Nicotiana【1】
俺が女でさえあれば、何の問題もなくあの人の隣にいることが出来るのに。
女だったら、何の障害もなくあなたの半歩後ろを歩いていくことが出来るのに。
お互いが抱いていた密かな思い。
「なぁ、山崎」
「なんです?」
「お互い、考えてることは一緒かい」
「一番自然な形で相手を手に入れることができる方法ですけど……今お互いの居る場所がそこを与えてもらえないのかといわれると……ですよね」
「だよなぁ」
ふぅ…と顔を見合わせて、溜息を吐く。
「……おめぇ」
「はい?」
「アレ、手に入れられねぇか?」
「……やっぱり欲しいですよね……いっちょやってきます」
「おぅ、頼んまさぁ。荒事が必要とあらば……」
「大丈夫です。手段はいくらでもあります」
そんなやりとりをして数週間後。
「お待たせしました」
夕食も終え、あとは緊急出動でもかからない限りはのんびりとしていられるかなという時間を見計らったかのように、嬉しそうに山崎が巾着袋を手に現れた。
「手に入ったんか?」
「はい。入手自体は簡単だったんですけど」
「なんか問題でも?」
「薬効時間が不安なんです。何しろ『オイシイ』薬物ですからね。地球人用に改良が加えられてて……俺が飲んだときとは形状も色も明らかに違うんですが……独特の匂いは間違いなくそれでした」
その匂いだけで目星をつけて入手しただけに、どこかに詳しい書付はないかと探したが、見つけ出すことができなかった。
「下手すると……ってこともありえるか?」
「命を落とす可能性もゼロじゃないですし、いつ元の男に戻るかも判らないし……そのまま死ぬまで女の体であり続けるのか。何よりもこれで念願叶って女の体を手に入れることが出来たとしたら……それと引き換えに今まで男として生きて来た全てを捨てなくてはいけなくなるということへの、覚悟はおありですか?」
「とうにできてやすぜ。これで堂々と近藤さんと添い遂げられりゃ、御の字ってもんでサァ。出来なきゃ頼まねえよ。そういう山崎はどうなんでぃ?」
「俺は最初から土方さんのためなら、何だって投げ捨てる覚悟で生きてますから……いつだってそのつもりですよ」
「おめぇ、さりげなく土方さんとか言ってんじゃねぇよ」
何気なく二人だけの時に呼んでいる呼び方を使ってしまい「あ、つい癖で」と頭を掻きながら、沖田と顔を見合わせて笑う。
「じゃ、やるか」
巾着を逆さにして振れば、机の上に数錠のクスリが落ちてくる。
「よく酒とクスリ併用すると馬鹿みてぇに効いちまうって言うけどよ、やる価値はあると思わねぇか?」
「やりましょう」
山崎の同意に、沖田は部屋の隅に置いてあった一升瓶から湯飲みに酒を注ぐ。
「それじゃ、無事にナイスバディになれることを祈って」
「切実だねぃ、山崎」
「茶化さないで下さいっ……でも、土方さんの守備範囲から外れない程度で」
「俺もエロゲーに負けないような感じがいいなぁ」
お互い、念のためと2錠まとめて、ぽいと口に投げ込んで酒で飲み下す。
「沖田さん、これ!」
湯飲みを机の上に乗せるのを見計らい山崎が座布団を投げ渡す。訳も分からずそれを受け取った直後………体の奥から込み上げて来た激しい痛みと熱に、座布団を抱え込んだまま二つ折りになって倒れ込んだ。
それを予期して投げてくれたのかと声をかけようとするが、それすらもままならないまま、意識が薄れていく。
「くぅぅ………」
少し離れた場所で自分を抱き抱えるような姿で転がった山崎も呻く。過剰投与と承知で飲んだとはいえ、今まで以上の激しい反応に、あっという間に意識が朦朧としていく。
「おぉい、総悟、この間のとっつあんから来た書類……」
そういいながら障子を開けた近藤は目の前の光景に立ちすくんだ。沖田だけでなく、山崎までもが畳の上に転がっている……眠っているとは明らかに思えない姿で。
「総悟、総悟!」
より近くにいた沖田を抱き起こし、抱え込んだままでいた座布団を取り上げた瞬間。
ぽろり、と胸元からこぼれる白い塊に目を奪われた。
「おっぱい!?」
いや、昨日までの沖田にそんなものはなかった。
一緒に風呂にだって何度も入ったが………。
一体この状況をどう打開すべきか考えて………打開策を打ち出してくれそうな相手は一人しか思い浮かばなかった。
「トシっ、今すぐ大至急総悟の部屋まで来てくれぇぇぇ!!」
内線電話を引っ掴み、そう訴えると、すぐにバタバタ…と言う足音が近づいてきた。
「どうした、近藤さん」
「総悟が、総悟におっぱいが!!」
「は?」
スパーンと勢いよく障子を開けた格好のまま、土方は怪訝な声を出す。
「だから、おっぱい! おっぱい!」
近藤の腕の中でぐったりとしている沖田の胸元には………。
「まさか!!」
壁際で転がっている山崎を裏返し、ためらう事なく着物をはだけ、そのインナーの中に手を突っ込む。
「……ん?」
それだけでは確証が持てなかったのか、さらに下腹部にも手を伸ばす。
「なにしてんのぉぉ、トシ!」
「……やりやがった!」
「は?」
土方は素早く部屋の中に視線を巡らせ、二つの湯飲みと空の薬包を見つけ出す。
「ふたりして素女丹飲みやがった!!」
「素女丹って、前にザキが飲んじまったあれか?」
土方と腕の中の沖田を交互に眺めて、近藤が確認のように尋ねる。
「あぁ……それを今回はどうやって手に入れてきたものか……山崎、てめぇ起きやがれ!」
恐らく入手経路はコイツがどうにかしてきたのだろうと目星をつけて、怒鳴りつけた山崎の襟首を掴んで、がっくんがっくん揺さぶる。だが、全身からクタリと力が抜けたままの山崎の瞼はぴくりとも動かず、土方は心配するどころか忌々しげにチッと舌打ちする。
「なぁ、トシ……総悟、変な汗かいてんですけどぉ」
しっとりと濡れてきた着物の感触に沖田の顔を覗き込んで、額や首筋に浮かび上がった汗を確かめて不安そうな声を上げる近藤に対し、土方は「あぁ、変化するときにそうなるみてぇだ」と、落ち着いたものだ。
「な、慣れてんな」
「俺ぁ、こいつが変化すんのと戻る瞬間を目の前で見てんだぜ」
叩き起こすのを諦めて畳の上に無造作に山崎を転がし、近藤の側に近付く。
「取りあえず……まずは」
呟くと、しゅるしゅると沖田の帯を解きはじめた。
「トシぃいぃ!?」
「隠匿物資がないか、確認だ」
「ちょっ、一応女の子だよぉ」
「ナカミは総悟だろ」
そう言いながら手早く服をはだけ、沖田を抱え上げれば、するりと肩から服が脱げ落ちる。
「……中々にいいカラダじゃねぇか」
「おおっ……すげぇ」
露わにされた沖田の姿に、二人揃って感嘆の声を漏らす。
「ここまでちゃんと女になるたぁ、思わなかったな」
何しろ土方の見たことのあった山崎の身体は、成長途上の少女のように起伏に乏しく、当然ながら横たわったら僅かな膨らみは影も形も無くなっていた。
しかし目の前の沖田には、素晴らしく形が整った上に、張りのある見事な乳があるだけでなく、半ば寝かされた姿勢になっても、その膨らみがしっかりと高さを主張している
ぐい、とそれを握りこんで確かめて見ると、指が沈み込むしっとりとした柔らかな感覚もその先端の小さな果実も、女性のものと寸分変わりはない。
「こっちも、ちゃんとなってるのか?」
土方がぼそりと呟き、沖田の足首に手を伸ばした瞬間。
「それ以上はらめぇぇぇっ!!」
血相を変えてぶんぶんと頭を左右に振る近藤に押し止められた。
間違いなくここで止めないと、土方は眉一つ動かさずに沖田の身体をそれこそ『隅々まで徹底的に検分』しかねない。
「っ……しゃあねぇな」
呟いて一度立ち上がり、箪笥を漁って適当な着物と下着を取り出すと、それを拡げて縫い目や布の重なった部分などを手で触れて何かを確認した後に、近藤の前に置く。
「全部脱がせてこれに総悟を着替えさせてくれ。その着物、検分しねぇとなんねぇからよ。俺は山崎の方、調べるわ」
「あ、あぁ」
よく言う『ロリ顔に巨乳』という世の中の男の理想を具現化したような沖田の身体から、まるで人形にするかのように全ての着衣を剥ぎ取り、新たなものに着替えさせる近藤の心臓は終始バクバク鳴りっぱなしで、震える指で腰の紐を結んでやり、やっと一息ついて「……総悟をどこに寝か……っ!!」……寝かせたものかと問いかけようとして、また絶句する。
ころん、と土方の膝の横に転がっている山崎の姿は何一つ身に付けておらず、それを放置したまま、土方はその着衣を検分していた。
「ちょっ、ちょっとトシっ! 何て格好でザキを転がして」
「仕方ねぇだろ、コイツの着替え無ぇんだからよ」
転がったままの山崎に目もくれず、土方は襟の縫い目を、指先で丁寧に確かめていく。
「だからって、布団くらいかけてやりゃいいだろうが」
「……面倒くせぇなぁ」とぶつぶつ言いながら、土方は部屋の隅に二つ折りにしてあった布団を拡げると、山崎をその中に放り込んだ。
向こうから話し声が聞こえてくる。見れば、何か話し合ってるらしい土方と近藤の背中。近藤の膝元には小さな人影が猫のように丸まって、転がっている。
「……ん……」
まるで宿酔いのように、頭の中がぐるぐると回っている。
体に触れるさらさらとした感触はなんだろうと腕を動かしてみて……布団に寝かされていることに気が付くのと同時に、その感触が普段と違うことにも気が付いた。
手や足だけでなく、背中や腹などに触れる感触。
「ええええええええっ!!」
慌てて布団の中に顔を突っ込んでみると、身に付けていた衣服の一切が無い。
「おぅ。起きたか、山崎」
「ちょっ……副長、何で俺、こんな格好に」
亀のように布団から顔を出したまま、振り向いた土方にそう問いかけると、しれっとして「お前は何処に何を隠してるか分からんからな。着衣も全て検分させてもらった。何もしてないから安心しろ」と言い放つ。
「……してよかったのに」
それでアタりでもすれば、あっさりと計画通りにいくのに……と残念そうに呟く。
「馬鹿言ってねぇで、とっとと服着てこっちに来い!!」
怒鳴りつけられ、枕元に乱雑に積み上げられた服の山から、一つずつ取って真冬の着替えの時のようにごそごそと布団の中で身に付けていく。
「……やっばり……ない」
インナーを着て自分の胸元をなぞってみて、落胆の呟きを漏らす。
「ないって、何がだ」
「……おっぱい。せめて前回よりは大きくなりたかったのに……」
呟いて近藤の膝元で寝ている沖田に気付き、その胸元で視線が止まる。
「なんで沖田さんには立派なおっぱいがくっついて俺にはないわけぇぇぇっ!? 納得いかねぇぇぇっ」
明らかに自分と激しく違う点に対し思わず叫ぶと、即座に反論が返ってきた。
「それがおめぇが地味たる所以だろ」
「副長、言うに事欠いてそれですかっ!!」
「事実だろうが。自分で言ってただろ『地味の格が違う』って」
「それとこれとは違いますっ!!」
そのやり取りに苦笑するしかない近藤の膝の上で、もぞり……と沖田が動いた。
「おっ、やっと起きたか……」
目を開けて、真っ先に視界に飛び込んできたものが近藤の顔だったのが嬉しいのか「おはようごぜぇます」と呟いた口元が笑みを象る。
「……あー、俺……」
何故意識を失っていたのかを思い出し、そろそろと自分の胸元に手を伸ばした瞬間、その笑みが更に深くなる。
「やった、ねぇちゃんよりもデカいっ!!」
「お前ら……揃って一番最初にするのはそれか……」
呆れたように呟いた土方の声に、ぽむぽむと嬉しそうに己の胸乳を触りながら、沖田が上体を起こす。
「そりゃ折角変化すんですからね、ぷるぷるのおっぱいでなきやいけませんや」
そう言って、土方の後ろ……黒のインナー上下の姿で正座していた山崎に目をやると……自分にあるものが見当たらない。
「山崎……おめぇ、クスリ効かなかったのか?」
「……効いてこれなんです」
がっくりと肩を落として答えた山崎の傍に膝でにじり寄って、ぺたりとその胸元に触れてみる。身体にフィットしているインナーだからこそ、かろうじて緩やかな双丘が認識できるのだ。これでいつも通り、この上に白の着物を着ていたら、女であることすら分からなかったかもしれない。
「まぁた可愛らしいまんまけぇ」
「沖田さん……いいなぁ、理想通りで」
お返しとばかりに、沖田の胸に掌を乗せた山崎だが、その瞬間の「ぽむ」という手触りに一層の落胆をする。
「ほ、ほほえましいなぁ……はっはっは」
乾いた近藤の笑いに、ハッとして二人が声の方へと顔を向けると、引きつったように笑い続けている近藤と、仏頂面の土方がいた。
「あ、忘れてやした。どうです土方さん。俺、ナイスバディだと思いやせん?」
「……黙ってそこに正座しやがれ、テメェ」
嬉しそうに胸元を見せつけようとした沖田を制するように、土方は言い放った。
「なんですかい? 新手の見合いですかぃ」
「んなもんじゃねぇよ……お前らにはきっちりと話を聞かせてもらわねぇとな」
地の底を這うようなその声に、びくっ……と、反射的に山崎の体がすくむ。
「まずは……なんでテメェらが揃って女になってやがる」
「俺は近藤さん。山崎は土方さんの嫁になりたいからに決まってまさぁ」
胸を張ってきっぱりと沖田は言い切った。
「「は? 嫁?」」
近藤と土方も二人の声が重なる。
「だって男のままじゃ、一生をアンタと共に過ごしてくこともできないでやんしょ? なぁ、山崎」
同意を求められ、こくりと山崎の頭が動く。
「副長だって、デキたらもらって下さるって言ったじゃないですか。だったら手っ取り早く……と思ったまでで」
「そりゃ男として自分が撒いた胤の責任を取るのは、当然だろうが。どうして、てめぇはこう、人の揚げ足を取る というか……」
山崎のその言い分に頭痛を覚えながら、言葉を続けようとしたのを「トシ……よくそんなつるぺたに……おめぇまさか、ロリショタの気が」という近藤の呟きが遮る。
「うるせぇ、ちげーよ!!」
力一杯怒鳴り返すが、以前、幼女のような肢体の山崎に手を出してしまったのは、事実だ。
その体から発しているフェロモンの影響だと言い切ってしまえば簡単なのだが……そう言いきれないと思う部分もあるような気がしなくもない。
それを心の奥に押し込めて、土方は言葉を続けた。
「お前らは考えなしにそれを飲んだんだろうが、後のことをどうする気だ。前回、自分がどんだけヤバい状態だったか忘れたわけじゃねぇだろうが。こんな男所帯にどっちが前か後ろかわかんねぇような体のおめぇがいただけで、どんなに局内が浮き足立ったか……そこに持ってきて、近藤さんの好きそうなゲームの女みてぇな奴まで加わって……」
「好きそうなじゃないぞ。大好きだ」
「頼むからあんたは黙っててくれ」
「土方さんは考えなしっていうかもしんねぇけど、俺ぁ、ちゃんと考えましたぜ。ガキん頃からずーっとその背中を見ていた近藤さんが、女ってだけであんなゴリラ女に盗られるなんて冗談じゃねぇ。だったら、俺も同じ土俵に立って近藤さんに選んで貰いてぇ。そう思うのはいけないことですかイ?」
呟いた沖田が近藤の傍へとにじり寄り、頭一つ以上高いところにあるその顔を見上げる。
「もしかしたらオッ死んじまうような得体の知れねぇクスリ、そう生半可な覚悟じゃ飲めませんや。俺はこの命を賭けてアンタに選んでもらえる対象になったんですぜ? ちったぁ分かってくだせぇよ」
「……総悟……」
大きな瞳を潤ませながら、おずおずと手を握り締めてくる沖田のその仕草に、近藤はドキリと心臓が跳ね上がる。
「ほだされんじゃねぇよ、近藤さん。もしアンタが本当に総悟を嫁にしようって考えたとしてもな。このクスリがどんだけ効くかわかんねぇんだぜ? ことによっちゃ、イタしてる最中にヤローの体に戻っちまって、折角元気になってたもんが一瞬で萎えちまうってのも、ありえねぇ話じやねぇんだぜ?」
土方の言葉に心当たりがあったのか、山崎がプッと吹き出したが、土方に睨まれて慌てて表情を取り繕った。
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