星にねがいを/下
お星様なんか、なにひとつお願い事を聞いてくれた試しが無い。
「十四郎さん、短冊、書きました?」
「俺ァ、書きましたぜイ。『死ね土方』って」
「んだよ、そんな物騒な暗殺依頼してんじゃねーよ」
「十四郎さん、あたしね『来年もみんなで七夕を迎えられますように』って書いたの」
「はぁ? そんなもん、別にわざわざ願かけるほどのモンでもねぇだろ」
「でも、あたし、病気がちだし」
「急に死ぬほど、重い病でもねぇんだろ。おめぇさえ良けりゃ、来年と言わず、再来年でもその次でも、好きなだけ一緒にいりゃいいじゃねぇか」
「俺のお願い事が叶ったら、そいつぁ、ありやせんぜ。まぁ、俺はねーちゃんと一緒に、来年も再来年もその次も、俺誕生日イブを祝いやすがねイ」
お願い事は、なにひとつ叶わなかった。
土方は星からの使者に暗殺されることも無かったし、その翌年の七夕を迎える前に、土方と沖田は、近藤に連れられて武州を出ていた。
俺はあのとき、短冊になんて書いたんだっけ。
「剣を極める」という自分の望みは、気恥ずかしくて書けなかった記憶があるから「国士無双」や「天下無類」の類いでは決して無い。そう、確か。
「病気平癒」
ミツバの為にこっそり祈って、誰にも見られないように笹のてっぺんに短冊を括り付けたんだっけ。結局、そんなささやかなお願い事すらも、牽牛織女は叶えてくれなかった。
土方がぽっかりと目を覚ますと、水平線の向こうが日の出を控えて淡く輝き始めているのが、白々と明るい空から見て取れた。遠くで海鳥がみゃうみゃうと鳴いている。まだ半分、夢の中にいた土方は、最初自分がどこにいるのか分からなかった。
海辺? どうしてこんなところで寝てたんだ……そうだ、俺ァ、組の恒例行事の、海開き前のゴミ拾いに来てて、そんで……ミツバは? いや、あの女は居ない。その代わりにいるのは……ああ、そうかコイツか。やらかしちまったんだっけ。
「ち。間抜けなツラでグースカ寝やがって。風邪ひくぞ」
こうして抱き合っているから、夜露で体が冷えるということもないだろうが……敷物代わりにしていた上着から、山崎の身体がはみ出しているのに気付いて、抱き寄せた。
どうして、今さらのようにあんな夢を見たのかとつらつら考えれば、昨夜、山崎が「そういえば、今夜って、七夕なんですよね」などと言い出したせいだ。
落ち着いて朝陽の下で見ると、土方のブラウスもスラックスも酷いことになっていた。スラックスを緩めただけの着衣のままで番っていたものだから、破瓜のしるしがもろに染みを作っている。上着だけでなく、一式全部クリーニングだな……屯所に替えはあった筈だから、とりあえずは私服にでも着替えるか。
それにしても、これ、絶対にフツーの女よりも出血多いよな。もともとそういう事をするための仕様ではないのか、それとも飲んだ量が少なくて変体が不完全だったのを、無理にヤったせいなのか。そうだとすれば、胸乳が薄い理由も、下腹部が妙に小ぶりで未熟な印象があったのも、説明がつくが……だとしたら、無理矢理押さえつけてヤっちまって、悪い事をしたな……そんなことを考えていたら、不意に掌に柔らかい感触が蘇って来たような気がして、慌ててそれを払うように手首を振った。その気配に、山崎も目を覚ましたらしい。
「おはようございます、土方さん」
寝起きが良いのか、すぐに起き上がるや携帯を引っぱりだして「暁七ツ時(午前四時)か。ずいぶん明るいですね。明六ツ時かと思った」と呟いた。
「おう、今起こそうと思ってたところだ。二度寝するなよ」
「しませんよ、もったいない」
「もったいない? 何がだ?」
「だって、目を覚ましたら元に戻っちゃってるんじゃないかって、俺、ちょっぴり覚悟してましたもん。後どれぐらいこれが続くのか分かりませんけど、寝ちゃうなんて、とんでもありませんよ。このカラダを堪能しなくちゃ」
山崎はそう言って抱きつこうとする。土方が数歩後じさるのを、さらに追いすがったところで「どうやら、テメェの足で歩けるようだな」と言われた。
「え? あ、えーと。歩けませーんっ」
「アホ、今、歩いてたろうが……二度寝するなって言ったのは、皆が寝てるうちに宿に戻りてぇからだ。別に、第二ラウンドしてぇからじゃねぇ」
「えーっ、違うんですかぁ?」
小鼻を膨らませるようにしてむくれている山崎を尻目に、土方は帰り支度を始める。どれもこれも血まみれで、猟奇殺人犯として通報されそうな勢いだな、と自嘲した。
「お姫さまだっこなんて贅沢は言いませんから、せめておんぶぐらいしてくださいよぉ」
土方が歩き出したのを見て、山崎も忘れものが無いか周囲を見回してから、慌てて後を追う。
「ねぇねぇ、土方さん、前に約束してくれましたけど、デキちゃってたら、責任取ってくれるんですよね?」
「は?」
「だって昨夜、思いっきり中出ししたじゃないですか」
思いがけない言葉に土方が硬直し、その背中に山崎が顔から突っ込む形になる。顔に墨でも塗っていたら『顔拓』が取れたに違いないという勢いだった。
「いだっ……急に立ち止まらないでくださいよぉ!」
「やべぇ、それがあった。いやいや、それは無い筈だ、うん」
山崎が正面に回り込むと、土方は顔面蒼白になって硬直していた。その頬を両手で挟み込むようにペチリと叩いて「アレ? 責任、とってくれないんですか?」と囁く。
「まぁ、その、そうなったら、だな」
「へーえ? じゃあ、そうなるように、お星様にでもお願いしておこうっと」
「あほか。そんなもん、とっくに募集期間過ぎてるぞ」
ぶん殴ってやりたいところだったが、その両手首を掴んでそっと引き剥がすだけにしてやった。どうせそんなのが発覚する前に元に戻る……だろう、多分。
宿に戻ると、当然といえば当然だが、まだ戸締まりがされていた。女中を起こせば、血糊に大騒ぎをして厄介なことになるだろうからと、まずは土方が塀をよじ登り、山崎の手を掴んで引っ張り上げる。足音を忍ばせて中庭を渡り、山崎が母屋の雨戸をこじ開ける。
「お。ホントに開いたな……防犯がなってねぇぜ」
「まったくですねぇ」
自分らで忍びこんでおいて勝手なことを言いながら、靴を脱いで上がり込んだ。
「朝帰りって感じで、ドキドキしますね、土方さん」
「実際にそうだろがよ」
まだ殆どの隊士らは爆睡しているらしく、障子向こうから盛大にイビキが聞こえてくる。だが、ゴール寸前になって背後から「おけぇり」と、声をかけられた。ぎくっと振り向くと腕組みをしたタコ入道が、壁にもたれて立っていた。
「なんだ、原田か。総悟かと思った」
「それ……血か?」
「別に、怪我させたわけじゃねぇよ」
「だったらそれ……あのなぁ。俺ァ、ザキちゃんの友人として、ひとこと言わせてもらうがなぁ」
「話なら後で聞く。ここで騒ぐな。総悟に見付かると厄介だし」
土方は片手で原田を遮るような仕種をすると、障子を開けて山崎を押し込む。なおも何か畳み掛けようとした原田の鼻先で、ぴしゃりと障子が閉められた。
私服の着流しに着替え、内湯で汗を流してから何食わぬ顔で朝食に出て来た土方と山崎を見て、近藤はあえて何も言わなかった。食事の後すぐ、帰り支度でバタついたという理由もあったかもしれないが、近藤は昔から、その手の素行には一切口出ししないのだ。だが、沖田まで何も言わないのは無気味だなと、こっそりふたりで囁きあう。
沖田からのアクションがあったのは、バスに揺られて屯所に戻ってからだった。ボストンバッグの荷物を自室に放り込むや、土方の許に子犬ように駆け寄って来る。
「土方さん、実は昨日一日、アンタに黙っていたことがありやしたが」
「あン?」
昨夜のこともあって、色々やましいこと満載の土方だけに、沖田のこの台詞には『ようやく来たか』と凍りついた。
「なっ……なんだよ」
思わず身構えながら尋ねると、沖田はニコッと天使のような微笑を向けて「実は今日は、俺の誕生日でしてねイ」などと言い放つ。
「えっ……えええっ……あっ、そ、そうけぇ」
しまった、忘れてた……いや、そういえば、夢の中でもしっかり言っていたっけ。
「俺はねーちゃんと一緒に、来年も再来年もその次も、俺誕生日イブを祝いやすがねイ」と。
ちゃんと覚えていたはずなのに、山崎に振り回されて準備を怠っていた。イヤな汗がだらだらと背中を流れる。
どうせ沖田だって、今年の土方の誕生日には「プレゼントは俺でさぁ」などとふざけたことをホザいて、布団にもぐりこんでこようとするのを防ぐのにスッタモンダした程度だったのだから、なにも土方から何かを贈る義務がある訳でも無い。だが「何もない」ということになれば「だったら、土方さんを食べさせてくだせぇ」などと言い出して、バースデーケーキよろしくホイップクリームだのローソクだのを持ち出すのは、目に見えていた。
「あー……じゃあ、なんか買ってやる。欲しいもん言え。ボーナスで買える範囲で、な」
土方はそう吐き捨てて懐から煙草の箱を取り出し、1本くわえた。
いっそ居直って、カラダで済むならカラダで払ってしまうという手もあったろうが、山崎が幼子のように着流しの袖を掴んでいる状態では、キスのひとつも出来やしない。
「それとも、近藤さんやザキも連れて、飲茶でも行くか? 奢ってやる。七夕といえばチマキだろ。チマキ食おうぜ、チマキ」
「はぁ、チマキはよござんすけど……デートじゃないんですかイ」
沖田はちょっと不満そうな表情を浮かべたが、パッと表情を切り替えると「だったら、武州組みんなで行きやしょうよ。たまには故郷の昔話をするのも悪くねぇでやんしょ?」と言い放った。
「え? でも俺……」
「そう。山崎は留守番。井上さんとか永倉さんとかでさ……メシ代は全部、土方さん持ちで」
「げっ、全員分は無理だっ!」
山崎は真選組として組織が機能し始めてからの入隊なので『武州組』ではない。沖田が山崎を除外するために、わざと「武州組」を強調しているのは、明らかだった。土方にしてみれば、女の身体になっている山崎を置いて出るのは心配だったが、それを言えば沖田がまた盛大に拗ねるのは分かっていた。
外出中、誰か信頼できるヤツに山崎を預けておきたいのだが、山崎と親しい原田も、出身こそ伊予国だが、実は武州の田舎道場からの付き合いだ。
一方で、結成当時からの古株で、土方の懐ろ刀ともいえる吉村は武州組からは外れるが、今回ばかりは(昨日、テトラポッドで山崎にちょっかいをかけそうになっていたこともあり)、安心して任せられそうにない。
「参ったな」
「でしたら、俺が預かりましょうか?」
ひょこっと副長室に顔を出したのは、同じく監察方の筆頭格・篠原進之進であった。
「おう、しのか。頼まれてくれるか?」
あっさりと土方は提案を受け入れたが、山崎の方は顔色が変わっていた。
土方を慕い、想いを寄せているのは、なにも山崎と沖田ふたりに限らないということだ。むしろ篠原の場合、元々は新参者で、土方の対抗勢力である伊東鴨太郎と同門でもあったのだが、その能力に目を付けた土方が引き抜いてまでして可愛がってやったという経緯がある。
土方の目から見れば、篠原は信頼も厚い忠実な部下かもしれないが、山崎にしてみれば恋敵だ。
「げ……コイツに頼まれるぐらいだったら、吉村でいいっす。いや、大部屋でウズメノミコトばりに裸躍りでもしてる方が、遥かにマシです」
「んだよ、大袈裟な。じゃ、俺ァ行ってくるぜ?」
「ちょっ、アンタはコイツのこと買ってるかもしれませんがねぇ、コイツがどんだけ猫かぶってる腹黒いヤツか、いい加減に気付いてくださいよぉ!」
山崎が必死で喚いて土方を引き止めようとするが、にこやかな笑みを崩さないままの篠原に肩を掴まれて身動きがとれなかった。
実は篠原という男、北斗流の剣術だけではなく柔術でも師範代が勤まる腕の持ち主なのである。さりげなく肩や肘の関節を固められれば、大の男でも振りほどくことはできないほどだ。ましてや今は女の細腕。かなう由がない。
「いってらっしゃいませ。どうぞ、ごゆっくり」
「ちょっ、しのっ……いやぁああああああ! 副長ぉ、助けてぇぇえええええええ!」
山崎の必死の叫びも虚しく、障子はぴしゃりと閉じられた。
「さて……素女丹で性転換したカラダがどんなものか、学術的にも興味深いことだし。検分してみようか、徹底的に」
途端に顔つきが変わった篠原が、ニタリと笑う。
「やっ、じ……冗談じゃねぇぞ、俺ァ副長一筋なんだからなっ、誰がテメェなんざ相手に股開くかっ!」
「やぁだなぁ。俺も副長を心底お慕い申し上げているんだから、オマエなんか相手に欲情するもんか。言ったろう? 徹底的に検分するだけだって」
「検分?」
「最初に副長が素女丹の人体実験をするってとき、どうして俺じゃなくて、オマエを選んだんだろうね……そんで、次もオマエかよ。副長は俺に何かあったら困るからザキに飲ませたんだっていうけど、それだったら、モルモットはモルモットらしく、検体としての使命を全うさせるべきだと思わないか?」
篠原が懐から、小さな銀色のヘラのようなものを取り出した。それが医療用メスだと気付いて、山崎は『検分』の意味を悟った。このままでは、検体としての使命どころか、生命そのものを全うされてしまう。冗談じゃない。
襟元に仕込んだ針を取り出し、指に挟み込んで構える。その得物が殺意を込めて鈍色に光るのを見てとり、さすがの篠原も距離をとった。主のいない副長室で、じりじりとふたり睨みあいになる。
その均衡が崩れたのは、吉村が「お前ら、副長室にいつまでも居座ってねぇで、さっさとメシ食え、メシ。賄い方の連中が、いつまでも食器が片付かないって、文句言ってたぜ?」と、同僚を呼びに来たからだ。
メシと聞いて篠原が視線を逸らすと、気が抜けたのか山崎がへたり込んだ。
「おーい? ザキ?」
今がチャンスと切り刻もうとした篠原を制して、吉村が山崎の肩を掴む。
これが、吉村ではなく他の下っ端が呼びに来ていたら、篠原を止めることなど出来る由もなく、山崎は身体髪膚に五臓六腑、くまなく切り刻まれていただろう。
「大丈夫か? ザキ……おい、なんかひどい熱出てないか? しの、濡れタオル持って来い」
「ついでに、資料室からビデオカメラ持って来る」
「は? なんでビデオカメラなんだ、ハメ撮りでも撮る気か?」
そう言いつつも、吉村も腕の中でくったりと力をなくしている山崎の様子に、篠原が何を撮ろうとしているのか察した。だが、残念ながらその決定的瞬間をカメラに収めることはできないだろうということも、吉村には見当がついていた。
どこに行こうか意見は割れたが、最終的には橋田屋デパートの最上階にある飲茶バイキングの店で落ち着いた。
「バイキングだったら、食い放題だからな。これならなんとか払ってやれそうだ」
「土方さん、アルコールは別料金らしいですぜイ。俺、ポートワイン頼んでいいですかイ?」
「え? 飲み物も副長持ちかよ。じゃ俺、青島ビール」
「そうか、すまねぇなぁ、トシ。俺は芋焼酎」
「ちょっ、おまえらっ! 飲みものはテメェらで払えやコラァっ!」
「だって、ボーナスで払える範囲ならって言ってたじゃねぇですかイ。副長サマのボーナスはこんなもんじゃネェ筈でさァ」
「まだボーナス受け取ってねぇえええええっ!」
土方が喚いていると、チャイナドレス姿の美人ウェイトレスがするすると近寄って来て「ポートワインに瓶ビールに芋焼酎ですね……他のお客様は?」と、にこやかにオーダーを伝票に書き付け、金主と思われる土方の傍らに小さなバインダーを置いた。
「ちっ、分ったよ。勝手にしやがれ。ねぇさん、それと肉チマキ、人数分持って来てくれや」
アルコールが届けられ一同乾杯をしたのを見計らって、まだ湯気のたつチマキが入った蒸籠が運ばれてきた。熱くて指が火傷しそうだと文句を言う沖田の代わりに、土方が笹の葉に巻いた紐をほどいてやる。
「すみやせんねぇ、土方さん、お手を煩わせて」
「テメェ、最初から俺にやってもらう気満々だったくせに、よく言うぜ」
だが、目の前に笹を開いたチマキ置かれても、沖田は箸を取ろうとしない。じーっと中身のおこわと土方を見比べているのに気付いて、土方はチッと舌打ちをすると、それを箸でつまんで沖田の口許に運んでやった。
小鳥の雛よろしく、可愛らしく口を開けて食いつくと「そういえば、デザートコーナーにライチもありやしたねぇ。食後でいいんで、アレも剥いてくれると嬉しいですがねイ」と、そのあどけない表情のまま可愛らしくないことを口走る。
「ライチ剥いて、火傷なんざするか」
「火傷するなんて言ってませんや。果汁で指が汚れるじゃねぇですかイ」
「バカか。あらぁ、てめぇで剥いて食うのが美味いんじゃねぇか」
そう言いつつも、最終的に土方が甘やかしてしまうのは目に見えていた。
「ああやってると、仲良さそうに見えるんですがねぇ。困ったもんですねぇ」
武州組の年長者になる井上が呟くと、近藤も「まったくだよ。俺ァ昔、七夕の短冊に『トシと総悟が仲良くしてくれますように』って書いた覚えがあるぐれぇさ」と、苦笑する。
話なら後でと言われながら、そこから音沙汰無しの原田は、むっつりと小龍包だの海老焼売だの中華バーガーだのを口に押し込んでいたが、それを受けて「だったら、俺ァ『ザキちゃんが副長を諦めますように』って書くわ」と、ボソッと呟いた。
食べ過ぎたからお腹が重くて歩けないと、ゴネる沖田をおんぶして屯所に戻った土方は、何やら怪しげな呪いのグッズが山と積まれている一番隊隊長室に沖田を放り込んで、副長室に駆け戻る。
「ザキ、大丈夫か?」
ふすまを開けると山崎がぺたんと座り込んでいた。裸の上半身に、隊服の上着を引っ掛けている。
「ザキ?」
一瞬、誰かに暴行されたのかと焦ったが、土方の帰還に気付いた山崎が「お星様のいじわるぅ」と半べそで訴えたのを聞いて、吹き出した。
「次の俺の非番の日までは、このまま居れますように、ってお願いしたのに!」
見れば、平たい胸はレッキとした男のものに戻っていた。
隣に居た篠原に視線を移せば、妙に生真面目な表情で「副長が出られて、間もなくでした」と報告する。
「そうけぇ。ま、お星様なんかにお願い事をした、テメェを怨めや……いや、オメェ、確か今日も非番だったんじゃなかったっけ?」
「え? あ、確かにそうだけど……でも、今日はほとんどの隊士が非番じゃないですかっ!」
「非番に変わりねぇだろ、昨日お願いして今日までなら、テメェの注文通りじゃねぇか」
そう言ってけらけら笑いながら、土方が、テイクアウト用の紙箱を包んだ風呂敷を広げてみせた。
「これ、土産のチマキな。しの、監察の他の連中も呼んでこいや。全員分あるからよ」
『来年もみんなで七夕を迎えられますように』
それぐらいなら、お願いしてもいいだろうか、と土方はふと思っていた。
もちろん、武装警察という職場で、人使いの荒い土方の直属という(我ながら)劣悪な環境で、しかも単身で危険な潜入調査などを行う監察方の連中は、誰がいつ命を落とすか分からない部署ではあるのだが。
それでも、いや、それだからこそ。
結局そのお願い事も、叶わなかったのだが、それが知れるのは一年先のことだ。
篠原が部屋を出て行ったので、土方と山崎のふたりきりになる。
「だって、もう少しあのカラダで居たかったのに。てゆーか、せっかくだから責任とって、嫁に貰ってもらいたかったかも、なんて」
「ふざけんな」
土方がポカンと山崎を軽く引っ叩いた。
「いたっ、目から星が出た。ひどいっすよ、昨夜はあんなに愛し合った仲じゃないですかぁ。俺、せっかくヴァージンまで捧げたのに」
山崎が鼻をならすように甘えた声を出すと、今度は畳にめり込めと言わんがばかりの、本気の拳が降って来た。
了
【後書き】去年の七夕合わせの予定で上・中編を書いて放り出していましたが(どうしてここで手を止めていたのか分からないのですが……飽きたのかな/爆)、ようやく完結に漕ぎ着けました。1年も間があくときちんと繋がるように書けるか心配でしたが、どうでしょうか? |