素女丹騒動記外伝/下


その夜は、やけに体がほてって寝苦しかった。今日一日のドタバタで神経が高ぶっているのか、女の体は基本的に体温が高いのか。
いつまでこの状態が続くのだろうという不安もある。土方はただでさえ忙しい身で、山崎ばかり構っている訳にもいかないのだ。なにしろ、今日だけでもあれだけ疲れさせてしまっている。
このまま身体が元に戻らないのであれば、いつかは、本当に頓所を出てよそで仕事をするか、いっそ辞めるかを迫られるだろう。

「山崎・・起きてやがんのか?」

何回か寝返りを打っていると、押し殺した声で囁かれた。山崎は汗ばんでいる前髪をかきあげながら、振り向く。

「へい。ちと寝れなくて」

「俺もだ」

思いがけず声が近いことに気付き、山崎はハッとする。
布団は、念のためにと部屋の端と端、離して敷いたはずだ。反射的に身をよじって逃げようとしたが、あっという間に組み敷かれていた。暴れようとしたが、思いがけなく口を吸われ、呆然として動けなくなる。

「ふっ・・副長?」

「おまえ、まさか俺を地蔵かなんかと勘違いしてたんじゃねぇだろうな・・忌々しいが、沖田の言ってたことは当たってたらしい」

珍しく土方の方から舌を割り入れてきた深い接吻で、互いの唇からは溢れた唾液が顎まで伝っていた。土方はそれを拭いもせず、熱い息を吹き込むように、そう囁く。

「言ったろう? そんな状態になったら、屯所の中よりも外の方が安全だって。なのに、いつまでものうのうと居るから、こんなことになるんだ。それとも、こうなることを期待してたのか?」

吐息が耳朶をくすぐり、山崎はゾクッと身体を震わせた。
そう、期待していなかったと言えば、嘘になる・・そう思うと、抵抗しようと両腕にこめた力が、ストンと抜けた。

「・・い・・です」

「あん?」

「副長だったら、いいです、俺・・・デキちゃったら、責任とってくださいね」

「・・けっ」

言葉の接ぎ穂を失って舌打ちをするのはいつもと変わらないが、いつもならその次に拳骨が飛んでくるところで、軽くキスされた。そのまま唇が喉元まで這い、鎖骨の辺りで痛いぐらいに強く吸われた。

「女抱くのは久しぶりだな・・フーゾクもトンと行ってないし」

ボソッと土方が呟いたのが妙に腹立たしくて、山崎は土方の背に回そうとした腕をあげて、その頭をベチッと叩いた。そりゃあ、この年齢だから女性の経験が無いのもウソだろうし、フーゾクに行ってても全然おかしくないのだが、なにもこんなタイミングで言う必要ないじゃないか。だが、山崎のそのささやかな抗議も、土方はニヤッと笑って受け流した。
さらに襟元を押し広げて、胸元を露わにさせる。寝転がっているせいか、胸は真ッ平らだ。

「胸、ホントちっせぇのな」

「ほっといてください」

「なに怒ってンだ。これぐれぇの方が、可愛くてイイって」

ククッと喉の奥で笑うと、左側の乳首を口に含んできた。その途端に、山崎の身体がビクッと跳ねた。体の奥で、何かのスイッチが入った感じ。

「ちょっ・・やっ、待って・・なんかっ・・カラダ・・変ッ・・」

「なんだ? 感じてンのか? カワイイぜ?」

「そうじゃなくて、ホントにっ・・!」

肌が触れあっている部分が、焼けるように熱くなっていく。そこから燃え進むように胸が、腹が、奥まで切り開かれていくような錯覚を感じる。両腕はとうに感触を失って、力無く背中から滑り落ちていた。
とてもじゃないが、珍しくカワイイなんてストレートに言われていることに、ツッコみを入れるまで頭が回らない。

「はいはい、カワイイ、カワイイ」

だが、そんな異変には気付かない相手は、頭を撫でてあやすようにそう囁いたきりで、胸元への愛撫の手を止めようとはしなかった。

「もう、ホント、ヤダ・・ダメだからっ!」

「なにを今さら」

「カラダが・・おかしくなるっ・・マジでヤバイっ」

「カワイイこというのな、おまえ」

クスクスと笑って、なおも胸をしゃぶりながら、片手を下腹部に這わせる。裾を割ったその手が。






予測していないものに触れて、土方は思わず固まってしまった。






「ちょっ・・・おまっ・・・なにイイトコで元に戻ってやがんだ、コラッ!」

我に返ってそう怒鳴ると、山崎の頭を一発殴る。
ぐっしょり汗をかいて、気を失いかけていた山崎も、そのショックで意識がハッキリしたのか、負けずに「だから、おかしくなるって、カラダが変だって言ったでしょ、俺ッ!」と、怒鳴り返した。

「そうならそうとハッキリいわねぇか、バカヤロウッ!」

「言いましたよ、アンタ、おっぱいに夢中でひとの話聞いてなかっただけでしょ! そんなにおっぱいが好きですか!」

「うるせぇっ! おっぱいが嫌いな男なんかいねーんだよっ! 大体、てめぇが元に戻っても、どっちか分からねぇような、紛らわしいツルペタだからいけねーんだ!」

「これぐらいの方がイイって言ったくせに」

「やかましいッ! あー・・萎えた。俺ァ、寝るわ」

土方が、身体をのけようとする。その土方の腰に、山崎の両脚が巻き付いた。それは色っぽく迫っているというよりは、プロレス技でもかけるかのような調子で、土方の動きを封じ込める。

「ちょっと待った。アンタ、ひとのカラダ、さんざっぱら撫で回して、乳吸っておいて、それですか」

「いや、だって、萎えたし」

「俺の方は、煽られて収まりがつかなくなってるんですよねぇ。どっちにしろ、責任取って貰わなくちゃ」

「ゲッ・・」

土方の顔がザーッと青ざめたが、この体勢ではとても逃げられそうになかった。






翌朝。山崎が洗面所で顔を洗っていると、後ろから叶禀三郎がスルスルと近寄って来た。

「山崎さぁーン!」

「ン?」

「おっぱい!」

背後から胸をわし掴みにされて、山崎は思わず苦笑する。

「残念。元に戻ってます」

「ええええええええっ! そんなぁあああっ!」

「つか、叶もおっぱい星人だったんだ」

「おっぱいが好きで何か悪いんですか?! ああっ、今日は副長が一緒じゃないから、おっぱいアタックのチャンスだと思ったのにぃっ!」

「なに、その攻撃・・いや、ツルペタだから、意味なかったって」

「ツルペタでもなんでも、おっぱいはおっぱいですっ! あーん・・おっぱいーっ・・!」

叶が左腕をぶんぶんと振り回しながら、悔しそうに喚いた。朝っぱらからそんな単語を連呼する職場というのも、どうなんだろうとは思うが、それはまったくの序の口で、山崎はその日一日だけで、会う人会う人と、似たような会話を十数回もする羽目になる。

「だったら、衿あけて胸元を出しておけばよござんしょうが」

珍しく沖田がそんな建設的な提案をしたが、山崎は「ああ、そうだねねぇ」と言葉を濁しただけだった。

「まさか、出しておけない事情でも?」

「いやぁ、無い無い・・あ、あははははは・・」

「でしたら、出しておきなせぇ。一日中、おっぱいおっぱいと耳障りでイ」

沖田は既にその理由に見当がついているのか、瞳孔が開き切った目で、脇差しを抜いた。山崎が身を仰け反らして逃げる間もあらばこそ、白刃が翻って胸元を裂く。

「ほほーう・・その痣・・いや、キスマークはどういうこってぇ?」

「あ、いやぁ、その・・あっ、あはははは」

「えぐれ乳だけでなく、心臓までえぐってやろうか?」

「えっ・・・遠慮しますっ・・」

ヤバい。本気で殺意を感じる・・山崎はダッシュで逃げ出した。



※ ※ ※ ※ ※




それから二、三日後のデザートタイムのことだ。

「山崎さーン! 見て見てッ! 甘食焼いてみたんですーぅ!」

あれからまだ片付かない書類仕事で目がチカチカしているところに、叶禀三郎の甲高い声は、かなりシンドイ。

「山崎・・あの電波系、黙らせて来い」

「俺が言っても聞かないとは思うんすけど」

障子をカラリと開けると、叶が、エプロン姿で籠を抱えてにっこり笑って立っていた。時々無性に頭に来るが、こういう時に無駄に可愛らしいのが、この少年だ。
あの時、女の身体になったのがこいつだったら、もっとスゴいことになってたんだろうなぁと、思う。

「叶・・あのねぇ・・」

「はいドーゾ! ねぇ、うまく焼けてるでしょ!」

案の定、人の話なんて聞いちゃいねぇ。
押し付けられた籠には、握りこぶしより少し小さいぐらいのパンが盛られていた。てっぺんに椎茸よろしく十字の切れ目を入れて焼くらしく、先端が割れていたり、チョンと尖っていたりするのがアクセントになっている。

「そ、そうだね。上手なんだね、料理」

「疲れてる時は、甘いものがいいんですって。だから甘食でも焼いたら喜ぶだろうって、沖田さんが教えてくれたんです」

まったく会話が噛み合っていないが、甘いものよりも、むしろオマエ黙レ・・とは、あえて口に出しては言わない。言えば「えーっ」などと絡み出すこと必定だからだ。

「じゃあ、副長と頂くから・・ありがとうね?」

「はーい」

にっこり笑って頭を撫でてやると満足したのか、嵐のようにやって来た叶は、やはり嵐のように駆け去ってしまった。
山崎は一瞬あっけに取られて呆然と突っ立っていたが、やがて我に返って部屋に戻る。

「これ・・叶が焼いたって」

「ほう?」

籠を差し出されて、無造作にそのパンを掴み・・土方の動きがふっと止まった。

「えーっと山崎、その・・飲み物が欲しいんだが」

「え? ああ、はいはい・・じゃあ、コーヒーでも煎れてきましょうか」

甘食の籠を土方の前の文机にのせると、山崎は部屋を出ていった。
土方は掴んだままのそのパンを、まじまじと眺める。なんというか、この大きさといい、形といい。




まだ掌に感触が残っている、小さな乳房が思い出されてならないのだが。




「いや〜ンひじかたさんのドすけべインコーけいかん〜」

振り向かずとも、沖田がニヤニヤしながら障子の向こうに居るのは分かっていた。

「趣味が悪ぃぞ、これ」

「なんでイ。俺は単に、差し入れの甘食でも焼けと、叶に教えただけでさぁ」

へらへらと笑いながら、沖田も甘食を一個掴んだ。笑顔はそのままに、白く細い指の間で、その丸くて柔らかくて、まだほのかに温かいソレは、無残に握りつぶされる。

「それで? 何の用だ?」

「ジョルジュの言ってた薬ですがね、俺も近藤さんから話を聞いて、ちょいと調べてみたんでさぁ」

いまではそのようなことは条例で禁止されているが、侵略された星の住人が奴隷として売買されていた時代もあったらしい。
見た目が良ければメスの方が高く売れるだろうし、醜ければオスの方がまだマシな値段がつく・・というのなら。これを自在に操る方法はないかと考えた不逞の輩がいたとしても、不思議ではない。そう、少なくとも競り市の間だけでも、と。

「メスにする場合は、用途が限られてますからね。変えられた個体は、競り根をつり上げさせるために、フェロモンのようなものを分泌するらしいですぜイ。心当たりありやせんか?」

説明しながら、沖田は面白くなさそうに二個目、三個目を掴んでは潰して、文机の隣に置いた屑篭に放る。

「まさか」

「いや、納得でしょ? そんなに美人でも魅力的でもねぇヤツが、女になったからって急に、ああも持て囃されるのは、おかしいじゃねぇですかイ。いくらうちが男所帯だからって、バカにした話でさぁ・・土方さんもその気に当てられたクチらしいが、蓋を開けたらそういうこった」

なるほどそういうことなら、今回の出来事も概ね説明がつく。
だが、それならそれで、ジョルジュもはっきり教えてくれればよさそうなものだが。

「あのガマのときと同じ構図でさぁ。一見、取り締まってるとみせかけながら、その実は、利権を独占しょうとしている・・なんて、あいつらのやりそうなこってぇ」

「利権・・・?」

「ちょいと毛色の違う媚薬としても使えるだろうし、裏ではそういう違法な売買がまだまかり通っているのかもしれないし・・ともあれ、あのジョルジュにしろ、他の天人どもにせよ、わざわざ遠い星からやってきて、そこの星のサルのために汗水流すようなお人よしではないでしょうよ」

「だがまぁ・・そうだとしても、上の連中がやらかしていることなら、俺らが介入することはできねぇ。総悟、おめぇが何を考えてるかは分からねぇが、煉獄関を嗅ぎ回った時のようなマネはするんじゃねぇぞ」

ジョルジュが詳しい話をしたがらなかったのも、妙にレスポンスが早かったのも、沖田の推理を裏付ける材料になるだろう、とは思う。

「前の時も、近藤さんと松平のとっつぁんが雁首揃えてコッテリ絞られたらしいぜ。オイ、総悟、組に迷惑をかけるようなことをやらかしたら、許さねぇからな」

土方は、手にした甘食を口にすることも籠に戻すこともできずにいたが、諦めたように文机の上にチョンと載せると、煙草盆を引き寄せた。

「俺ぁ、そこまで仕事熱心な正義の味方じゃありやせん。そこいらは安心してくだせぇ、土方さん。ただね? わざわざ江戸でも高名な学者センセイを抱き込んで、サンプルをとらせるだなんて、なんか大袈裟だと思いやせんか? その薬を、さらに改良させるための研究が続いてるんじゃないでしょうかね。例えば、その効果が永続する・・とか」

「それがどうしたイ」

ジュッと音を立てて、ライターで煙草に火をつける。肺いっぱいに吸い込んだ煙を、フーッと沖田に吹きつけるようにした。

「別にィ? バージョンアップ版が有ったら、面白れぇだろうなと思っただけでさぁ。そんで、もしそういう薬があったら、飲ませてみてぇヤツがいやしてね。それこそ、絶世の美女になるでしょうし、そいつを手込めにして孕ませてみてぇし」

「悪趣味だな」

「ちょいと浮気の虫の収まらねぇヤツですが、そこまですりゃあ、さすがに観念して他所の男に色目を使うのもやめてくれるでしょうよ。ま、そういうのを扱っている悪徳商人を取り締まろうだなんて、大それたことは考えてねぇから、安心してくだせぇ。ただ、ちょいと機嫌が悪い時にチンピラをシバいてしょっぴいたら、たまたまそういうのを所持してたらいいなぁ・・・ってオハナシでさぁ」

そこまで語ると、沖田は手の平のパン屑を払って「じゃ」と出ていった。
土方もどちらかといえば正義感の強い男なので、チンピラだの犯罪者だのの肩を持つことは皆無に等しいのだが、この時ばかりは「チンピラ逃げて!超逃げて!」と叫びたい気分になっていた。

その沖田と入れ代わりに、山崎がお盆を持って戻ってくる。

「あれ、沖田隊長、帰ったんですか? 見かけたから一応、三人分持って来たのに・・・あ、副長、自分ひとりでそんなに食べたんですか? 俺の分、ちょっとしか残ってないじゃないですか。そんなに好きだったら、また焼いてもらましょうか?」

「いや、要らん。というか、こんなもん、二度と出すなっ!」

思わず、土方は真っ赤になって喚いていた。



(了)

【後書き】

いいか、みんな  _
        (゚∀゚ )
        (| y |)

こぶしを上に挙げて「おっ」
          _  ∩
        ( ゚∀゚)彡 おっ
        (| y |

下に降ろして「ぱい」だ
            _
        ( ゚∀゚) ぱい
        (| y |⊂彡

後はこれを繰り返せ
  _  ∩
( ゚∀゚)彡 おっ
  _
( ゚∀゚)  ぱい
 ⊂彡

  _  ∩
( ゚∀゚)彡 おっぱい!おっぱい!
 ⊂彡


・・・・・・・すみません、ついカッとして書いてしまいました。

タイトルや薬効のアイデア等は、鋼ジャンルで書いていた女体化シリーズから取りましたが、完全な同一設定ではありませんので、悪しからずご了承ください。
しかもこれ、過去最大の分量になったような気がする(空白行込みで800行オーバー)。どこまで好きなんだよ、おっぱいが。いや、大好きだけどね、おっぱい。

反省は適度にしていますが、懲りてません。
初出:07年06月08日
←BACK

※当サイトの著作権は、すべて著作者に帰属します。
画像持ち帰り、作品の転用、無断引用一切ご遠慮願います。