星にねがいを/中


「ちょっと、海岸の方、見回りに行ってきやす」

せっかくきれいにした浜辺を汚されてもかなわないからと、夕食後に巡回させられるのは、いつもなら新人隊士やジャンケンで負けた奴だ。
だが、何故か今年は、山崎が自主的にそう言い出した。

「そうか? せっかくこれから宴会だってぇのに」

「これからだから、っすよ。お酒が入ったら、さすがに貞操の危機を感じて」

原田はその説明に「あ〜なるほどな」と、素直に納得した。

「だったら、俺が一緒に行こうか? ザキちゃんひとりだけなら、危ないだろ……一応、女のカラダなんだろ、今」

なにしろあれ以降は、土方がぴったりと張り付いていて、声をかけることはおろか、じっくりとその姿を眺めることすらできなかったのだ。
皆、飯と風呂を済ませて浴衣姿だが、山崎はかっちりと隊服を着込んでいる。そのため、バストラインはほとんど分からないが、腰回りのあたりはいつもより心なしかみっちりとしているのが、見てとれた。

「いや、見回りに三人も要らないでしょう」

「三人?」

「副長」

それを聞いて、原田はがっくりとうなだれる。
なんだって、そうまで露骨に副長副長と……まあ、おめぇが副長を好きなのは分かってるけどね。それにしてもおめぇ、余りにも友達甲斐が無いじゃねぇか。

「デートを兼ねてってやつか?」

「どうなんだろ?」

小首を傾げている姿は、基本的にはいつもの山崎とほとんど変わらないのに、妙な気分にさせられた。もっとも、あのクスリは、なにやら得体の知れないフェロモンを放つらしいと聞いているが。

「やっぱり俺も行った方が良くねぇ? その、ふたりきりだとさ。ミイラ取りがミイラというか、送り狼にならねぇとも限らねぇし」

「いや、いいよ。心配してくれてありがと。気持ちはありがたいけど」

山崎は片手を立てて、原田の言葉を塞き止めた。

「俺、副長だったら、いいと思ってるし」

そこまで言われてしまうと、原田も返す言葉が無い。

「まぁ、おまえとしてはそうかもしれんが、な。あのなぁ、ザキちゃん、俺さぁ……」

そこに土方の「ザキー……おせぇぞ」という声が重なる。山崎は、原田に向かって片目をつぶって見せると「へーい」と奥に向かって叫び、軽やかな足取りでそちらに駆けていった。







見回りと言っても、解禁前の浜辺に入り込む不心得ものがいなければ、実際には散歩のようなものだ。いつもならぐるっと回って、適当に帰るところだが、なぜかどちらともなく帰る足が鈍った。

「テトラの方……結構、見晴らし良いですよ」

山崎は気まずさを打ち消すようにそう言って、土方を引っ張って行くと、よいせっとコンクリート塊をよじ登ってみせた。

「ほら、こっからだと、浜辺が見渡せて」

「なんとかと煙りだな」

土方はそう苦笑すると、自分は登らずにそのまま、砂に腰を下ろす。煙草を取り出して、ライターがジッと音を立てた後は、しばらく潮騒しか聞こえなくなった。

「ぼちぼち、けぇるか」

ボソッと土方が呟くと、山崎がトンッと猫のような仕種で飛び下りて来た。

「帰るんですか?」

「ああ」

立ち上がって、尻についた砂を払っていると、やおら山崎が「土方さん」と囁いて、抱きついて来た。

「おい、何の真似だ? 誘ってると思われてもしかたねぇぞ」

「誘ってるんです」

波の音だけを聞いていた長い沈黙の間、土方が何を考えていたのかは分からない。
ただ、山崎の方は、どうこれを切り出すか考えていた。結局、何ひとつうまい言葉が浮かんでこなかったけれども。

「だって、ぐずぐずしてたら、また、いつ元に戻っちゃうか、分かりませんよ?」

挑発してるつもりなのか、そんなことを言いながら、山崎が土方を見上げた。

「俺、土方さんだったら、いいやって思ってるんです」

「サカるな、バカザキ」

ピチッと額を指先で弾かれる。いつもならデコピンひとつでも体が吹っ飛ぶぐらい容赦ないくせに、今日に限ってはほとんどダメージがない。
ホントに土方さんって、オンナには手を出せないんだな、もういっそ、元に戻らずにこのままでいた方がいいんじゃねぇ、俺?
いつもと違うスタンスが、くすぐったくて、照れくさくて、そして……心地よい。

「いっとくが、初めてってぇのは、かなり痛いらしいからな。ポルノみてぇに、だんだんヨくなってくるとか、そういうご都合主義、期待すんなよ」

土方が諦めたようにそう呟くと、ポケットから携帯灰皿を取り出して(さすがに自分らで掃除した直後の浜辺には棄てられなかったのだろう)、まだ半分も吸っていない煙草を揉み消した。
自分で挑発しておいて勝手な話だが、いざそんなそぶりを見せられると、山崎は怯んだ。怖じけづいて、思わず「ポルノって……死語ですよ」などと、余計なところにツッコミを入れてしまう。

「あん? ポルノはポルノだろうが」

「まあ、別にいいですけど……俺、土方さんだったら、いいやって思ってるんだし」

うつむいて、むしろ自分に言い聞かせるように繰り返すと、土方の手の甲が右顎に触れた。その指先はひどく煙草くさくて、そして冷たくて快い。
指の背が輪郭をなぞり、顎の下に潜り込み……まるで小鳥でも乗せているかのような形になる。そのまま、くいっと持ち上げられた。顔を上げると、いつもの仏頂面が見下ろしている。

卑怯だよコノヒト……ネコの時は堪らなく色っぽくて可愛らしいくせに、こんなときは凛々しくて格好よくて。それに引き換え自分は……などと考えると滅入ってしまう。ホントは自分にはこうしてこの人に構ってもらう価値なんて、無いかも知れないという、卑屈で後ろ向きな感情が膨れ上がって吐気がしそうになる。
必死になってこちらから追い駆けているときには、自分が相手に釣り合う存在かどうかなんて、そんなこと考えもしなかったけれど。

「どうした? やっぱ、怖いか?」

山崎が黙ったのをそう解釈したらしい土方が、顔を覗き込んでくる。

「あ、違います……そうじゃなくて、俺、土方さんだからいいやって思ってたけど……そういえば、土方さんは俺で良かったのかなって」

「なんでぇ。そんなこと気にしてたのか、バカザキ」

「どうせ、バカです」

すねてそっぽを向こうとした顎が、ぐいっと引き戻された。歯がぶつかりあいそうな勢いで、唇を吸われる。煙草の味と匂いがした。

「最後にもういっぺんだけ聞くが、本当にいいんだな? もう、途中で嫌だなんて抜かしても、知らねぇからな」

「キスしてからそんなコトを尋ねるなんて、アンタ、ホントに卑怯だ」

「そうか? まあ、そうかもな……」

土方が苦笑すると、おもむろにシュッと首からスカーフを抜き、隊服の上着を脱いだ。山崎はその土方の動きに魅入られたように、視線が釘付けになる。

「なにボサッとしてんだ?」

声を掛けられて、山崎はハッと我に返った。土方の上着が、砂のベッドに敷き延べられていた。

「ザキ、ここ座れ」

土方が、殊更にぶっきら棒な口調で言った。






「ちょっ、なんらって、土方さんが戻ってこねぇんでぇ! あのやろーと!」

宴会場でそう喚いて、抜刀したのは、沖田だった。バサッと酒瓶に斬り付けると、倒すことも叩き割ることもなく、見事な切り口を見せて両断された。その常人離れした技に、一同は一瞬、止めることも忘れてその艶かしい匂い立つばかりの剣に魅入ってしまったほどだ。

「こんろーさん、俺ァ、あいつらぁ、さがしれきやすぜィ、あいつらぁ、ふたり重ねて、四つに斬ってやりまさぁ」

呂律が回らない舌でそう言って、刀を担いで出て行こうとするが、すぐにへなへなと腰が砕けた。そこまで酷く酔っ払っていて、あの剣の冴えなのか。

「近藤さん、飲ませ過ぎじゃないですか?」

さすがに見かねて、永倉や井上ら古株がそう声をかけるが、近藤もついさっき裸踊りを豪快に披露したぐらいだから、かなりヘベレケ状態で「トシか? ああ、ちょっと便所にでも行ってんだろ。いいから飲め飲め」などと言いながら、沖田の盃に次々と酒を注いでいる。

「べんじょーお? あいつずーっとべんじょかぁ!? ずーっとべんじょっていって、もどってこねーじゃねぇかぁ! あれか、土方さんは、べんじょこぞうか、ようかいべんじょこぞうかってんだ、こんちくしょー!」

便所小僧ってどんな妖怪だよ……と、永倉がツッコミを入れようとした瞬間、再び沖田の刀が翻った。チンッと刀が鞘に収まった音がした次の瞬間、永倉が着ていた浴衣がズタズタに裂け、ついでに頭頂部の髪の毛もごっそりと削ぎ落とされていた。

これが、常人には一回の突きにしか見えないが、実際には何手も繰り出されているという、沖田の「三段突き」か。

思わず周囲は凍り付いたが、そこで沖田はコテンと倒れ込んで、寝息を立て始めた。近藤は何が楽しいのか、ケラケラ笑っている。
そのまましばらくの間、一同は固まっていたが、井上が気を取り直したようにパンパンと手を叩きながら「まぁ、みんな……沖田君もこうしておとなしく眠ったことだし、飲み直そうじゃないか」と促した。





二人の影は、長いこと重なっていたが、繋がってはいなかった。
土方はブラウスに、スラックスを少し緩めただけの姿だが、土方のベストを丸めて腰枕にして敷いている山崎の方は、下半身は何もつけておらず、上着もはだけて胸乳が見える状態だ。
何度となく唇を重ねながら、熱っぽい下肢を絡めあい、胸を愛撫されている。

「ひっ……もう……俺、限界……いいから、大丈夫だからァッ!」

ブラウスの袖を、胸を、掴みながら、上ずった声でそう強請るが「無理だって。全然ほぐれてねーっての」と、ボソッと返されるだけだ。
確かに、そこに擦り付けているモノには、溢れ出た互いの熱い体液が絡んで、えげつないほど派手な水音を立てているが、何度根元を掴んで入口に押し当てても、硬い蕾に押し戻されていた。

「だってぇっ……! あうッ、土方さんの意地悪ッ、ケチッ……ちくしょォッ」

こっちだってブチ込みてぇところを我慢してるっていうのに、勝手なことを言いやがって……腕の中で身悶えしている姿は、いつも見慣れている男のものと同じ筈なのだが、どこか違って見えた。形勢が逆転しているというのも大きな理由だろうが、やはりよく見ているうちに、これは女の姿態なのだと感じさせられる。

「だっておめぇ、指だって入るのがやっとだぜ、これ」

言うや、左手を下腹部へと這わせた。ぬめりを指に掬い上げて、なぞり上げる。

「ひゃぁっ」

何度か入口を探っているうちに、ぬるりと入り込んだ。

「中……熱いな。分かるか? 締めてきやがる」

「あっ……あんっ……ッ……いッ」

「痛いか? 嫌だったらやめるぞ?」

必死で首を振って、土方の肩にすがりつく。

「や……じゃな……いッ、だい……じょ……ぶです……んあァッ」

「そうか? 苦しそうだぜ?」

そういいながらも、そろそろと指を抜き差し始める。
『宿主』は大のオトナだとはいえ、つい今朝「生えた」ばかりのそこは当然ながら生娘であり、心なしか小振りで未発育な印象すらあった。指で犯している感触は、ほんの年端もいかない小娘のようで、妙にそそられる。
さらに、頬を紅潮させて喘ぎながらも、必死で愛撫に応えようとしている姿が可愛らしくて、もっと啼かせてみたくなる……いや、これじゃあ総悟に「児童ポルノ趣味」と言われても仕方ないな。

「イッ……やっ……もう……」

やがて、声がいっそう上ずり、山崎が腰を引いて、身体を上に逃がそうとした。

「イきそうなのか? いいぜ?」

「分かんない、そンな……分かりま……ちくしょうッ、おかしくな……アッ」

それを押さえつけて、指を捩じ込み追い込んだ。喘ぎ声というより悲鳴に近い声をあげながら仰け反るその喉に、ぞろりと舌を這わせると、それにもビクビクと反応するほど、全身が過敏になっているのが感じられた。

やがて……くたりと力が抜けたようだった。それに気付いて指を抜くと、体液が長く糸をひいた。その指を己の口に含んで舐め取り「イったのか?」と尋ねる。

「そ……ンなん、分からないですって。女じゃねーんだから」

「まぁ、そうだな。疲れたか?」

その質問には、素直にこくりと頷く。その姿のいじらしさに、その額に汗で貼り付いている前髪を掻きあげてやり、口付けてやった。

「……お疲れのとこ悪いが、もう少し頑張ってもらう」

一瞬、何を言われたのか理解できなかったらしいが、土方は構わずに膝を割るようにして、その腹の上に覆いかぶさった。

「えっ? やだ、ダメ、いまは……やだ……待ってッ」

全身を痙攣させながら拒んでいるのを、さらに畳み掛けるのは、自分でも酷だとは分かっていたが、今ならほぐれて楽になっているだろうからと、むしろ自分自身に言い訳しながら、女体を力任せに地面に押しつけた。

「やだ、ホントやだ、マジで、もう……やだッ」

「今さら。俺相手だったらいいんだろ?」

「言ったけど、そう言ったけど……せめて、このビクビクするの、収まってから」

涙ぐんでいる目蓋に唇を触れてやる。怯えた子どものようにすがりついてきたのを、抱き締め返してやった。その脅威を与えているのは、まさに自分だというのに。

そそりたったモノを押し当てて、軽く体重をかけた。一度達してわなないていただけに、今度はヌッと先端が押し入った。

「いっ、痛ッ……やぁああッ……」

指だけならまだ、微かにでも快楽に似たものを感じることができたのかもしれないが、今回のは本当に苦痛の悲鳴だ。身体の中心に楔を打ち込まれる激痛。そんなものが気持ち良い由もない。だが、そうと知りつつも、雄の性が引くに引けなくなっていた。

「ザキ、済まねぇ」

突き上げる度に、身体が切り開かれていく。行き止まりまで届いたのを感じ、胎内を完全に支配した感触を味わうかのように、柔らかい身体を抱き締める。

「嫌じゃないか?」

ここで「痛くないか」「苦しくないか」と尋ねれば、痛いと答えるしかできないだろうことは分かっていた。だから、こんな卑怯な質問の仕方をしていた。それでも、こっくりと頷き、ブラウスの袖を掴む。

「そうか。もう少しだから、しばし、堪えてくれ」

再び顎が揺れるのを見届けもせず、登り詰めていく。
それがほんの束の間のことだったのか、それともかなり長い間、番っていたのかは、ふたりとも知覚できなかったに違いない。
唯一分かることは、最奥で熱が弾けて、終わったということだけだ。





身体を引き抜いて自分のスラックスを直しながら、何気なく下を覗き込んだ土方が小さく「げっ」と呟いた。

「え? なに?」

「いい。おまえは下見んな」

「もしかして、上着汚しちゃいました?」

「いや、上着なんて今さらどうでもいい。そんなもん、クリーニングに出しゃ済む」

土方が手を伸ばして、脱ぎ散らかした服からスカーフを掴む。二、三回振って砂を払うと、それで、山崎の腿と下腹部を拭ってやった。白いスカーフが見る見る血の色に染まる。

「え……?」

その拭われる感触も分からなくなっているのか、仰臥したままの山崎はどこかぼんやりしている。不思議そうに己の腹を見下ろして、スカーフの色にギョッとした。
元が男なだけに、月の障りなどで血を見慣れているわけでもないのだ。

「血……それ全部、俺の?」

「ああ、だから無理だって言ったのに、よ。でも、まぁ、気にするな」

「でも、そんなに……俺、大丈夫なのかな」

「初めてだったら、多少は出るもんだ……だから、見るなって言ったのに」

かぶせるように言うと、山崎の視界から遠ざけるように、そのスカーフを丸めて放った。あれだけシミがついたら、雑巾にもならない。後で屑篭を見つけて捨てるしかない。
そして、まだ青ざめている山崎の頭を抱きかかえて、半分は自分にも言い聞かすように「大丈夫だから」と繰り返す。

「でも……腰から下、全然、感覚なくって、自分のじゃないみたいで」

「そうか、すまねぇな。じゃあ、歩くどころじゃねぇな」

こんな状態では、皆が泊まっている宿につれて帰るわけにもいくまい。近くにラブホでもあれば、おぶって連れて行くところだが、ここから見えるピンク色のネオンはかなり遠方にあった。野宿かな。多分、野宿しかないだろうな。

「とりあえず、ズボンだけでも履いておけ。尻、蚊に喰われるぞ」

「足、動かない」

「あーあ、もうっ」

なんだってコイツにここまでしてやらなきゃいけねーんだとか、女相手にだってここまではサービスしたことないぞとか、ぶつくさ文句を言いながらも、足腰立たなくなっている原因は自分なのだから、諦めるより他、無い。土方は、山崎の下着とスラックスを拾い上げた。

「着せてくれるんですか?」

「自助努力を激しく希望するがな」

「んー・・動けませーん」

「てめっ……!」

一瞬、斬られるかと思うほどの殺気が過ぎったが、ハァ……と深呼吸すると、諦めたように山崎の傍らに膝をついた。

「なんかもう、このままでもいいかも、俺」

くすぐったい気分でスラックスを履かせてもらいながら、山崎はポツリとそんなことを口走っていた。

「は? このままって……勘弁してくれや」

「だってこの身体だったら、土方さん妙にやさしいし、堂々と土方さんを独占してらいれるし……サイコーじゃないですか」

手を伸ばして胸にすがりつき、頬を摺りつけて甘えると「ばーか」という囁きとともに、髪を撫でられた。ほら、いつもだったら、ここでぶん殴られるところなのに。

「ほれ、終了」

「ありがとうございます……そういえば、今夜って、七夕なんですよね」

「は?」

「ここ、江戸の町と違って、空が澄んでて、星がよく見えて」

「ヤりながら、そんなもん見てたのか」

「だって、仰向けだから視界に入るし……せっかくだから……少なくとも、次の俺の非番の日までは、このまま居れますようにって、七夕様にお願いしてみようかな」

「そんなお願いされても、織姫も彦星も迷惑だろうが」

「願うだけタダですよ」

「ばぁか、あいつらも年に一度の逢瀬だぞ。いちゃつくのに忙しくて、他人の勝手なお願い事なんてきいてるヒマなんて、あるけぇ」

「妙に説得力があるのは、どうしてなんだろう?」

「知るか」

べったり汚れている上着の砂を払って裏返すと、あらためてそこにふたり寝転んだ。

「ね、ほら、星……キレイでしょう?」

「うるせぇ、もう、ダリぃんだよ、シンドイんだよ」

「土方さん、ヘバったんですか?」

からかっても、もう返って来るのは寝息だけだった。それでも、山崎を左腕に抱きこんだまま、右手には用心のためか刀を握り締めていることに気付いて、山崎は手を伸ばしてそっと土方の髪を撫でた。
伝えたいことが溢れてきて、どう言葉にしたものか、途方に暮れる。さんざっぱら悩んだ挙句に「おやすみなさい」とだけ囁き、眠り込むまで胸に耳を押し当てて、ブラウス越しに鼓動を聞いていた。






「総悟、寝るンなら布団入れ」

宴会場で、一升瓶を抱えたまま壁にもたれてウトウトと酔い潰れていた沖田の肩を、近藤が揺さぶった。
ハッと目を覚ました沖田は、振り仰いでそれが期待していた人物ではないことに軽く失望の色を浮かべた。それでも、一縷の望みを懸けるように「土方さん、戻って来やしたか?」と尋ねる。

「いや、まだ……だが。子どもじゃないんだから、適当に戻ってくるだろう。あいつの腕なら、何かに巻き込まれるということもねぇだろうし。とりあえず、こんなところで寝るな」

「山崎も?」

「まぁ、あれは今回は、外に出てた方がいいだろ。なんか間違いがあるといかんし」

「土方さんとだったら、間違いがあってもいいんですかイ? あいつら絶対、ヤってますぜ」

面と向かって問い詰められると、近藤もひるんでしまう。職場恋愛禁止などという局中法度はないのだし、オトナ同士の合意の上でなら、周囲がとやかく言う権利はない。
だが、沖田が(多少歪んだ形であるとは言え)、土方に懸想していることを思うと「そんなん、別にいいじゃねぇか」と斬り捨てることもできなかった。

「トシもなぁ……妙なとこ鈍いというか、甘いというか、な。さっさと……落ち着きゃあいいんだがな」

『さっさと』という言葉の後に『嫁でも貰って』と続けそうになってしまい、近藤は慌てて飲み込む。

「そうだ、せっかく妙なクスリを手に入れたんだったら、おまえが飲んでトシに迫ってりゃ、良かったんじゃねぇのか?」

「へい?」

まったく想定の範囲外の提案だったらしく、沖田がキョトンとする。理解に苦しむとでもいうように、小首をちょんと傾げている姿は愛くるしい小動物のようで「アイツこそドSの王子さま」の名を欲しいままにしている剛のものとはとても思えない。

「俺が、女の土方さんを抱くってぇのは思いついても、逆は想像もつかねぇよ」

「ザキだって多分、そうだったろうよ。誰だって、てめぇが女になるなんて想像なんかつくめぇ。逆に考えるんだ。トシのヤツ、ザキにすら押し切られた訳じゃねぇか。総悟、おめぇは、あのミツバさんの弟だ。おめぇが女になったら、絶対にストライクゾーンのはずだ」

「俺が女だったらストライクゾーン? 土方さんの女の好みって、どんなんすか?」

「どうって……俺もアイツの女の趣味なんてよく分からねぇけど……多分、保護欲をそそるようなタイプに惹かれるんじゃねぇのか? ミツバさんもそうだろ。スレンダーで弱々しくて」

「そういやぁ、ザキも胸がぺったんこで、弱っちいよな……って、俺が女になっても、グラマラスで豪腕だったら、完全にアウトじゃねぇですかイ」

「信じろ。総悟、遺伝子を信じろ」

なんだか自分でも見当外れな応援の仕方だと近藤は思ったが、それなりに効果はあったらしい。

「まぁ、土方さんに飲ませるにしても、俺が飲むにしても……今度手に入れたら、邪魔させねぇ。そうだな、それでいいや」

沖田の目がいつものサドッ気を帯びて輝き始め「じゃ、俺、寝直しやす」と言ってニコッと笑ったときには、すっかりいつもの調子を取り戻していた。

初出:07年07月07日
←BACK

※当サイトの著作権は、すべて著作者に帰属します。
画像持ち帰り、作品の転用、無断引用一切ご遠慮願います。