窮鳥懐に入れば/下


幼女のような外見からその胎内も青いままなのではないかと危ぶんでいたが、幸い花心は十分に熟しており、指二本が慣れた頃には伊東の脣から漏れる吐息も、うっとりと熱を帯びたものになっていた。

「悪くねぇだろ」

囁きかけると、こくんと頷く。

「だが……まさか、君とこんなことになるとは、思わなかった」

「それは俺もさ」

十分にほぐれた頃合だと看て取り、土方もとうに着崩れて弛んでいた着物の帯を解く。下着を脱ぎ捨てて現れたモノが伊東の視界にも入る。それは既に血管を浮かび上がらせて、隆々とそそり立っていた。
アレが胎内に入るのか。元は男である身で男のモノを受け入れることへの嫌悪感や、未知の体験への畏怖で肌が粟立つ一方で、それを望んで身体の芯を熱くしている自分が、どこかに居る。それがクスリの影響であることは確かなのだが、今触れあっている肌の接触面の心地よさも影響しているらしかった。
素肌が触れあうことが、こんなに快いものだったとは知らなかった。

「でも、それが、よりに寄って君だなんて」

伊東が繰り返したのを聞いて、土方は「嫌だったら、俺だと思わねぇで、目でも閉じて、だれか好きなヤツでも想像しておけや」と、苦笑した。

「そんなヤツなんか、いない」

「いや別に、今いなくたって」

「人を好きになったことなんか無いから、どういう感情なのかも分からないし」

ぼそっと呟いた伊東の声に、土方は思わず愛撫の手を止めた。

「どういう、か。そうだな……そいつんことが気になって気になってたまらない特別な相手、って感じかな」

「なるほどな」

伊東がふと考え込んだようなので、土方はその間、そのまま待ってやった。やがて、宙を彷徨っていた視線がパッと土方の瞳の奥に飛び込んでくる。

「だったら、それは……君だな」

「ちょ、おま、マテ。俺のことは嫌いなんだろ」

「確かに僕は君が嫌いだし、君に嫌われているのも知ってるが……気になってたまらない特別な相手であることに間違いはないし、第一、嫌われているというのは、無関心より遥かにマシだ」

「近藤さんはどうなんだ。さっきはえらく懐いてたじゃねぇか」

「確かにそうだが……それはたまたま拾ってくれたからだ。君がいう条件とはまた、別だよ。それに、あの人は誰に対してもああだから、特別な相手というカンジでもないし……そんなことより……」

言葉を区切ると、伊東がじれたように、土方の肩に軽く爪を立ててきた。足を絡めたり、腰をすりつけたりするような露骨な真似は自尊心が許さなかったのだろう。それに気付いて、土方がニヤッと意地悪な笑みを浮かべる。

「そんなことより? どうしてもらいてぇんだ?」

「分かっているなら、聞くな」

「ちゃんとねだってみろや。気になってたまらない相手が、欲しいって」

「畜生ッ」

「いらねぇのか? 俺ァ別にこんなことしねぇで、オメェを部屋に匿ってやるだけでもいいんだぜ?」

じらすように腰を揺すって滑らかな入口にそれを擦り付けると、相手も軽く腰を浮かせて来た。そのまま突っ込んでしまいたくなるのを耐えて「ちゃんとおねだりできるまで、お預けだ。さぁ、どうしてほしいんだ?」と、耳元で囁いてやる。その呼気にも感じるのか、びくびくと女体が爆ぜた。こくんと頷いた目には、うっすら涙が浮いている。

「あ……いして」

だが、慣れない言葉のせいか、絞り出すように呟いた語尾は途切れてしまった。




あいしてほしい




「ハイ、よくできました」

そう囁いてやると、土方は片手で己のモノを握り、あらためて入口に押し当てた。もっと卑猥な単語のひとつも言わせてみたかったが、これ以上は多分無理だろう。
ふと見下ろした伊東の腹に、紅い筋が走っているのに気付いた。先ほどサラシを裂いた時に刃先が触れたのが、今頃ミミズ腫れになって浮かび上がってきたものらしい。
息を吐けだの力を抜けだの注文をつけてもできそうにないなと、そのミミズ腫れを指でなぞると、重ねた部分にゆっくりと体重をのせていく。生娘の身体のせいか、押し入っていくと内側の粘膜が伸び切って、メリメリと裂けていくのがダイレクトに伝わって来た。

「おい、大丈夫か? やめようか?」

「痛い……けど、我慢できると思う」

「我慢してするようなモンでもないがな」

少しでも気を逸らしてやるかと、番ったまま薄い胸乳に吸い付いた。最初はくすぐったがっていたようだが、そろそろ慣れた頃だろう。舌で硬く膨らんだ果実を転がすと、上の口は声を必死で堪えているようだが、受け入れている側の口は、吸われて感じていることを隠せずわなないた。

「動いて、大丈夫か?」

「頑張る」

『日本語として、なんかその会話おかしいぞ』とツッコみかけたが、見下ろした伊東の表情が再びぼんやりしてきたのを看て取り、あえて呑み込んだ。
波状に症状が出るのだろうか。だとしたら、山崎が飲んでしまった薬とはまた、別モノだということになる。落ち着いたら、その辺もきちっと尋問すべきかもしれないな……と、土方は考え込んでいたが。

「頑張らなくちゃ、愛してもらえないから」

伊東がボソッと呟いたのを聞いて、詳しいことは後回しにしておこうと決めた。

「いい子だ。腰が抜けるぐれぇ可愛がってやる」

髪に触れてやると、全身の熱が毛の間にこもっているのか、ひどく熱くなっていた。熱気を逃がすように指先で軽く梳いてやってから、ぐったりと力を失い、再び高熱を帯び始めた身体を突き上げ始める。




それから、どれほどの間、繋がっていたのだろう。
必死ですがりつきながらも、こみ上げる波に耐えている敵方の様子に気付き、土方は思わず口許を綻ばせた。

「イきそうならイッちまえ……それとも、怖いのか?」

「怖くなどっ……っ!」

そう強がってみせるが、表情を見れば言葉通りでないことは明らかだ。顔を肩口に押し付けているのは、涙がにじんでいるのを悟られたくないからだろう。「こういうコトは、我慢しなくていいんだぜ?」と囁いて、汗に濡れてぺったりと額に貼り付いている伊東の髪を掬い上げる。

「ちゃんと抱いててやっから」

「ひ、じか……?」

甘い声音に誘い込まれたのか、伊東がパッと顔を上げた。唇がかすかに震えているのを見て取り、土方は唇を重ねてやった。
その途端に、それまで遠慮がちだった腕が、土方の首に絡みつく。まるで待っていたかのように、伊東の方からも口付けに応えてきた。

『仕方ないから君で我慢してやるけど、接吻は嫌だ』とかなんとか言ってなかったっけ?

そう心の中でツッコみながらも「心配すんな。全部引き受けてやっから、なるようになっちまえ」と囁きかけながら、追い込むように突き上げる。

「なるようにって……無理だっ、そんなッ!」

よほど自分を晒け出すことに慣れていないのか、なかなか素直にならない伊東に、しまいに苛立ちすら感じてきた。多分、近藤に「なんとかしてやれ」と頼まれたのでなければ、適当にいたぶってこちらの猛りだけ吐き出して、終わりにしていただろう。

「泣いてる顔は、案外可愛いな、オマエ」

一計を案じて、不意にそう囁きかけてみる。
虚を突かれた伊東が一瞬気を緩めたのを見計らって、畳み掛けた。それまで我慢し続けていた声が、ようやく迸った。それは嬌声というよりはむしろ、悲鳴そのものだったが。あまり怖い思いはさせてやりたくなかったのだが、ここまで来ては引き返せそうにない。
苦しげに宙を掻く手指を捕まえ、せめて指を絡めてやる。きゅうっと必死で握り返してくる掌が、思ったよりも小さくて、頼りなさげに感じられた。

「おいで」

囁きかけて腕に力を込めると、感電でもしたように大きく女体が爆ぜた。内壁がひくひくと痙攣しながら、徐々に力を失って行くのが感じられる。押し寄せる感覚に声も出ないのか、唇が半開きのままわなないていた。その口を吸ってやりながら、おもむろに限界まで引き絞っていたトリガーを引く。





「中……」

爆発とその余波の長い沈黙の後、ボソっと伊東が呟いた。
土方は自身を引き抜くのも億劫なほど疲れて、そのまま眠りそうになっていたが、一気に眠気が吹き飛んだ。

ヤバい。

ここしばらく、男だのなんだのオメデタの心配のない相手との媾合に慣れ過ぎていたせいで、避妊するのを忘れて思いきりやっちまった……もちろん、翌朝には元に戻ってしまうだろうから、そんな心配は必要ないかもしれない。だが、戻らないかもしれない。可能性はゼロではない……血の気が引いていく土方に、伊東がシラッと冷たい視線を送る。

「あ、その、すまねぇっ! 今、始末してやる」

跳ね起きて、桜紙の入った桐箱に手を伸ばそうとした土方を、伊東がそっと手を触れて引き留める。

「多分、大丈夫とは思うから、いい。それより……こうしててほしい」

「ああ、そ、そうか? いいのか?」

「おいで、って言ってくれたじゃないか。居させろ」

「なんだよ、急に可愛らしくなっちまって」

「うるさい」

拗ねた口調とは裏腹に、伊東は勝手に土方の腕を取ると、自分の首の下に敷いて枕にした。

「なんかあったとしても、僕は……」

その言葉の真意は理解しかねたが、その掠れた声音を聞いて、土方も腹を括った。万が一の場合は……その時はその時だ。なるようにしかならない。とりあえず、今してやれることだけでもと思い「拗ねるな。好きなだけ居ればいい」と宥めてやると、抱きかかえて頭を撫でてやった。




「おなかすいた」

長い沈黙の後、ポツッと伊東が呟く。

「は? こんな時間じゃ、食堂の残りもん漁るか、コンビニに行くぐれぇしかねぇぞ?」

「おべんとう、どこいったんだっけ」

「伊東?」

「へやでたべてろって、いわれて……」

不審に思った土方が顔を覗き込むと、すうすうと寝息を立てていた。寝顔が妙にあどけない。

「……寝言か」

時折、退行しているように見えたが、元々そういう作用があるクスリなのだろうか? それとも、性転換やそれに伴う体験の精神的ショックによるものか。そういえばコイツの生い立ちなんて、聞いたことなかったな……そんなことを取り留めもなく考えているうちに、いつの間にか人肌の温かさに負けたのか、土方も引きずり込まれるように眠ってしまっていた。





ぽっかり目を覚ますと、障子の向こうがほんのりと明るかった。伊東はまだ眠っているようだ。

それにしても……いくら頼まれたからとはいえ、惚れ合ってもいない……どころか、むしろ嫌いの部類に入る相手をこうして抱けるとは、自分でも呆れてしまう。抱かれる側なら、ただ嫌悪感に耐えて横たわっていれば済むとしても、だ。いや、こうして胸にすり寄ってきたところを見れば、伊東だって満更でもなかった筈だ。
もう少し長い方が好みなんだがな、責任取るハメになったら、髪ぐらいはせめて俺好みに伸ばして貰うからな。いや、ヒヨコのイメージが強すぎて長髪は似合わないかな……などと勝手なことを思いながら、色素の薄い、柔らかい髪を撫でてやる。胸のサイズはこれぐらいでも十分だけどな……なにげなくその胸元に手を滑らせたが、横たわっているせいか膨らみはほとんど感じられなかった。

「んぅ……」

小さく呻きながら伊東が身じろぎをして、その手から逃れようとする。なおもしつこくまさぐっていると、ビクンと身体が小さく爆ぜて呼吸が乱れてくる。コイツすっかり開発されやがったなと、面白がっていたところで「きっ、貴様、いい加減にしろっ!」と伊東が喚いて、土方の顔面に掌を叩きつけてきた。いわゆる掌底という技である。

「でッ! 感じているくせに」

「それは、君が変なところを触るからだろうが!」

己の身を庇うように胸元に手をやった伊東が、ふと「アレッ」という表情になる。自分の胸をぽむぽむと触って「よかった……戻っている」と呟いた。

「は? 戻っているって、男にか?」

「当然だ。いつまでもあんな身体でたまるか。というか、さっき撫で回していたくせに、分からなかったのか?」

良かった、最悪の事態は免れたか……コイツ相手に『責任をとる』という、沖田が聞いたら笑い死にしそうな、山崎が聞いたら発狂しそうな、オモロカシイ結末にならなくて済んだと思うと、心底ホッとした。それと同時に、一瞬でもそれを覚悟してしまった自分が情けないやら腹立たしいやら馬鹿馬鹿しいやらで、どんな表情をしていいのかすら分からない。
代わりに、八つ当たりがてら「分かるか。あんな平べったい胸」と、口汚く吐き捨てた。

「なんだと、貴様!」

どうやら、本人にしてみれば、その感触はまったく異なるものらしい。
そういえば山崎も女に化けた時には、胸筋の上に脂肪があるかなしかへばりついているだけの状態の分際で「これでもちゃんとしたおっぱいだ」だの「触れば分かるんだ」だの、やたら声高に主張するっけ。

「まぁ、男でも胸は性感帯だから、別に感じたからって照れるこたぁねぇと思うんだがな」

「そういう問題か! そこへ直れ、成敗してくれるっ!」

「わーったわーった。でも、せめて先に服ぐれぇ着たらどうだ?」

真っ赤になって喚いている伊東を、のらりくらりと意地悪くかわしながら、土方も身支度をする。
ともあれ、昨日の夢遊病のような状態からは脱しているようだし、いつもの憎たらしい伊東に戻っているのなら、自分の任務は完了だ。背を向けたまま、スカーフを巻こうと首に手をかけたときに、ヒヤリと冷たいものが触れた。

「ちょっ……伊東っ! 刀はしまえっ! 落ち着け」

「……無かったんだからな」

「は?」

「昨夜の事は、無かった。いいな?」

声が妙に上ずっている。カタカタと刀身が震えているのが、背中越しに感じられた。伊東は刀を持っていなかった筈だが、土方の刀は枕元に揃えて置いていたのだから、多分それだろう。
冗談じゃない。このまま手元が狂って首筋を斬られたらシャレにならない。身体は元に戻ったとはいえ、ショッキングな体験をした直後なのだ。情緒不安定にならない方がおかしい。ちょっとからかい過ぎたと反省しながら、恐る恐るスカーフを手指に巻き、その布越しに刀身を掴んでから、振り向く。

「分かった。落ち着け。いいから落ち着くんだ。いいな?」

「昨夜は……」

「うん、分かった。何も無かった。それでいいんだろ?」

こっくりと頷いたところで、白刃を放してやる。激昂のあまりにか、まだ多少手が震えているようであったが、なんとか鞘に納めることができたのを見届け、土方はホッと胸を撫で下ろした。

「昨夜んこたぁ、蒸し返したりしねぇよ。約束する」

もちろん、これをネタに脅したりすれば、かなり有効なカードになっただろう。だが、垣間見えた脆い部分を嬲ってまでして勝とうという気には、何故かなれなかった。実践的戦略に卑怯もヘッタクレも無いし、イザとなればどんな汚い手を使ってでも最終的に勝てばいいのだと日頃考えている土方ではあったが、だからこそ正々堂々とありたいと考えていた。

それが、自分を特別な存在だと告白してくれた伊東への、せめてもの誠意だろう。





「そういえば……眼鏡……」

冷静さを取り戻してみると、伊東は服を着るよりも先に、そんなことが気になったらしい。パンツの前に眼鏡。それは(視力が良い者には理解し難いだろうが)眼鏡常用者には常識的な優先順位だ。

「知るか。近藤さんの部屋に居たときにはもう、掛けてなかったぞ。どっかに忘れるか、落とすかしてきたんだろ」

「覚えてないな」

「かなり朦朧としてたみたいだからな。ともあれ、この部屋には、テメェの眼鏡は無いぜ?」

「困ったな。下着……もしかして、僕はこれを履いてたのか?」

伊東は、汚いものでもつまむように、小さな布片を拾い上げて露骨にイヤな顔をしている。良く見ればそれは、淡いベージュの紐パンティだった。

「着流し姿だったからな。多分、パンツが透けないように、だろ。さんざっぱら汚れてもう履けないだろうから、捨てちまえ。部屋まではフリチンで我慢しろ」

「フリチンいうな」

「おまえ『フルチン』と呼ぶ派か?」

「茶化すな」

「そこいらの襦袢だのなんだのも、捨てとけ」

「君が刻んだんだろうが」

伊東が忌々しげにパンティを丸めて、文机の脇にある籠に放り捨て、脱ぎ散らかしていた着物を拾い上げた。「下着がないとスースーして気持ち悪い」と文句を言いながら、のろのろと袖を通す。

一方の土方は、敷き布団にこびりついて乾きかけている血糊を見下ろして『思ったよりマシだったな』と苦笑していた。いわゆる破瓜のしるし、だ。内部が裂けていく感触から、布団ごと捨てるハメになることも覚悟していたのだが、この程度の出血量なら洗えばなんとかなりそうだ。

「着替え済んだか? 目、見えてねぇから、足元不案内だろ。部屋まで送ってやるから、ちょいと待て。ついでにコレ、洗濯に出してくらぁ」

「洗濯? そんなもん後でもい……あ……」

眼鏡が無いのでよく見えなかったらしく、目をすがめて土方の視線の先を辿る。ようやく見えたその染みに、昨夜のことが現実であった証拠を突きつけられたようで、伊東は眉をしかめた。

「なんだ、妙なツラして。なんならコレ、記念に持って帰るか?」

「貴様、死にたいか?」

「悪い、言い過ぎた」

想い人に抱かれて「もしアタったら、嫁に貰ってくれるんすよね」などとご満悦で眠いことを言っている山崎とは、事情が違うのだ。気を付けないと。

「歩けるか?」

「平気だ」

そこから先は、互いに気まずく黙り込みながら歩いた。





参謀室の前に辿り着き、障子に手をかけた時に、ふと伊東の動きが止まった。

「あんな言葉をかけてくれるとは、思ってなかった」

背中越しにポツッと呟く。

「は?」

「柄にもなく嬉しかった」

いや、あれは勢いというかナンというか、男として当然の責任というか……と弁解しかけて、責任云々を伊東に宣言した覚えはないことに気付く。第一、責任をとるなんて言われても、山崎じゃあるまいし、コイツが喜ぶ筈もない。
だったら、どの言葉を差しているのか。もしかして、なんかトンデモないヨタ話でも口走ったのではないか……必死で記憶をまさぐるが、見当もつかない。その土方の戸惑いを察したのか、伊東はポツリと続けた。

「可愛いなんて、親にも言われたこと、無かった」

ソンナコト俺イイマシタッケカと素で尋ねかけて、辛うじて思い出す。
『泣いてる顔は、案外可愛いな、オマエ』……アレは口から出任せの戯れ言です、ただのリップサービスでした、とは今更言いづらくて、土方は「ああ、そいつぁ、良かったな」とだけ返した。

「僕は、ずっと『かわいくない子』だったから」

「伊東……」

衝動的に、土方は手を差し延べようとしていた。背中から抱き締めようとしたのか、振り向かせて口付けようとしたのか、自分でも分からない。ただ、そんなささやかな言葉にすら渇いていたのかと知らされると、そうせずにはいられなかったのだ。
だが、指先が伊東の肩に触れる寸前に、ガラリと勢い良く障子が開いた。その向こうには、篠原が呆れ顔で立っている。

「先生、おかえりなさい。玄関に風呂敷包み、お忘れになってたでしょう、茜色の。昨晩はパンツも眼鏡も無しで、一体どこ行ってたん……あれ、副長?」

有り得ない組み合わせの朝帰りに、篠原は顎が外れそうな間抜け面で二人を見比べた。

「あ、あの……副長とご一緒だったんですか?」

三者三様、実に気まずい沈黙が十数拍続いた。

「あ、しの。いいところで会った。あとコイツ、よろしく頼む」

やがて、一瞬早く再起動した土方が、伊東を篠原に押しやった。それが『厄介払いできた』というニュアンスにでも聞こえたのか、振り向いた伊東の目には棄てられた絶望や寂寥、裏切りに対する憎悪や侮蔑がない交ぜになって浮かんでいたが、土方はそれを認識する前にくるりと踵を返して、逃げ出していた。




あのまま放り出して良かったのか、それともちゃんと声をかけてやるべきだったのか。いや、そんなことをしてアイツまで抱え込むようなハメになったら厄介だし。しかし、だからといってこのまま見捨てるのもどうよ……結論が出る問いではないと知りつつ、何度も反問しながら渡り廊下を歩いていると、近藤と鉢合わせた。
いや、偶然ではなく、近藤の方で土方を探し回っていたのだろう。

「ああ、居た居た。トシ、ご苦労さん。その、伊東先生は……」

「治ったよ。今、部屋に送ってきたところだ」

「治ったって、男にか。そうか。良かった」

「あ……しまった」

「なっ、なんだトシ、なんかマズイことがあったのか!?」

「クスリの出所を確認しておくの、忘れた。昨夜んことは蒸し返さないって約束したから、聞きにくいな……つか、近藤さん。約束といえば、アンタにゃ山崎を引きとめて貰うってぇ約束だった筈だが?」

「あ、うん。そうなんだ。UNOだの麻雀だのトランプだの、目一杯引っ張ったんだが……その、やっぱモノには限度というか限界があってよ。なんか隠してるだろだのなんだの、騒ぎ出して、いやもう、どうしようもなくなって」

「げっ」

目覚めるのが半刻、いや四半刻でも遅ければ、伴寝をしていたあの場に山崎が乗り込んでいた可能性があったのか。いや、山崎がぎゃあぎゃあ喚くのは毎度のことだが、伊東を巻き込んだ時にどんな『化学反応』を起こすのか。少なくとも、当社比130パーセント増どころじゃない修羅場になったろうと想像すると、背筋が凍る。

「トシ。証拠とか、部屋に残してきてないだろうな?」

「知るか。フツーに起きてフツーに着替えてフツーに布団片付けて来ただけだ。髪の毛だのなんだの鑑識ばりに収集されたら、たまったもんじゃねぇよ」

「まぁ、そら、そうだわな」

「近藤さん……今回ばかりは心底アンタを恨むぜ。回転寿司奢って貰ったぐれぇじゃ、ゴマ化されねぇからな」

恨めしげに睨んでから、深呼吸ひとつして、副長室のふすまを一気に開いた。
案の定、部屋には山崎が正座をして待っており「おかえりなさいませ」と、妙に馬鹿丁寧な口調で三つ指ついて一礼したかと思うと、無気味な笑顔のまま「ところで、ここにお座り頂けます?」と、己の正面を指さした。
ここはなんとかしらばっくれて、せめて伊東の名前だけは出さないでやろうと固く決意しながら、土方は示された辺りに腰を降ろした。

「んだよ、うっせぇな」

「土方さんも正座で」

胡座をかこうとした膝をぺちりと叩き、山崎はおもむろに屑籠を引き寄せる。それを覗き込んだ土方が頭を抱え込んだ。うっかりしてた。どうして、これを始末し忘れたかな、俺。

「これ……俺のじゃないですよね。どういうことか、説明してくれますよね?」

山崎が指し示したのは、先ほど捨てられた紐パンティだった。





【後書き】絶対ありえねーよと言っていた筈のにょた鴨……いや、伊東の手ってなんか、ちっこくね? と、MADを作っているときにふと思いついてしまったのが、運の尽きでした。
裏ブログ先行公開:08年06月30日
サイト収録:同年07月01日
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