの設定と流れを組んでいますが、沖田の扱いが微妙にパラレルです。実はもっと早く仕上げて(だって、作中の季節、夏だよ!)、これの次のシリーズ(お正月ネタ)を正月合わせにアップしたかったらしいんですが……ネタが膨らんで長くなること、長くなること(苦笑)。
篠原についても、これと同じぐらいの分量の別ストーリーの草稿が控えてます。で、その設定を微妙に汲んでいますので、初めて読む方にはナンジャコリャのオリジナル設定もかなり盛り込んでいますが……少しでもお楽しみ戴ければ幸いです。
ちなみにタイトルはナス科の多年草で、別名『ハナタバコ』。花言葉は『あなたが居れば寂しくない』です。
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