星にねがいを/上
皆様に愛される警察組織を目指します……という薄ら寒いキャッチフレーズの下、大江戸海水浴場の海開きに先立って、真選組一同が海水浴場のゴミ拾いに狩りだされるのは、梅雨が明けて夏本番を迎える季節のこと。
慰安旅行みてぇなもんだと思え。ゴミ拾いが終わった海で泳いでもいいんだし、どうせ日帰りできねぇんだから、宿とって一泊するんだし。
毎年言い訳のように、近藤が言い聞かせるのだが、なんだって武装警察ともあろうものが、こんなボランティアみたいな真似事をしなけりゃいけねぇんだと、隊士らには不評この上ない。
それが珍しく今年は好意的に受け取られたのは、ここ数日のまるで真夏のようなうだる暑さのせいだ。
「そろそろ、ウチの隊服も、夏服仕様ですかねイ」
「あの袖無しか……みっともねぇ」
「そうはいっても、あれをきっちり着込んだら暑くてかなわねィのは、土方さんも体験済みでござんしょうが」
それはそうと、ジュースでもいかがですかイと、沖田がわざとらしいとびっきりの笑顔を浮かべながら、イカガワシゲな真っ黒い液体が入ったコップを土方に差し出したのは、海水浴場に向かう貸し切りバスの中。
「なんだ、この醤油みてぇな物体は」
「いや、俺プロデュースのブラックオレンジに続く第二弾で。毒見は是非、土方さんで」
「断る」
「そう言わずにお願いしやすよ。アバンチュールにぴったりな、ブラック・ブルーハワイでさぁ」
「意味分からん」
「つべこべ言わずに飲みやがれってんだ、土方の分際で」
「オイいいいい! なに理不尽な事言ってんだ、こいつっ!」
沖田が土方を押さえつけて、無理矢理それを口に流し込もうとし、土方は反射的に「山崎ッ」と叫んでいた。
「あいよっ」
山崎は確か、かなり後ろの席にいた筈だが……補助シートも広げて隊士を詰め込んでいた車内で、監察ならではの身軽さを発揮して、座席を乗り越えて来たのだろうか。
バッと二人の間に割り込むと、沖田の胸を突き飛ばした。コップの液体が豪快にこぼれ、そのほとんどを山崎がひっかぶる形になる。
「あああああああああっ!せっかく悪の組織をいぶり出して、苦労して手に入れたのに、何しやがんでい!」
「けっ、ざまぁないですね、沖田隊長」
「なっ……その口の利き方はなんでぇ、このバカ犬ッ!」
そのすぐ前の席に座っていた近藤が「おーい、早速ケンカか? トシ、お前が一緒になって騒いでどーすんだよ」と、半ばうんざりした口調でたしなめる。
「ああ、すまねぇ……山崎、ちょっと待て、タオル出してやるから」
「へい。口ン中にもちょいと入ったようで、苦くて……」
そうつぶやいている山崎の目付きが、ややトロンとしてくる。
「おい、大丈夫か?」
「なんか……カラダが熱い」
くらっと倒れかかるのを抱きとめて、土方が沖田にじろりと視線をやる。
「総悟、あらぁ何のクスリだったんだ? ロクな外法を使っていめぇ」
「ち。だから土方さんに飲ませたかったのに。面白くねぇ」
ぐっしょり濡れている隊服が、山崎の胴に張り付いて、その緩やかなラインを浮き彫りにしていた。いや、それを見なくても、腕の中でぐったりとしている身体の柔らかい感触で、土方にはそれと知れた。
「てめっ……また、ロクでもねぇもんをっ!」
土方は慌てて上着を脱ぎ、山崎の上半身を包んでやる。
それは……天人が開発したという違法ドラッグ。
一時的に性転換を起こさせるという“素女丹”というものであるらしかった。
海水浴に着く頃には、山崎も目を覚ました。
まぁ、放っておいたらそのうちに治るらしい……ということは分かっているので、性転換そのものについては、皆、あまり深刻に考えることもなかった。問題は、戻るまでの間、だ。
「ゴミ拾い……皆、どうせ水濡れするからって、海パンなんだが」
当然、女になった場合なんて想定している訳がないので、そんな準備なんぞしている由もない。
「だったら、女ものの買ってくればいいんじゃねぇのか? 経費で落としてやれよ、河合」
河合と呼ばれた勘定方の青年は、しかし「無理です」と即答していた。
「いくら局長がそう仰られましても、これは経費として認めるのは難しいです。捜査活動に必要とは思えませんし」
「これも、一応、仕事扱いなんだがな」
土方も口添えをしたが、しれっと「同じ活動をして、山崎さんだけが要るというのも、明確な理由がなくては、上に通せません」などと言い返す。このトンボ眼鏡め、絞め殺してやる……という殺気を覚えそうになるが、勘定方などという役職は、こういうカタブツでなければ勤まらないのだろう。
「まぁ、別に海パンでも……上にTシャツ着てれば、別にいけるんじゃないですか?」
こういう事態になると、むしろ本人の方が居直ってしまうのだろうか。妙に危機感が低い山崎の発言に、土方は偏頭痛がしそうな気分になった。
「馬鹿、おめーのために言ってるンだろうが……いっつもいっつもコケたり波かぶったりして、ずぶ濡れになってんじゃねーか。鈍くせぇんだからよ。Tシャツなんかで濡れてみろ、その……透けるじゃねぇか」
「でも俺の水着は、経費で落ちないって。オンナモノの水着って、結構高いんですよ」
「ちっ……だったら、俺がカネ出してやるから、いいから、ちゃんと着ろ」
土方がイライラと言い放ち、尻ポケットから札入れを引っ張り出す。
そのやり取りをニヤニヤと眺めていた沖田が「俺が土方さん用に用意してた水着ならありますぜい」と言い出した。
「女モノの水着か」
「へい。土方さんが女体になったらさぞや似合うだろうと思って、楽しみに選んだ傑物ばかりでさぁ」
その言い方に若干の不安を感じながら「とりあえず見せてみろ」と言うと、沖田は嬉々として自分のバッグを漁り始めた。
「たとえば、オーソドックスかつ、シンプルなところで、黒ビキニってぇのがありまさぁ」
そう言いながら、沖田は取り出したビキニのブラジャーを、自分の頭にかぶせた。
「ねずみぃまうす」
「オイいいいいいっ! それ、マズいからっ、マジでヤバイからそのネタはっ! そして、明らかにサイズが違うだろーがっ!」
「そりゃあそうでさぁ。土方さんは巨乳に違いないと思って見立てたんすから。俺ァ、握ったら指が沈むぐれぇ、揉み甲斐がある方が好みでやすからね」
「勝手に決め付けるな! そして、てめぇの好みなんて誰も聞いてねぇっ!」
「土方さん、何をムキになってやがんでぃ。あまりイキむと痔が悪化しやすぜ」
「誰が痔だ、ゴルァ!」
「えっ、あれで無事だったんですかイ。大したもんだ。今度はもっと太いディルドーを仕入れときまさぁ」
「何の話だ! おおよそ要らんわ、このボケッ!」
「そうやってムキになってキャンキャン喚くとこが可愛いんだって、自覚なすった方がいいですぜ? ま、ビキニが嫌だったら、ワンピース型もありやす」
頭に黒ブラジャーの耳を乗せたままの沖田が、さらに引っ張り出したのは、紫に金ラメの飾りをちりばめたハイレグ水着だった。胸の部分にはメロンのようなカップがついている。
「無理ぃいいいいっ! それ、もし俺が女でも無理ぃいいいいっ! 着れないからっ! ましてや山崎なんかじゃ……」
「背中んところを絞って、安全ピンで止めたらいけると思いやすけど……誰か安全ピンなんて持ってやすかねぇ?」
「あ、多分、隊服にクリーニングのタグの安全ピンが付けっ放しのヤツがひとりぐらい、いると思いますよ。俺、いつも副長の隊服の外して上げてますけど……不精してそのままつけてある人、いるでしょう、多分」
「山崎、なんでてめぇが甲斐甲斐しく土方さんの隊服のタグ外してんだよ。なんでぇ、女房気取りか? 女房気取りですかコノヤロー!」
「総悟っ! ザキも乗るんじゃねぇ、安全ピンとかなんとか、そういう論点じゃねぇえええええっ!」
卓袱台があったら全力でひっくり返していたであろう勢いで、土方が喚き倒し、沖田の機嫌が次第に悪くなる。
「なんでぇ、土方さん。そんなにコイツの平ぺったい乳が心配ですかイ」
そう言うと、やおら山崎の背後に回りこみ、シャツの裾をガバッとたくし上げる。
「うわぁああっ!?」
ぺろんとなだらかな胸が露わになり、当の本人は唖然として固まっている。代わりに、土方が「オイいいいいいっ! 沖田、てめっ!」と喚いて、沖田の手を弾くように叩き飛ばすと、シャツを引き下ろして隠してやった。
「土方さん、耳まで赤ぇですよ……もしかして、こんな幼女体型に欲情する性癖があるんですかい?」
「バッ……バカッ! 幼女体型だとかそういうんじゃなくて、その、一応、女の体なんだから、なぁ」
「こんなつるぺた、男とそう変わりませんって。まぁ、土方さん、そう照れなくても、ひとにはひとつやふたつ、特殊な性癖があらぁな……俺としては、土方さんに児童ポルノ趣味があると知って、大爆笑ですがねい」
「児童ポルノ趣味いうな!」
「じゃあ、ロリ……いや、ペドかな」
「いっぺん死ぬか、てめぇ!」
「怒れば怒るほど、肯定してるようなもんですぜい。ようがす、俺が土方さんの性癖にぴったりの水着をコーディネートしてさしあげやしょう」
沖田がそう黒い笑顔を浮かべて宣言すると、土方の札入れを取り上げた。
「山崎、ついて来なせぇ」
そのままふたりだけで行かせると、ロクなことになるまい……少なくとも財布の中身が……と危ぶんだ土方も、慌ててその後を追う。
海開き前だが、今日は真選組御一行様が来ているということで、一足先に、海の家は開店していた。しかし、さすがに水着を買いに来たと聞いて「はぁ?」と目を丸くする。
「えーっと、お客様、まだ品揃えが不十分でして、これぐらいしか……」
オーナーがハンガーで釣り下げられた水着を示すと、沖田はバサバサとそれを検分し、ほとんど何の迷いもなく一着を手にした。
「これで」
「はぁ? これで良いのですか? もっとオシャレなものもありますよ? これはスキューバーダイビングなどをされる方が、ウェットスーツの下に着る用でして……」
「これでいいんでさぁ……ほれ、バカ犬、試着して来い」
いかにも満足げに言って、山崎に手渡す。
無地の紺色の、露出度の低いワンピースタイプ……世に言う「スクール水着」であった。
「マテ、総悟。露出度が低いのはいいとして、なんであえてコレなんだ? というか、俺の性癖がコレってことか、コルァ!」
「つるぺた幼女体型にはスクール水着、これ定説でさぁ」
「いつ定められた、そんなもん!」
「その昔、エロを極めたという伝説の勇者が手にした、萌え法典の第7条に」
「あるかぁあああああ!」
試着室で着替えている山崎を待つ間、仲良く(?)漫才を繰り広げていた土方と沖田であったが、今にも刀を抜いて斬り合いになりそうな雰囲気のところで「こんなもんかなぁ……」と消え入りそうな声が割り込んだ。
試着室のドア代わりのカーテンから、恥ずかしそうに顔だけ出していたのだが、おずおずと出て来る。
「ああ、大体、サイズは合ってますね。太股回りとか大丈夫ですか? 背丈があるお嬢さんですから、少しキツいかと思いましたが」
オーナーがするすると近寄り、肩紐の辺りや、腰回りを慣れた手付きでチェックする。まさか元は男だとは思っていないので、ごく自然に女性客相手の対応になっている。背丈があるお嬢さんとはかなり違和感のある言葉だが、男としては小柄な山崎も、ほぼ同じ背丈の女だとすれば、確かに長身の部類に入るのかもしれない。
「お尻……ちょっと、食い込んでない?」
「なんでぇ、ザキ。てめぇ、胸はひらべったいくせに、ケツはでかいのかイ」
すかさず沖田がからかったが、オーナーは平然と「ああ、これぐらいなら、大丈夫でしょう」と受け流す。
土方はといえば、山崎が出て来た時から、唖然とするあまりにくわえ煙草が今にもポロッと落ちそうになっていた。
「その……オヤジ。それに腰巻きでもつけてやってくれ」
ようやっと出た台詞が、それだった。
「腰巻き? パレオですか。でしたら、こちらになりますね。どの柄がいいでしょうね? これなんかどうです? それともこっち?」
「なんでぃ、土方さん。こいつのケツなんか隠そうが出てようが、どうってことないでしょう」
「うるせえっ!」
「土方さん、まさか、このスク水姿にホントに欲情してるってんじゃないでしょうねぇ? 胸なんて見てみなせぇ、まさにまな板だ。千六本が刻めますぜイ」
当の本人の山崎は「もうスク水でもパレオでもなんでも、好きにしてください」的な気分で苦笑いしながら、黙って成り行きを見守っている。
「柄なんてどうでもいいんだがな。だったら、これで。山崎、いいだろ?」
土方が、勧められたうちの1枚、黄色系のマーブル模様のを適当に拾い上げた。
マヨネーズ?
それって、マヨネーズっぽいから選んだ?
アンタってば、どこまでマヨネーズ好きなんだ?
つーかいっそマヨネーズプレイ? それなんてエロゲー!?
沖田だけでなく、思わず山崎もそうツッコみそうになったが、オーナーはしれっと「はいはい、じゃあ、これで」と言って「ここで着て行きますよね?」と値札を外して山崎に渡し、お勘定の金額を電卓に打ち込むと、土方に差し示した。
三人が海岸に戻ると、既にむくつけき大男どもが、ゴミ袋と火バサミを手にして、せっせとゴミ拾いを開始していた。一見キレイな砂浜でも、いざ拾い始めると、吸い殻だのロケット花火の残骸だの、ビニール袋の切れッ端だのがなんぼでも出て来るものだ。
「おー・・戻って来たか。お、ザキ、カワイイじゃねぇか。そのマヨネーズ柄の腰巻き」
振り向いた近藤がサラッと言った。ちなみに、近藤の水着は赤フン姿(越中)だ。
「オイいいいいいっ! 局長ーッ! 俺がせっかく黙ってたのにっ!」
「この俺ですら、敢えて黙ってたのに、抜け駆けるとは、近藤さんひでぇや!」
「は? おまえら、何言ってンだ?」
ワッと喚き始めたふたりと、キョトンとしている土方を前に、近藤も目を丸くするしかない。
「トシ……違ったのか?」
「知らねェよ、そんなん」
「ま、まぁ腰巻きはともかく……だ。その、スク水っていうのも悪く無いものだな。うん。露出度を押さえながらも、ほんのり膨らんだラインを浮き彫りする演出が心憎いばかりだな。そうだ、お妙さんにもスク水を是非……なぁ、いいと思わねぇか? トシ」
「近藤さん、アンタ、マジで刻まれるぜ?」
異次元にトリップし始めた近藤をほったらかして、土方と沖田も水着に着替えると、ゴミ袋を手にした。
「あ、さっそくゴミ見っけ」
そう言うや否や、沖田が火バサミでいきなり土方の股間を狙ったのは、ほぼお約束だ。すんでのところで、土方は己の火バサミで沖田の攻撃を受け止め、ぎりぎりと押さえ付ける。
「なっ……てめっ、何しやがんでぇ! 危ねぇじゃねぇか!」
「いや、いらねぇでしょう、コレ。土方さんは、後ろだけでイけるんだし」
「んなわきゃあるか、ボケ!」
「あーあ……ホントなら、土方さんを性転換させて、しっぽりヤってる筈だったのに……そうか、あいつこそがいらねぇゴミってヤツだな。棄ててきまさぁ」
「総悟ッ!」
ふたり、その鉄器でチャンバラでもやらかしそうな勢いであったが、近藤が「おーい……隊士に示しがつかねぇから、真面目にやってくれ」と、声をかけると、不承不承ながらも「へーい」と返事をした。
「山崎はテトラポッドの方にいけ。あっちは足場が悪いし、テトラポッドの隙間とかに、結構、ゴミが溜まってるみてぇだから、身軽な監察の連中に行ってもらってる」
「あい。了解しましたぁ」
軽快な足取りで駆けて行く山崎を見送りながら、近藤は「やはり、スク水はイイ……この夏、お妙さんにはスク水を贈ろう」と固く決意をしたものだ。
テトラポッドの山は、海水浴場の端の方にあり、かなり沖合いから龍か何かの骨のように横たわっている。その頭部が丁度、陸に上がった形で、乱雑に積み上げられたコンクリートブロックが、あちこちに奇妙な空洞を作っていた。
子どもが潜り込んで落ちたら、擦り傷切り傷程度ではすまないだろうから、一応、この近くには立ち入り禁止の札が立ててある。
しかし、ちょうど砦のようになっているスペースもあるため、オトナは立て札を無視して入り込むらしい。
「……これで、使用済みコンドーム、何個目だろう」
「俺、ビニ本、3冊目」
調査の都合上、この手のモノが満載のゴミを漁ることもあれば他人の情事をのぞくことも無いわけではないため、ある程度の免疫ができている監察連中も、この露骨なゴミには苦笑するしかない。
「てゆーかさぁ。こう、雨露でガビガビになって打ち捨てられてるエロ本って、どうしてこんなにエロく見えるんだろうなぁ」
「あー・・それ、俺も思う。新品で買ったら大したことないグラビアでも、こう、グチャグチャになるとグッとエロくなるよな。あれ、なんでだろうなぁ……あ、パンツ。オンナ、ノーパンで帰ったのかなぁ、コレ」
やりきれなさをぶつけあうように、互いの姿は見えない状態でも、そんな無駄口を叩いている。
ふと、吉村が「つーか、さぁ……いくら山崎だっていっても、一応、オンナなんだろ、今。こういうところのゴミ拾いさせんのって、なんつーか……セクハラみてぇだよな」などと言い出した。
「オンナ? ああ、そうだっけな。忘れてた」
本人はケロっとしたものだ。むしろ、男の時よりも若干なりとも身体が軽くて軟らかいらしいので、奥まで手が届いて便利だ……ぐらいにしか思っていない。
「こんな格好だから、気になるか? ごめんなぁ。いっそ皆と同じ海パンで、上にTシャツでも着てた方が、意識させなくて良かったんだろうけど、副長が絶対にそれはダメって、きかなくって」
そんなことを言いながら潜り込んでいた隙間から這い出した山崎が、砂地に降りて軽く伸びをする。
「海パンだったら、下から丸見えだろうが」
「ああ、そうかな。そうかもなぁ」
おざなりな返事を返しながら、パレオをめくって、お尻に食い込んだスク水を指で直そうとする。ふと、人の気配と派手な衝撃音を感じて振り向いたが、視界入ったのはぶち倒れている吉村と、仏頂面で仁王立ちになっていた土方だった。
「あれ? 副長? 吉村は?」
軽く右手首を振っているところを見ると、土方が吉村をぶん殴ったに違いない。
「あの、えーっと」
「だから、危機管理意識が低いってぇんだ。てめぇのカラダんこと自覚しとけ、ボケ。なんのためにその腰巻き買ってやったと思ってんだ」
……ナニッテ、アナタノシュミデハ、ナインデスカ?
思いきりそうツッコみそうになったが、口に出せば土方にブン殴られることは分かっていたので、あえて黙っておいた。
「ああ、それから。そろそろ切り上げて戻って来いってよ」
まだ数名要る己の部下達にそう声をかけると、土方はくるっと踵を返した。
「あ、副長の荷物、持ちます」
持って生まれた悲しいパシリ根性、山崎がするすると土方に歩み寄ったが、逆に山崎が手にしてたゴミ袋が土方に奪われた。
「……結構、重てぇな」
「だから、俺、持ちますって」
「いや、いい。それはいいから……さっきみてぇなマネ、うかつにすんなよ。一応、男所帯なんだから。その気はなくても、オンナってだけで襲われるぞ」
「さっきみてぇな……って……ああ、あれ?」
別に、お尻直そうとしただけなんだけどなぁ。でも、それがダメだったのかな。まぁ、女の子がそういう仕種してたら、好みのコじゃなくてもドキッとするだろうけど……ああ、そういうことか。
さっき自分がどんな目に遇いそうになっていたかを理解すると、急に怖くなった。
土方がシャツでも着ていれば、その裾を掴みたかったところだが、代わりに首に巻いていたタオルの端にそっと触れる。
「あの、副長……」
「当分は、俺の目ェ届く範囲にいやがれ。俺を庇ってそうなったんだから、俺に責任があるんだしな」
「あ……あい」
頬を赤らめながらも上司を見上げると、土方は不機嫌な顔でそっぽを向いていた。
|