もんどりって東言葉でどういうの?


「高杉様、うなぎ知りませんか?」

『うなぎ』という魚は知っているが、来島が尋ねているのはそんなことではないのだろう。キセルをポンと灰皿に打ちつけて「知らん」と答えておいた。今日が土用の丑の日なのも分かっているが、それがどうしたというのだろう。ウチは泣く子も黙る過激攘夷志士・鬼兵隊なんだぞ。なんで、そんなのんきなことをしているんだと問いたい。問い詰めたい。

「タライに入れてたんスけど、逃げたんスかね。せっかく、生きたうなぎを入手したのに」

「来島、うなぎなんざ捌けるのか。確か、かなり面倒だった筈だが」

来島は首を傾けて「高杉様ができるんじゃないんスか? 昔、川で獲って仲間と食べてたって聞きましたよ」と、真顔で尋ねる。高杉はふっと思い当たって、唇を歪めた。

「そいつぁ、俺じゃねぇよ」





「銀ちゃん、今日は刑務所でも蒲焼き食べるってテレビで言ってたアル。食べないと、万事屋は刑務所以下アル」

そんなことを言いながら、神楽がパタパタと駆け込んできた。銀時はつまらなそうに漫画雑誌をめくりながら「そうか、だったら今すぐ刑務所入って来い。あのドSに頼んだら、すぐぶち込んでくれるぞ」と、生気のない声で応えた。

「あのバカに頼むのは、嫌アル」

「そうか、だったら今すぐアフリカ星にでも行って、カバ獲って来い」

「蒲焼きって、カバの肉アルか?」

神楽が首を傾げたが、新八は「僕は地球人だからダマされませんよ」と、ツッコんだ。

「とはいえ、確かにうなぎは高いですよね」

「うなぎは絶滅寸前だからな。万事屋は人に厳しく、地球にやさしーんだ。てめーら、胸を張ってサンマでも食っとけ」

そう言うと、銀時は応接セットのテーブルに乗せていたレジ袋を指差した。新八が中を覗き込むと、缶詰がゴロゴロと入っている。どうやらパチンコの景品らしい。

「サンマの蒲焼きですか。アナゴですらないんだ……アナゴも、そこそこの値段しますしね」

ビンボー暮らしには慣れましたけどねと、新八が肩を落としていると、玄関の呼び鈴が鳴った。

「銀時様、お累様からお裾分けが」

「は?」

神楽と新八が出迎えると、機械人形(からくり)家政婦のたまこと芙蓉伊ー零號が、白い発泡スチロールの箱を抱えて立っていた。その中では、灰色の管のようなものが何本もウネウネと蠢いている。

「うわっ、エイリアンアル! 化け物アル! 銀ちゃん助けて!」

新八はそれが生きたうなぎだと気付いていたが、余りに生きが良すぎて圧倒され、声が出ない。その騒ぎに呆れたのか、のっそりと銀時が玄関に出てきた。

「お累からっつーか、せれぶ宛に届いたんだろ」

お累というのは馴染みの団子屋の娘だが、そこに貰われた赤子は、吉原女の忘れ形見だという。吉原女の子なら我ら皆の子じゃと、月詠らが折々の節句には過分の祝いを贈りつける。今回は、生きたうなぎという訳だろう。

「ど、どうしましょう、銀さん」

「どーもこーも、食えばいいだろーが」

「どうやって! いくら僕でも、こんなの捌けませんよ!」

そりゃあそうだろうなと、銀時は頭を掻いた。体内で料理が作れるという芙蓉も、調理方法が分析できなければお手上げだろう。
確か、殴って気絶させてから、キリで頭をぶっ刺して、まな板に固定して、捌くんだっけな。ガキの頃、川に沈めてある筒状の仕掛けから盗んで、見よう見まねで串を打って、河原で焼いて食ったことがある。血に毒があるというから、しっかり血抜きをして。ああそうだ、滑るから軍手をはめなくちゃいけねぇ。

「たま、捌き方教えてやっから、手伝え」

江戸前は背からだっけか、腹からだっけか。食えりゃどっちでもいいや。





まさか、わざわざ白夜叉にうなぎを捌いてくれと頼む訳にもいかないだろうし、テロリストがうなぎを魚屋に持ち込むなんて、冗談がキツすぎる。そんなモノ居なくなって良かったじゃねぇかと、鼻で笑いながら部屋を出る。風に当たりながらもう一服しようと甲板に出て……ふと、足下にぬるっとした感触があった。見下ろすと、天人の幼児が座り込んで、両手で灰色の管のようなものを握っていた。どうやら、その管の先が暴れて、足に触れたらしい。

「……蟲か」

管はビクビクと痙攣しながら、齧り取られた切り口から血をまき散らしている。どうやら、このチビスケがうなぎをかっぱらった挙げ句に、節分の太巻き丸かぶりよろしく、生きたまま頭から貪り食ったらしい。

「おい、誰か……来島に、うなぎが見つかったと告げてこい」

通りがかった同志にそう呼びかけ、あとは知らぬ顔の半兵衛を決めるつもりであったが、チビスケに懐かれているのか、足下にまつわりついて離れない。うるさいから根性焼きでも入れてやろうかと思った矢先に、来島が甲板に出てきた。

「あら、うなぎはむいむいちゃんが食べちゃったんスか。むいむいちゃんには、まだ早いと思ったから、うなぎパイをあげるつもりだったのに」

この状況は早いとかそういう論点じゃねーだろとツッコみたいのを、高杉はぐっと飲み込む。一方、なんとかもエクボというべきか、来島はうなぎの血と粘液でベトベトになっているチビスケの顔を、甲斐甲斐しく己の着物の袖で拭ってやっていた。

「うなぎパイも食べる? もうお腹いっぱい? せっかく買ってきたのに、どうしよう。高杉様、召し上がる?」

「俺はいらねぇ。余ってるんなら、伊東んとこのガキにでもやったらどうだ」

「そうっすね。武市ヘンタイや万斎にやるよか、よっぽどマシっス」





市中見回りから戻った篠原進之進は、ちょうど屯所前で伊東鷹久を見かけた。

「局長にでも、ご用ですか?」

「いや、たまには、姪を食事にでもと思ってね。夏バテをせぬよう、うなぎでも食べさせようかと」

そういえば丑の日だったな、と思い出す。道理で、昼のランチにうな丼があったわけだ。

「そして、おやつにうなぎパイですか?」

「ああ、これは江戸城で奥女中に渡されたんだ。久しぶりに姪に会いに行くと話したら、手土産にどうですかと」

「はぁ、そうですか」

大奥に出入りしている割に安っぽい品だなと思わないでもなかったが、大奥で働いている女中と一口に言っても、側女に近いものから飯炊きまでいるのだ。

「お嬢様は、お部屋でお休みになっているかと……ご一緒します」

「そうかね」

廊下を一緒に歩いていると、向こうから「あ、おじちゃーん」という甲高い幼女の声と、パタパタと駆けて来る足音が聞こえた。篠原が「ひなちゃん、お父さんは?」と(こっそり小声で)尋ねると、その気遣いを無駄にするほど大きな声で元気よく「ママとおでかけ」と答えられた。
あの色ボケ、逃亡したかと、篠原は苦笑いする。多分、どこかで鷹久の来襲を察したのだろう。逃げると余計にややこしいことになるのに……とは老婆心ながらに思うのだが、どうせ聞き入れるような殊勝なタマでもない。
一方、鷹久はそれぐらいは予想していたらしく、顔色ひとつ変えずに「陽向、これお土産」と、包みを渡した。それ受け取った陽向は、なぜか不思議そうに首を傾げて、箱を引っくり返したり、下から覗き込んだりしている。

「うなぎパイだよ。好きじゃなかったかな? 皆で食べようと思ったんだがね」

「にぃにもいっしょでいい?」

「にぃに? ああ、子守りの吉村君かね。もちろんだとも」

それを聞いて、陽向は『にぱっ』と笑った。





【後書き】土用の丑の日にちなんで、書き下ろしてみました。時系列的には『天長地久〜』のシリーズの後になります。

いいタイトルが思い浮かばず、適当に『むなぎ召しませ』にでもしようと思ったのですが、よく考えたら、こちらの作品のサンプル掲載のタイトルでした。土方の娘の話です。
ちなみに、川魚を穫る漁具の『もんどり』って関西弁らしく、別名である『びんどう』や『せるびん』は胴がガラス製なので、微妙に違う気がして……気になって仕方なかったので、そのままタイトルにしてみました。
初出:15年07月24日
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壁紙:素材屋Miracle Page より。